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ヒ素を食べるシダ

世界で数百万人がヒ素に汚染された地下水や土壌に苦しめられている。ヒ素が飲み水や作物に入り込むと、皮膚病変やがんなどの病気を引き起こす場合がある。だがモエジマシダ(Pteris vittata)は、他のほとんどの生物が死んでしまう濃度のヒ素を自然に蓄積し、なぜか育ち続ける。この耐性の背景にある機構は生化学の長年の謎だ。

最近、パデュー大学(米国)の生物学者Jody Banksらは、その機構を明らかにした。このシダの遺伝子を他の植物に組み込めば、その能力を引き出してヒ素汚染地域を浄化するのに利用できるようになるかもしれない。

Banksは、このシダがヒ素に接触すると3つの遺伝子が活性化することに気付いた。彼女はこれらの遺伝子がヒ素耐性を生じているのかどうか確かめるため、それぞれの遺伝子をオフにするという技法を用いた。それらのシダは、ヒ素にさらすと死んだ。次に彼女らは顕微鏡を使って、これらの遺伝子がコードしているタンパク質をシダの中で追跡し、それらが一緒に働いてヒ素を収集し、シダの葉の中を移動しながらヒ素を中和していることを突き止めた。

そのタンパク質の1つGAPC1は多くの生物に見られ、リン酸塩を使って糖を分解しエネルギーを生み出している。土壌に見つかるヒ素はヒ酸塩の形を取っており、この反応過程のリン酸塩に取って代わってエネルギー生産を妨げるため、毒性を生じる。だがこのシダでは、GAPC1の構造がわずかに異なっていて、ヒ酸塩と化学結合できる。別の遺伝子がコードするOCT4というタンパク質は、捕捉したヒ酸塩を、細胞内にある小胞という小さな袋状の構造に膜を通して運び込む。3つ目の遺伝子がコードするタンパク質GSTは、小胞の内部でヒ酸塩を亜ヒ酸塩に変える。小胞はこの化合物を植物の一部分に輸送し、亜ヒ酸塩はそこに安全に蓄積されて、昆虫による食害を防いでいる。2019年5月のCurrent Biology に報告。

以前、ヒ素耐性菌の緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)がほぼ同じ遺伝子を用いてヒ素を捕捉・中和していることが明らかになっている。この非常に奇抜な機構が細菌と同じく植物でも使われていることを実証した今回の研究は、ヒ酸塩を有毒にしている主要な道筋を回避する方法を生物が進化させてきたことを示しているのだろう。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191005a