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光遺伝学でマウスに幻視を誘発

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191006

原文:Nature (2019-07-18) | doi: 10.1038/d41586-019-02220-4 | Hallucinations implanted in mouse brains using light

Sara Reardon

行動実験の証拠から、わずか20個のニューロンを標的とするだけで、マウスがイメージを「見る」ことが示唆された。

光遺伝学の技術を用いることで、ニューロン(写真)を操作できる。 | 拡大する

DR. CHRIS HENSTRIDGE/SPL/Getty

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の神経科学者Karl Deisserothが率いる研究チームが、光を使ってマウスの脳の少数の細胞を刺激し、幻視を引き起こすことに成功した。この見事な実験は、脳が目で見たものを解釈してそれに働き掛ける仕組みについての理解を深め、さらには視覚障害者がものを見るのを助ける装置の開発にも通じる可能性がある。

2019年7月18日にScience で発表されたこの研究では、光のパルスによって個々の脳細胞を制御する光遺伝学と呼ばれる技術が用いられた(J. H. Marshel et al. Science http://doi.org/c8jm; 2019)。光遺伝学実験で使われるマウスは、光が当たるとニューロンを発火させるタンパク質をニューロンが産生するように改変されている。

また、今回の実験では、脳の視覚野にイメージを植え付ける試みを行った。視覚野では網膜から送られてきたデータをつなぎ合わせてイメージが作り出される。

Deisserothのチームは、縦縞または横縞の画像をマウスに見せ、縦縞を見たときはいつも水チューブをなめるよう訓練した。科学者たちは、マウスの脳をモニターして、マウスが縦縞を見たときにどのニューロンが発火したかを記録した。彼らは最終的に、縦縞の画像に一貫して関連しているように思われるニューロンをマウス1個体につき約20個特定した。

幻視を引き起こすために、研究チームはこれらのニューロンだけに光を浴びせて、発火を誘発した。するとマウスは、暗闇の中に置かれているにもかかわらず、まるで縦縞を見ているかのように、水チューブをなめたのである。横縞の画像に関連するニューロンを刺激したときには、マウスはチューブをなめなかった。

アレン脳科学研究所(米国ワシントン州シアトル)の所長Christof Kochは、この論文は技術的な偉業であり、光遺伝学を一歩前進させたと言う。「この実験では、脳のピアノを演奏しているのです」と彼は言う。

光遺伝学研究の可能性

サセックス大学(英国ブライトン)の神経科学者Anil Sethは、この研究でマウスが意識の上で縦縞を「見た」かどうかは明確でなく、これをはっきりさせるためには異なる行動実験が必要かもしれないと述べる。しかし彼は、このアプローチにはさまざまな応用の可能性があると非常に乗り気だ。「これらの光遺伝学的技術は実際に革新をもたらしています」と、彼は言う。こうした技術によって科学者たちは、脳をただ観察するのではなく操作できるようになるからだ(2013年8月号「革命的な科学の手法を生み出す男」、10月号「脳科学の世紀」参照)。直接脳に知覚情報を入力する人工視覚などの装置の開発につながる可能性もある。

Deisserothも、たった20個のニューロンを刺激するだけでマウスに幻視が生じたと思われる結果が出たことに驚いた。また、この数のニューロンがランダムに発火できる可能性を考えると、マウスに絶えず幻視が生じるわけではないのはなぜだろうという疑問も湧いた。

しかしKochは、視覚野の細胞は、脳が画像を知覚して解釈するために使用する細胞のうちのごく一部にすぎないと言う。つまり視覚野の細胞は、ニューロンのカスケードにおける最初のマスタースイッチなのだ。視覚野と接続した脳の他の領域は、画像を状況に組み込むことによって、画像の意味を評価する。夢などの一部のケースでは、脳は目からの入力が全くなくてもイメージを生み出すことができる。

そして、視覚野のマスタースイッチ・ニューロンは非常に特異的な場合もある。2005年にKochのチームは、人が女優のジェニファー・アニストンの画像を見たときにはいつも単一のニューロンが発火することを示す研究を発表した(R. Quian Quiroga et al. Nature 435, 1102–1107 2005; および2019年3月号「顔の探偵」参照)。マウスがこのように顔を認識できるかどうかは不明だと彼は言うが、少なくとも視覚はマウスにとって、霊長類にとってほど重要なものではない。

画像を生じるセンサーの隣にいるマウス。この装置が研究で使用された。 | 拡大する

SEAN QUIRIN, JAMES MARSHEL, CEPHRA RAJA & KARL DEISSEROTH, STANFORD UNIV.

未来予想図

スタンフォード大学チームの次の挑戦は、特定の画像を感知するニューロンが、どのように視覚情報の意味を解釈する脳領域と接続しているかを調べることだろう。「私たちはまだ、上っ面をなでただけなのです」とDeisserothは言う。

Deisserothらが考案した技術では、脳の過熱リスクを減らすために、暗い赤色のパルス光に感受性を持つ一連のタンパク質を用いる。彼らは、このタンパク質群を使って、自分たちや他の研究者が、色や形など他の視覚的因子や、音や触覚といった別のタイプの感覚入力の知覚に関連するニューロンの機能を調べられるようになることを望んでいる。

当面、光遺伝学をヒトに使用することは時期尚早だが、ヒトの脳を刺激して感覚を補う他の方法に関する研究が進行中である。2019年6月に、セカンドサイト社(Second Sight;米国カリフォルニア州ロサンゼルス)が、視覚野に植え込まれた電極を使用して、視覚障害者の視覚をいくらか回復させる装置の初期臨床試験結果を発表した。電極は、被験者の目の近くに装着したカメラから収集された情報に応答して脳を刺激する。

6人の被験者において、このシステムによって黒いスクリーン上の白い正方形が見えるところまで視覚が回復した。同社は、この装置を改良し、将来、より複雑な視覚情報を直接脳に送ることで視覚を回復させたいと考えている。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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