News & Views

老化した脳ではT細胞が神経幹細胞を抑制

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191033

原文:Nature (2019-07-11) | doi: 10.1038/d41586-019-01832-0 | Infiltration of old brains by T cells causes dysfunction of neural stem cells

Allison M. Bond & Hongjun Song

加齢に依存した環境変化により、幹細胞の機能が低下する可能性がある。このほど、老齢マウスの脳ではT細胞が浸潤し、それにより神経幹細胞が機能不全に陥っていることが分かった。この知見から有望な治療標的が示された。

培養された神経幹細胞の蛍光顕微鏡画像。 | 拡大する

RICCARDO CASSIANI-INGONI/SPL/Getty

健康な成体では、組織特異的な幹細胞が器官の可塑性(新しい細胞の追加)を維持していて、損傷を受けた組織を補充する。ほとんどの哺乳類では、成体の脳の2つの領域(側脳室の脳室下帯と海馬の歯状回)で神経幹細胞により新しいニューロンが作り出されており、これが脳の可塑性や認知に関与している1。しかし、ヒト成体の脳で一般的に新しいニューロンが作り出されているかどうかについては、いまだ議論がある。また、哺乳類の神経幹細胞の増殖は加齢とともに低下し、従って新しいニューロンの形成数も加齢とともに減少するが、この変化の基盤にある機構はよく分かっていない2。このほどスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のBen W. Dulkenら3は、老齢マウスの脳において、神経幹細胞の微小環境の変化が幹細胞の増殖に影響を及ぼす仕組みを調べ、Nature 2019年7月11日号205ページで報告した。

老化した脳の幹細胞は機能不全に陥っており、分裂の頻度は若い幹細胞よりも低下している4。しかし、神経幹細胞に固有の特性はなおも安定しており、若い神経幹細胞も老化した神経幹細胞も、in vitroでの分化能や増殖能は同等である5。幹細胞は、ニッチと呼ばれる特殊な微小環境に存在している。このニッチは、幹細胞と相互作用する分子や他の細胞から構成されていて、幹細胞の分裂、生存、機能を支えている。神経幹細胞ニッチの加齢に伴う変化の特徴はあまり明らかになっていない。そのため、加齢に伴う幹細胞機能不全が微小環境の変化により引き起こされ得るのかどうかも分かっていない。

Dulkenらは、成体マウスの脳室下帯の神経幹細胞ニッチにおいて、異なるタイプの細胞が加齢の影響をどのように受けるかを調べた。つまり、単一細胞RNA塩基配列解読法と呼ばれる技術を用いて、若齢マウスと老齢マウスのニッチにおいて個々の細胞の遺伝子発現を調べたのである。すると、内皮細胞やミクログリア、オリゴデンドロサイトと呼ばれる細胞の遺伝子発現パターンにおいて、若齢マウスと老齢マウスの間でゲノム規模の差異が観察された。

Dulkenらはまた、T細胞と呼ばれる免疫細胞のうち特にCD8タンパク質を発現するT細胞について、老齢マウスの脳に存在するが、若齢マウスの脳には存在しないことを観察した(図1)。イメージング解析から、このようなT細胞は神経幹細胞に近接して存在していることが明らかになった。老化したヒト脳でもT細胞の浸潤が見られ、その領域は、マウス脳においてT細胞の浸潤が見られた領域に相当することが分かった。これらの結果から、T細胞が幹細胞の老化に影響を及ぼしている可能性が高まったといえる。この発見は興味深い。健康な脳は、血液脳関門と呼ばれる境界に囲まれていて、脳に入ることができるものは厳密に調節されており6、正常状態では、血流中の免疫細胞はこの血液脳関門を通過できない7からだ(2014年8月号「血液脳関門を通過できる2つのルート」および2018年11月号「リンパ管による脳内の老廃物除去」参照)。

図1 老化した脳では、T細胞は神経幹細胞の増殖を抑制する
Dulkenら3は、加齢に伴って神経幹細胞の増殖が低下する理由を明らかにするために、老齢マウスの脳の変化を研究した。
a 健康な若齢マウスの脳では、増殖する神経幹細胞の集団が、他のタイプの細胞(上衣細胞、内皮細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなど)と共に、神経幹細胞の機能と増殖を調節できるシグナル伝達分子(図示していない)を含むニッチと呼ばれる特殊化した微小環境に存在している。
b Dulkenらは、老齢マウスの脳では、CD8タンパク質を発現しているT細胞(CD8 T細胞と呼ばれる)が、神経幹細胞ニッチに浸潤していることを報告している。このようなT細胞は、インターフェロンγ(IFN-γ)と呼ばれるシグナル伝達タンパク質を分泌する。Dulkenらはまた、神経幹細胞の表面にはIFN-γ受容体が存在していることも突き止め、神経幹細胞においてIFN-γシグナル伝達経路が活性化されると、神経幹細胞の増殖が抑制されることを示した。 | 拡大する

Dulkenらは、老齢マウス脳のT細胞は、インターフェロンγというタンパク質を血流中のT細胞よりも高レベルで産生することを見いだした。インターフェロンγは、サイトカインと呼ばれる免疫シグナル伝達分子の一種である。サイトカイン産生は、活性化されたT細胞の特徴であり、T細胞が抗原と呼ばれるタンパク質断片を認識すると起こる。Dulkenらは、神経幹細胞がインターフェロンγの受容体を発現していることも見いだしており、インターフェロンγがT細胞と神経幹細胞の間のシグナル伝達に使われている可能性が示唆される。単一細胞RNA塩基配列解読法を用いて解析すると、老化した神経幹細胞の亜集団では、インターフェロンγシグナル伝達に応答して発現する遺伝子群が非常に高レベルで発現していることが分かった。インターフェロンγに高い応答を示すこれらの細胞について、in vivoでの増殖の状態を評価したところ、インターフェロンγに対する応答が低かった神経幹細胞と比べて増殖能が低下していることが分かった。

Dulkenらは、インターフェロンγが神経幹細胞の増殖を低下させるという仮説を検証するために、若齢マウスの脳にT細胞を強制的に流入させる技術を用いた。この技術では、若齢マウスを脳特異的なミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)で免疫感作することで、MOGを抗原として認識するT細胞を誘導する。すると誘導されたT細胞は、血液脳関門を超えて中枢神経系に侵入する。T細胞が脳に流入すると、神経幹細胞のインターフェロンγ応答の増強が起こり、増殖が低下した。さらにin vitroにおいてT細胞の存在下あるいは非存在下で、若齢マウス由来の神経幹細胞を培養した。これらの培養にT細胞によるインターフェロンγ分泌を誘導するサイトカインを加えた場合、T細胞と共培養した神経幹細胞は、T細胞の非存在下で培養した神経幹細胞よりも増殖が低下していた。T細胞の存在下での神経幹細胞の増殖低下は、インターフェロンγシグナル伝達を遮断する抗体によって防ぐことができた。Dulkenらの研究は、老化した脳の神経幹細胞ニッチにはインターフェロンγを放出するT細胞が浸潤していて、分泌されたインターフェロンγは神経幹細胞の増殖を抑制するのに十分であることを示唆するモデルに一致する。

老化した脳へのT細胞の浸潤という、これまで予想もされていなかった出来事の証拠が挙がったことで、この浸潤の原因となる機構は何か、また、老化した脳でのシグナルがT細胞を脳に浸潤させるのかどうかという疑問が浮かび上がる。さらなる研究では、この浸潤T細胞が認識する抗原を突き止めるべきである。また、脳外の血流中でCD4タンパク質を発現するT細胞は、若齢マウスの歯状回の新しいニューロン形成を調節する役割を担っている8が、その機構は分かっていない。よって、CD8を発現するT細胞が、老齢マウスの歯状回に浸潤して幹細胞の増殖を抑制するかどうかを調べるのも面白いだろう。それに、老化した脳でインターフェロンγを阻害すると、幹細胞の増殖や新しいニューロンの生成が増加するのだろうか? また、これによって認知も改善されるのだろうか? こうした魅力的な疑問の多くについて、今後の調査が待たれる。

Dulkenらの研究は、加齢に伴う組織機能の低下の原因が、免疫細胞と幹細胞の間の相互作用である9ことを示す証拠をさらに増やすものである。こうした知見に後押しされ、加齢に伴う体全体の幹細胞機能不全と闘う方法として、免疫系を標的とする治療法が開発される可能性がある。

(翻訳:三谷祐貴子)

Allison M. Bond & Hongjun Songは、ペンシルベニア大学(米国)に所属。

参考文献

  1. Bond, A. M., Ming, G. L. & Song, H. Cell Stem Cell 17, 385–395 (2015).
  2. DeCarolis, N. A., Kirby, E. D., Wyss-Coray, T. & Palmer, T. D. Cold Spring Harb. Perspect. Med. 5, a025874 (2015).
  3. Dulken, B. W. et al. Nature 571, 205–210 (2019).
  4. Signer, R. A. J. & Morrison, S. J. Cell Stem Cell 12, 152–165 (2013).
  5. Kalamakis, G. et al. Cell 176, 1407–1419 (2019).
  6. Prinz, M. & Priller, J. Nature Neurosci. 20, 136–144 (2017).
  7. Forrester, J. V., McMenamin, P. G. & Dando, S. J. Nature Rev. Neurosci. 19, 655–671 (2018).
  8. Wolf, S. A. et al. J. Immunol. 182, 3979–3984 (2009).
  9. Naik, S., Larsen, S. B., Cowley, C. J. & Fuchs, E. Cell 175, 908–920 (2018).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度