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細胞が酸素濃度を感知し応答する仕組みの解明にノーベル医学・生理学賞

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191206

原文:Nature (2019-10-07) | doi: 10.1038/d41586-019-02963-0 | Biologists who decoded how cells sense oxygen win medicine Nobel

Heidi Ledford & Ewen Callaway

受賞者3氏の発見は、貧血やがんなどの疾患解明の基盤となるものだ。

2019年のノーベル医学・生理学賞受賞者。ピーター・ラトクリフ(左)、ウィリアム・ケリン(中央)、グレッグ・セメンザ(右)。 | 拡大する

L TO R: UNIV. OF OXFORD; HARVARD UNIV.; JOHNS HOPKINS MEDICINE

2019年のノーベル医学・生理学賞は、細胞が酸素濃度の変化を感知して、遺伝子のオン・オフを切り替えることで応答する仕組みを解明した3氏に贈られる。この発見は、がんや貧血などのヒト疾患を解明する上で重要な足掛かりとなっている。

今回受賞した3氏は、ダナ・ファーバーがん研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)のがん研究者ウィリアム・ケリン(William Kaelin)、オックスフォード大学(英国)およびフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の医師で科学者のピーター・ラトクリフ(Peter Ratcliffe)、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の遺伝学者グレッグ・セメンザ(Gregg Semenza)である。3氏は、2016年にアルバート・ラスカー基礎医学研究賞も共に受賞している。

彼らの研究は、体が低酸素状態に応答して、赤血球を増産したり新しい血管を伸ばしたりして順応する仕組みの解明に大きく役立った。

「これは、彼らが貢献した基礎的発見の1つです」とペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)のがん生物学者Celeste Simonは話す。「全ての生物は酸素を必要とします。ですから、この発見は本当に重要なものなのです」。

「低酸素への応答という研究分野は、この発見を軸として成長しました。そしてこの発見は、3氏のそれぞれの知見が支え合って結実したものです。ちょうど三脚椅子のようなものですね」と、ケンブリッジ大学(英国)およびカロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)の生理学者で同研究所ノーベル賞会議のメンバーでもあるRandall Johnsonは言う。

酸素欠乏

体の組織も腫瘍も、低酸素状態に応答して赤血球増産や血管新生を行う。 | 拡大する

STEVE GSCHMEISSNER/SPL/Getty

体の組織は、運動中や、脳卒中などで血流が遮断された場合に酸欠状態になることがある。細胞が酸素濃度を感知する能力は、胎児の発生や胎盤の発達に重要なだけではなく、腫瘍の増殖にも不可欠である。急速にたくさんの細胞が増殖することで、腫瘍の内部で酸素が欠乏する場合があるからだ。

3氏は1990年代に行った研究で、体内の酸素濃度に応答するために細胞が進行させる分子過程を見つけた。彼らは、この過程の中心にあるのが、低酸素誘導因子(HIF)およびVHLと呼ばれるタンパク質が関与する機構であることを明らかにした。

セメンザとラトクリフは、エリスロポエチン(EPO)というホルモンの調節について研究した。EPOは、低酸素状態に応答して赤血球の生産を促進するのに重要である。セメンザのチームは、タンパク質複合体であるHIFを形成する2つのタンパク質それぞれの遺伝子を特定した。HIFは、低酸素状態になると、複数の遺伝子のスイッチをオンにしてEPOを増産させる。

一方ケリンは、細胞が酸素濃度に応答する仕組みに、VHLという遺伝子も関与しているらしいことを見つけた。彼は、フォン ヒッペル・リンダウ病と呼ばれる遺伝性症候群を研究していた。この疾患が発生する家系はVHLに変異があり、この疾患があると特定のがんになるリスクが上昇する。

ラトクリフのチームはその後、酸素濃度が上昇すると、VHLにより発現されるタンパク質がHIFの構成要素の1つと相互作用し、そこに分解のための目印を付けることで、低酸素状態への応答を停止させることを見つけた。

2001年にはケリンおよびラトクリフのチームが、それぞれこの過程についてさらに詳しく解明した。彼らが発見したのは、酸素存在下ではVHLタンパク質に「プロリンの水酸化」という化学的修飾が起こって、VHLがHIFに結合できるようになり、それがHIFの分解を招くことだ。しかし、細胞が酸素欠乏状態になると、この化学的修飾が妨げられてHIFの活性が蘇る。

その結果、細胞は単にHIFの分解を阻害するだけで低酸素状態に応答できるのだと、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)のがん生物学者Mark Dewhirstは説明する。「細胞は数分で応答可能です」。

医薬品開発

3氏の研究は、がんで見られるものも含めた酸素濃度感知過程を標的とする医薬の開発につながった。VHLがHIFに結合するのを阻害してHIFの分解を引き起こす「プロリン水酸化酵素阻害剤」と呼ばれる薬剤は、貧血や腎不全の治療薬としても研究されている。2018年には中国の規制当局が、プロリン水酸化酵素阻害剤を初めて承認した。

「この感知応答機構のいくつかの側面は、考え得る全ての疾患に深く関わってくると言えるでしょう」とSimonは話す。また、同じ分野の研究者らは、3氏を科学者のお手本だと称賛する。「彼らは非常に謙虚な人たちです」とDewhirstは話し、Simonはさらに、「3人とも、科学的な厳密性と再現性について最高度の絶対的な基準を貫いています」と述べている。

特にケリンは、自分の研究領域で、有力な証拠の裏付けがないがん治療薬候補が追求されていることに対して批判的だ。彼は、2018年に米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)で行った講演で、科学者らを前にこう話した。「科学において最も危うい結果とは、期待していた通りの結果です。なぜなら、そこで勝利を宣言して手を抜いてしまうからです」。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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