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瞬く間で細胞コミュニケーション

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191038

原文:Nature (2019-07-25) | doi: 10.1038/d41586-019-02069-7 | Cell communication in the blink of an eye

Pavel Tomancak

原生生物と呼ばれる単細胞生物の体は、超高速で収縮することができる。収縮で生じる周囲の液体の流れが近くの原生生物の連鎖的な収縮を引き起こすことが、分析によって明らかになった。

スピロストマム アンビグウム(Spirostomum ambiguum)。 | 拡大する

Roland Birke/Photolibrary / Getty Images Plus/Getty

複雑な環境で細胞が生存するには、情報を確実かつ迅速に遠くまで伝えることが極めて重要である。多細胞生物は、ニューロンに沿って秒速100mという速さでシグナルを伝える方法を進化させた。単細胞世界の生物は、細胞間でシグナルを伝達する際、外界の媒質に依存する。このたび、原生生物と呼ばれる単細胞生物が高速で細胞を収縮させると周囲の液体がかき混ぜられ、生じた液体の流れが原生生物個体群の中で収縮行動の超高速伝播を引き起こすことを、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のArnold J. T. M. Mathijssenら1が明らかにし、Nature 2019年7月25日号560ページに発表した。収縮は、一種の防御法として毒素の放出を伴う場合がある2。個体群レベルの収縮の波を引き起こす能力は、捕食者だらけの危険な水中環境で原生生物が生存していく上で、極めて重要と考えられる。

この話の主役は、スピロストマム・アンビグウム(Spirostomum ambiguum;スピロストマム属、別名ネジレグチミズケムシ属)と呼ばれる原生生物だ(図1)。1.3mmというその長さは、人間の基準では小さいが単細胞生物の中では巨大なものだ。19世紀後半、生物学者エルンスト・ヘッケルが原生生物の古典的研究の成果3を発表して以来、S. アンビグウムは注目の的となった。それは特に、まばたきの100倍の速さで元の長さの40%程度まで体を縮められるためだ4,5。この収縮の細胞・分子機構を理解しようと長い時間が費やされているが6-8、生物学研究の対象としてはあまり相手にされてこなかった。

図1 原生生物個体群内に広がる収縮の波
a 原生生物スピロストマム・アンビグウム(Spirostomum ambiguum)は水中環境に生息し、通常の長さの半分未満に収縮する能力を有する4,5。Mathijssenら1はこの現象を研究し、5ミリ秒の収縮が起こると周囲の液体に流れが生じることを明らかにした。
b 近くのS. アンビグウム細胞はその流れを感知すると、細胞の収縮を引き起こす。
c こうしてその収縮は細胞集団全体に迅速に広がることができる。 | 拡大する

Mathijssenらはこのテーマを生物物理学的視点から探った。その成果から、このプロセスがどれだけあり得ない速さで起こっているかが再認識されることになった。研究チームは、毎秒1万コマを捉えることができる高速ビデオ顕微鏡を利用し、数千個のS. アンビグウム細胞の収縮を撮影し、その収縮速度を徹底的に計測した。

その結果、5ミリ秒の収縮中に、14gの引力(g力)相当まで加速していることが明らかになった。ちなみに、レッドブル・エアレースのマスタークラス(F1レースの飛行機版)のパイロットは、12gを超えると失格になる。これほど強い力を受けるとパイロットが気を失ってしまいかねないためだ。それを考えると14gはとてつもない数値である。しかし、そのようなg力もS. アンビグウムには何の問題も起こさない。高速で収縮した後、弛緩は割と時間をかけて行い(約1秒以内)、そのサイクルを何度も繰り返すことができる。

収縮の主要なパラメーターを定量したMathijssenらは、次に、こうした収縮が微視的な世界に与える影響を理解し、その影響の意味を明らかにすることを目指して、収縮現象をさらに詳細に調べた。研究チームは、S. アンビグウムの収縮により生物体の周囲の液体に長距離の流れが生じていることを明らかにした。ビーズを利用してその流れを可視化すると、時間とともに広がる渦のように見えることが分かった。研究チームは、液体の動きを表す確立された数式9を利用して、コンピューターシミュレーションを行い、流れのパターンを再現した。その結果、流動性が十分な媒質では収縮によって流れが発生し、その流れが周囲の物質の分散を促進することが明らかになった。

しかし、何が収縮を引き起こすのだろうか。生物学者たちは、この行動を一種の「驚愕」反応、大方は捕食者の存在に対する反応ではないかと考えていた。しかし、正確な機序は分かっていなかった。Mathijssenらは、収縮の引き金はその生物自身や捕食者が周囲の液体に発生させた流れなのではないかと考えた。

その仮説を検証するために研究チームは装置を製作し、速さが漸増する液体の流れに個々のS. アンビグウム細胞をさらした。流体力学的方法10を利用することにより、収縮を引き起こす流れの速さは、そうした流れが生体膜に生じる張力のレベルと関連付けられた。研究チームは、流れで生じて収縮を引き起こす張力のレベルと細胞膜の機械受容イオンチャネルを開くのに必要な張力11との間に、顕著な類似点を見いだした。原生生物が機械受容チャネルを利用して液体の流れを感知することはこれまでに示唆されており12、この学説と今回の実験研究の一致から、流れが一定の規模的閾値に達すると収縮が引き起こされることが示唆される。

撮影速度2800fps(フレーム毎秒)、50倍スロー。この収縮は自発的に起こったものであり、電気的な刺激により誘発したものではない。

ref. 1

撮影速度1万5000fps、150倍スロー。どの個体がどの個体の収縮を引き起こしたかを示す。

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しかし、生物学と物理学との蜜月はここまでだ。このような機序が働いていることを生物学者に納得させるには、S. アンビグウム細胞の機械受容チャネルを欠損させて液体の流れに反応する能力に影響が及ぶことを示す証拠が必要であろう。現時点でS. アンビグウムにそのような操作を行うことはできないため、今のところこの機序は未確認とせざるを得ない。

細胞の収縮に関する正確な分子機序はともかくとして、Mathijssenらの実験は、流れで収縮が引き起こされることを明確に示した。収縮そのものが流れを発生させるという知見を得た研究チームは、多数のS. アンビグウム細胞がひしめき合ったらどうなるかに目を向けた。S. アンビグウムは流れを発生させることによって、互いの収縮を引き起こすことができるのだろうか。実は、できるのだ。in vitroで培養されたS. アンビグウム細胞は自己集合してクラスターを形成する傾向があり、研究チームは、細胞が一定の密度に達すると際立った集団的現象を示すことを明らかにした。1つの細胞が自発的に収縮して近隣に収縮を引き起こし、コロニー中に収縮の波を広げるのだ(図1)。

この波は超高速で伝わる。秒速0.25mだ。研究チームは、さらに強力な理論的枠組み13-15を利用してその波の誘発と伝播のシミュレーションを行い、S. アンビグウム細胞の向き、形状、密度によって異なる結果を得た。そしてその理論解析を自らの実験結果と照らし合わせ、S. アンビグウムのコロニーが高速の集団的収縮を発生させると考えられる細胞密度の閾値を導き出した。

しかし、ヘビー級の難問が残る。この集団的収縮は何の役に立っているのだろうか。シミュレーションによって研究チームは、捕食者に対して同調的に毒素を放出できるようにすることが収縮の波の機能の1つだと考えられることを示した。大型捕食者そのものが作り出す流れや、捕食者がS. アンビグウムの個体を食べようとすることによって発生する流れ16が最初の引き金となり、コロニーによる周辺媒質中への大規模な毒素放出を誘発する可能性があるのだ。この仮説の検証には、選択的な遺伝子操作によって、流れの発生と感知の過程を毒素放出事象から切り離すことが必要だろう。

原生生物には高速の収縮が見られるものが多く、細菌などの細胞や魚類などの生物には、液体の流れを発生させ、それを感知するものが多い。そうした流れの発生や感知を研究することは、将来の有益な研究テーマと考えられる。今後、生物学と物理学との学際的な協力が継続され、この注目すべきシグナル伝達の過程が解明されるさまを見られたら、なんと興味深いことだろう。

(翻訳:小林盛方)

Pavel Tomancakは、マックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所(ドイツ)に所属。

参考文献

  1. Mathijssen, A. et al. Nature 571, 560–564 (2019).
  2. Buonanno, F. et al. Hydrobiologia 684, 97–107 (2012).
  3. Haeckel, E. Das protistenreich. Eine populäre uebersicht über das formengebiet der niedersten lebewesen (Günther, 1878); https://doi.org/10.5962/bhl.title.58542
  4. Jones, A. R. et al. J. Cell. Physiol. 68, 127–133 (1966).
  5. Hawkes, R. B. & Holberton, D. V. J. Cell. Physiol. 84, 225–235 (1974).
  6. Lehman, W. J. & Rebhun, L. I. Protoplasma 72, 153–178 (1971).
  7. Ishida, H. & Shigenaka, Y. Cytoskeleton 9, 278–282 (1988).
  8. Yagiu, R. & Shigenaka, Y. J. Protozool. 10, 364–369 (1963).
  9. Winkler, R. G. Eur. Phys. J. Spec. Top. 225, 2079–2097 (2016).
  10. Cortez, R. et al. Phys. Fluids 17, 031504 (2005).
  11. Phillips, R. et al. Physical Biology of the Cell (Garland, 2012).
  12. Ohmura, T. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 115, 3231–3236 (2018).
  13. Xia, W. & Thorpe, M. F. Phys. Rev. A 38, 2650–2656 (1988).
  14. Takeuchi, K. A. et al. Phys. Rev. Lett. 99, 234503 (2007).
  15. Balanis, C. A. Proc. IEEE 80, 7–23 (1992).
  16. Buonanno, F. Biologia 66, 648–653 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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