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代謝シグナルががん細胞の移動を抑制する

Credit: Science Photo Library - SUSAN ARNOLD/NATIONAL CANCER INSTITUTE/Brand X Pictures/Getty

腫瘍細胞が体内の原発部位から拡散して離れた器官に侵入すると、がんは致死的になる。この過程は転移と呼ばれ、この複雑な事象が起こるには、腫瘍細胞が周囲の組織に侵入して血流に入り、別の場所に定着する(転移巣と呼ばれる二次腫瘍が形成される)必要がある。細胞移動など、転移の初期段階のいくつかでは、正常な発生プログラムが異常に活性化されることがあり、上皮間葉転換(EMT)の誘導が起こる。EMTにより、体の表面を覆う上皮細胞は、移動特性を持つ間葉細胞の特徴を獲得する1。このほど中国科学院および中国科学院大学、広州大学(中国)に所属するXiongjun Wangら2が、細胞代謝で作られる分子がEMTの誘導を阻害することでマウスの肺がんの転移を抑制することを特定し、Nature 2019年7月4日号127ページに報告した。これは、これまで知られていなかった機構である。

代謝の際に作られる分子は、腫瘍細胞の生存、増殖、転移を支える重要な役割を担うことがある。がん細胞は、正常細胞よりも栄養の取り込みが高レベルで、代謝経路に変化が見られる。こうした特性により腫瘍は、増殖に必要な代謝物を確実に生成するのだ3。また、腫瘍細胞は血流に移行すると、細胞ストレスを受ける。細胞ストレスは、活性酸素種と呼ばれる分子の増加を特徴とする。腫瘍細胞は、このようなストレスに対抗するように代謝変化を起こし、転移を促進できる3,4。しかし、代謝経路が転移以外の側面に影響を及ぼすかどうかはほとんど分かっていなかった。

このことについてさらに調べるために、Wangらは上皮細胞から生じたヒト肺がん細胞において111の代謝酵素の発現を1つずつ阻害し、阻害した細胞をそれぞれin vitroで増殖させた。その結果、UDPグルコース-6-デヒドロゲナーゼ(UGDH)という酵素の産生を阻害すると、細胞の移動能が低下することを見いだした。UGDHはUDP-グルコース(UDP-Glc)をUDP-グルクロン酸(UDP-GlcUA)に変換する。UDP-GlcUAは、上皮細胞が存在する組織の細胞外マトリックスの原料成分である、ヒアルロン酸などの多糖分子を作るために必要である。ヒアルロン酸は、細胞表面の受容体を活性化してEMTを開始することがあり、腫瘍へのヒアルロン酸の蓄積は、臨床転帰不良と関連することが多い5

意外なことに、WangらがUGDHの発現を阻害した際に細胞移動が低下したのは、UDP-GlcUAやヒアルロン酸のレベルが低下した結果ではなく、UDP-Glcが蓄積したことが原因であった。がん細胞のEMTはがん細胞の移動の増加と関連することから1、Wangらは、UDP-GlcがEMTの誘導に影響を及ぼすかどうかを調べた。その結果、UGDHの除去によるUDP-Glcの蓄積には、SNAILと呼ばれる転写因子タンパク質をコードするmRNA(SNAI1 mRNA)の安定性の低下が伴うことが分かった。SNAILは、EMTに関連する遺伝子群の発現を調節する1。SNAILが産生されるようにがん細胞を改変すると、がん細胞はUGDHが除去されても移動できた。これらの結果は、UGDHがSNAIL産生に影響を及ぼすことにより、細胞移動を調節する経路において機能していることを示している(図1)。

図1 細胞代謝の際に形成される分子は、がん細胞の移動を阻止する
Wangら2は、in vitroで増殖させたヒト肺がん細胞の移動あるいはマウスに移植したヒト肺がん細胞の転移に、代謝がどのように影響を及ぼすかを調べた。これらの腫瘍は、上皮細胞と呼ばれる細胞タイプから生じる。
a 受容体であるEGFRを発現する上皮細胞では、HuRタンパク質がUDP-グルコース(UDP-Glc)分子へ結合することよってHuRとSNAILタンパク質をコードするmRNA(SNAI1 mRNA)の結合が阻まれた結果、SNAI1 mRNAの安定性が低下し分解される。
b 上皮増殖因子EGFによってEGFRを介したシグナル伝達経路が活性化されると、リン酸基(P)が酵素UGDHに付加され、UGDHがHuRに結合できるようになる。UGDHは、UDP-GlcからUDP-グルクロン酸(UDP-GlcUA)への変換を触媒する。Wangらは、UGDHが、HuRに結合したUDP-GlcをUDP-GlcUAへ変換することで、HuRがSNAI1 mRNAに結合して安定化できるようになると提案している。これにより、SNAILが産生され、上皮間葉転換(EMT)過程が促進され、その結果、転移が促進される。

UGDHなどの代謝酵素が、mRNAの安定性に影響を及ぼす仕組みはどのようなものだろうか? Wangらは、SNAILをコードするmRNAを含む、標的mRNAに結合して安定化するタンパク質HuR(Hu antigen R)6に注目した。すると、UDP-GlcはHuRに直接結合することで、HuRがSNAILをコードするmRNAと相互作用するのを阻止することが分かった。そこでWangらは、UDP-Glcへの結合を調整すると予測されるHuRのアミノ酸残基に変異を導入した。その結果、この変異型HuRを持つ細胞は、野生型HuRを持つ細胞と比較して、マウスにおける転移形成能が高く、また培養プレート内でも膜を通過できる、つまりin vitroでの移動能も高いことが分かった。

このことから、UDP-GlcとHuRの相互作用は、転移を促進する細胞プログラムを誘導する経路でHuRが機能することを阻止していると考えられる。腫瘍細胞をマウスに注入し、その一部のマウスにUDP- Glcを投与すると、UDP-Glcを投与されたマウスは投与されていないマウスよりも転移が低減していた。

興味深いことに、このようなWnagらの知見はヒトのがんに関係しているかもしれないということが示唆されている。肺がんでは、受容体であるEGFRは、一般に、変異によって活性化される7。Wnagらは、in vitroで増殖させたヒト肺がん細胞において、EGFRを介したシグナル伝達の増強が、SNAILをコードするmRNAの安定性の上昇に関連することを見いだした。さらに、EGFRの活性化がUGDHの473番目のアミノ酸残基チロシン(Y473)のリン酸化(リン酸基の付加)を引き起こして、HuRとUGDHの間の物理的相互作用を誘導することが観察された。

Wangらは、HuRに結合したリン酸化UGDHが、UDP-GlcからUDP-GlcUAへの局所変換を引き起こすことで、HuRとSNAILをコードするmRNAの相互作用に対するUDP-Glcによる阻害を軽減し、SNAILの蓄積を促進する(図1)と推測している。遺伝的改変により473番目のチロシン残基を欠損させたUGDHを発現するヒト肺がん細胞を作製すると、この細胞は野生型UGDHを発現する細胞よりも、マウスでの転移が少ないことが分かった。またWangらは、肺がんの患者では、UGDHのY473のリン酸化が、原発腫瘍よりも転移腫瘍でより一般的に見られること、このリン酸化は臨床的な予後不良と関連していることも示した。

今回のWangらの知見は、代謝物が遺伝子発現プログラムに影響を及ぼし得るというモデルに対して増えつつある根拠の1つとして加えられる8。最もよく知られた例は、代謝物が遺伝子発現を調節する酵素の基質となり、DNAあるいはDNAに結合するヒストンタンパク質に化学基が付加修飾される場合である。これに対しUDP-Glcは、タンパク質とmRNAの相互作用を物理的に妨げることにより、遺伝子発現に影響を及ぼす。また、UDP-Glcが、SNAILをコードするmRNAとHuRの相互作用に特異的に影響を及ぼす一方で、他のmRNAとHuRの相互作用を低下させない仕組みは分かっていない。SNAIL発現、EMT、細胞外マトリックスの関連性を鑑みると、SNAILの産生とヒアルロン酸を作り出す代謝物を合わせて考えることが、転移の促進に必要な代謝の変化とタンパク質産生の変化をともに調整する効率的な方法であるかもしれない。この推測は魅力的である。

このようにUDP-Glcは、代謝酵素のがん関連変異を介して蓄積し、腫瘍のプログレッションを制限する。腫瘍のプログレッションを促進する代謝物8とは対照的だ。今回の発見により、代謝物ががんに影響を及ぼし得る方法について、我々の視野は広がった。がん細胞の代謝プロファイルは正常細胞とは異なることが長く認識されていたが、腫瘍の増殖に関与する代謝変化の複雑さは分かり始めたばかりである。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191036

原文

Metabolic signal curbs cancer-cell migration
  • Nature (2019-07-04) | DOI: 10.1038/d41586-019-01934-9
  • Lydia W. S. Finley
  • Lydia W. S. Finleyは、スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)に所属。

参考文献

  1. Dongre, A. & Weinberg, R. A. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 20, 69–84 (2019).
  2. Wang, X. et al. Nature 571, 127–131 (2019).
  3. DeBerardinis, R. J. & Chandel, N. S. Sci. Adv. 2, e1600200 (2016).
  4. Piskounova, E. et al. Nature 527, 186–191 (2015).
  5. Chanmee, T., Ontong, P. & Itano, N. Cancer Lett. 375, 20–30 (2016).
  6. Pereira, B., Billaud, M. & Almeida, R. Trends Cancer 3, 506–528 (2017).
  7. Rotow, J. & Bivona, T. G. Nature Rev. Cancer 17, 637–658 (2017).
  8. Intlekofer, A. M. & Finley, L. W. S. Nature Metab. 1, 177–188 (2019).