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がん細胞に脳神経を乗っ取る能力

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191102

原文:Nature (2019-09-18) | doi: 10.1038/d41586-019-02792-1 | Cancer cells have ‘unsettling’ ability to hijack the brain’s nerves

Heidi Ledford

驚くべき発見により、いくつかのアグレッシブな腫瘍を治療する道が開けるかもしれない。

ニューロン(青)は、いくつかの種類のがんが脳に根付く際に驚くべき役割を果たす。 | 拡大する

Daniel Schroen/Cell Applications INC/SPL/Getty

腫瘍細胞は、脳のニューロンの複合ネットワークにプラグを差し込んで、パワーを引き出せることが、3つの研究で明らかになった。ある種の腫瘍の謎めいた振る舞いをこの不気味な能力によって説明できれば、がん治療の新しい方法につながるかもしれない。

Nature 2019年9月26日号に発表された3編の研究1–3は、神経膠腫(グリオーマ)と呼ばれる脳腫瘍と、脳に転移して広がったいくつかの乳がんで見られるこの驚異的な能力について説明している。これらの知見は、がんの増殖において神経系が重要な役割を果たすという、医師や科学者たちの間で高まりつつある認識を支持するものだと、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の小児神経腫瘍学者で、3編のうち1編1の筆頭著者であるMichelle Monjeは述べる。

たとえそうだとしても、ニューロンのように振る舞うがん細胞が発見されたことは驚きだった。「不気味です。がんが脳のように電気的活動を行う組織を形成するなんて、普通は考えていません」とMonjeは言う。

脳内に入り込む

ハイデルベルク大学(ドイツ)の神経科医で、もう1編の研究2の筆頭著者であるFrank Winklerは2014年に、いくつかの脳腫瘍において、細胞によって確立された情報伝達ネットワークを研究している際、この現象を偶然見つけた。彼の研究チームは腫瘍内に、ニューロンが互いに情報伝達するのに使用する「シナプス」と呼ばれる構造を発見したのだ。それは、「あり得ないもの」だったとWinklerは言う。「『こんなこと、とても信じられない』というのが私たちの最初の反応でした」。

研究チームは当初、腫瘍シナプスは無作為に発生すると考えていた。しかし、Winklerの研究チームが最新の研究で報告したように、シナプスは、培養された神経膠腫細胞の試料、マウスに移植されたヒト神経膠腫の試料、および10人の患者から採取された神経膠腫の試料、全てで見つかったのだ。

Winklerのチームが成人の神経膠腫シナプスを研究していたのと同時期に、Monjeらは独立に、小児神経膠腫において腫瘍細胞とニューロンとの間に存在するシナプスを発見した。MonjeとWinklerのチームの研究は別々に行われたものだが、類似する結果はそれだけではない。どちらのチームも、腫瘍シナプスががん細胞の増殖を助長することも示した。

Monjeの研究結果により、患者で観察される神経膠腫の不可解な特徴のいくつかが説明できる。神経膠腫は治療が極めて難しいことがよく知られている。固くコンパクトな腫瘍塊を形成するのではなく、脳に織り込まれるように広がる傾向があるため切除が難しい。神経膠腫が脳の大きな領域に浸潤した場合、患者は通常ほとんど症状を示さない。腫瘍があっても多くの脳の神経回路は混乱していないように思われるからだとMonjeは言う。「そして、ようやくこれで筋が通りました。脳は機能面で、腫瘍細胞を頼っているのです」。

「これが、もっと多くのがんに広く適用されるなら、脳のがんの治療が非常に困難である理由は、それほど意外なことではないでしょう」と、ローザンヌ大学のルートビヒがん研究所(スイス)のがん生物学者Johanna Joyceは言う。腫瘍細胞は基本的に脳の神経ネットワークと統合されており、「冷水を浴びせられたような気になります」と彼女は言う。

致命的な統合

この現象は脳腫瘍だけに限定されない。今回発表された一連の論文のうち、3編目の論文3では、スイスがん研究所(ローザンヌ)のがん科学者Douglas Hanahanの研究チームが、脳でニューロンのような挙動を示す乳がん細胞について説明している。研究チームは、腫瘍での遺伝子発現に関するデータを綿密に検索している際に、この能力を発見した。トリプルネガティブ腫瘍と呼ばれる致命的な乳がんは、ニューロン間のシグナル伝達に関わる遺伝子を活性化する。この乳がんは、脳に広がることが知られていて、ひとたびそのような状態になると、治療は非常に困難である。

Hanahanの研究チームは、乳がん細胞が脳に浸潤すると、特殊なタイプのシナプスを形成し、それによってグルタミン酸という化学物質を吸収できるようになることを示した。グルタミン酸は、脳で最も豊富に存在する神経伝達物質で、腫瘍の増殖も促進できる。

3つの研究全てが、がん細胞のレジリエンス(順応性)を強調するものだ、とフランクフルト大学(ドイツ)で脳腫瘍を研究するLisa Sevenichは言う。Sevenichによれば、脳はがん細胞にとって非常に過酷な環境である。「けれど、がん細胞はどうにかして、脳の装置を実際に拝借して勝手に用いているのです」。

研究者たちは、これらの研究結果ががん治療の新しい方法につながることを望んでいる。今回の研究のうち2つでは、WinklerとMonjeのチームがあるてんかん薬がマウスで神経膠腫の広がりを遅らせられることを示す実験について説明している。彼らはまだ、この治療がヒトに効くかどうかは調べていないが、腫瘍細胞とニューロン間の接続を遮ればがんの増殖を妨げられるのではないかと考えている。

そのような治療法を開発するには、脳細胞間の正常な接続を破壊せずに、全てのニューロン–がん細胞混合体を標的にする工夫が必要になるだろうと、Sevenichは言う。「正直なところ、本当に難しいと思います。腫瘍細胞が脳にすでに存在する神経回路を乗っ取っていたら、腫瘍細胞のみを選び出すのは難しいでしょう。しかし、それがうまくいくよう祈っています」と、彼女は言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Venkataramani, V. et al. Nature 573, 532–538 (2019).
  2. Venkatesh, H. S. et al. Nature 573, 539–545 (2019).
  3. Zeng, Q. et al. Nature 573, 526–531 (2019).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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