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CRISPRを利用した刺激応答性ゲル

ヒドロゲルは親水性ポリマーでできており、その中に水分を保持できる。 Credit: arkady/Getty

CRISPRにできないことはあるのだろうか? この遺伝子編集ツールを巧みに使うことで、科学者たちはさまざまな遺伝子改変生物を作製し、動物の発生過程を追跡し、疾患を検出し、害虫を防除してきた。このほど、その新しい応用例がまた1つ見つかった。CRISPRを引き金として構造を変化させることができるスマートマテリアルが開発されたのだ。この形状変化マテリアルを使用して、小分子を送達したり、多様な生体シグナルの検知デバイスを作製したりできるという。マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の生物工学者James Collinsが主導したこの研究成果は、Science8月22日号で報告された(M. A. English et al. Science 365, 780–785; 2019)。

Collinsの研究チームが使ったのは、DNA鎖によって架橋された含水性ポリマー(DNAヒドロゲル)だ。このマテリアルの物性を変化させるために、CollinsらはCas12a(別名Cpf1)と呼ばれるDNA切断酵素を使用するタイプのCRISPR技術に着目した。遺伝子編集ツールとして利用されているCRISPR–Cas9系では、狙った位置で二本鎖DNAを切断する酵素としてCas9が使われる。一方、Collinsらが作製した系では、Cas9の代わりにCas12aを使う。Cas12aは、特定のDNA配列を認識・切断するようにプログラム可能であるだけでなく、標的の二本鎖DNAを特異的に切断した後に、近くにある一本鎖DNAを非選択的に高い効率で切断する(2016年1月号「細菌から新しい遺伝子カッター発見」参照)。

この特性を利用して、CollinsらはCRISPRにより制御される一連のヒドロゲルを作製した。ゲルの構造には一本鎖DNAが含まれ、Cas12aと複合体を形成しているガイドRNAが特定の二本鎖DNA配列を認識すると、その刺激に応答したCas12が、ゲル内の一本鎖DNAを高い効率で切断し始める。すると、それが引き金となってヒドロゲルの形状が変化するか、場合によっては完全に分解して、ゲルが担持していた小分子や粒子が放出される仕組みだ(「CRISPRにより制御されるゲル」の図を参照)。

CRISPRにより制御されるゲル
CollinsらはDNA鎖で架橋された刺激応答性ゲルを作製した。CRISPR‒Cas12aタンパク質を使ってゲル内のDNA鎖を切断し、ゲルの構造を変化させられる。ゲルの構造変化を制御することにより、薬剤や粒子を放出させたり、電子回路のスイッチをオンにしたりすることができる。

スマートな応用

Collinsのチームは、特定の刺激に応答して(例えば治療目的で)酵素や小分子、さらにはヒト細胞までも放出できるように設計されたヒドロゲルを作製した。このゲルを使用することで、例えば腫瘍が存在する部位で抗がん剤を放出したり、あるいは感染巣の近傍で抗菌薬を放出したりする「スマートな治療薬」を作り出せるだろうとCollinsは期待している。

彼らはまた、CRISPRにより制御されるヒドロゲルを電子回路に組み込んだ。1つのアプローチでは、電子回路に接続したマイクロ流体チャンバーと呼ばれる微小なチップ状のデバイス内にヒドロゲルを配置した。エボラウイルスやメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの病原体から遊離した遺伝物質を検出すると、回路がオンになる。Collinsのチームはさらに、このヒドロゲルを利用して、エボラウイルスの遺伝物質を検体中に検出すると無線信号を送信する診断ツールの試作品を開発した。

コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の生物工学者Dan Luoは、物性変化の引き金となるシグナルが特異的である点において、CRISPR応答性ヒドロゲルは他の刺激応答性ヒドロゲルよりも優れていると指摘する。これまでに開発された刺激応答性ゲルは、切断するDNA配列に対する特異性を持たないか、あるいはごく一部のDNA鎖しか切断しないような酵素を利用していたため、応用性に欠けていたのである。

「今はまさにCRISPRの時代と言えるでしょう」とCollinsは話す。「CRISPRはすでに生物学と生命科学の分野を席巻していますが、その技術を材料工学や生体材料科学の領域にも導入できることを私たちは示したのです」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191111

原文

CRISPR cuts turn gels into biological watchdogs
  • Nature (2019-08-22) | DOI: 10.1038/d41586-019-02542-3
  • Ewen Callaway