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1.5℃の壁を越えないために人類がなすべきこと

産業革命以前の水準よりも2℃温暖化した世界では、氷河や海氷の融解が進む。 Credit: Mario Tama/Getty Images

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化を産業革命以前の水準から1.5℃以内に抑えるのは並大抵のことではなく、政府や産業界や社会の仕組みを急速かつ劇的に変える必要があると主張する。ただし、地球の気温はすでに当時の水準から1℃上昇しているものの、人類が炭素排出の習慣を改めるために残された時間は、以前の予想より10~30年長いという最新の予測も盛り込まれている。

2018年10月8日にIPCCが発表した最新の『1.5℃の地球温暖化に関する特別報告書(Special Report on Global Warming of 1.5℃)』の概要によると、温暖化を1.5℃以内に抑えるという目標を達成するには、世界の炭素排出量を2030年までに2017年の水準から49%以上削減し、さらに2050年までに炭素の排出量と吸収量が等しくなる「カーボン・ニュートラル」を実現しなければならない。今回の報告書は、世界の国々が温室効果ガスの排出量を抑制し、地球の気温の上昇を1.5~2℃に抑えるために2015年に採択したパリ協定の後に行われた研究に基づいている。

温室効果ガスの排出量を大幅に削減することができなければ、世界は今世紀末には今より約3℃温暖化する。また、地球温暖化が現在のペースで進行すると、2030~2052年に1.5℃の壁を突破する。

報告書によると、科学者たちは1.5℃の温暖化により陸域で深刻な熱波が発生する回数が増え、特に熱帯地方でその傾向が顕著になることに「強い確信」を持っているという。また、高高度地域、東アジア、北米東部などで極端に強い嵐の発生回数が増えることには「中程度の確信」を持っているという。2℃温暖化した世界では、そうした荒れた天候のリスクは一層大きくなるだろう。中緯度地方の猛暑の日の気温は、1.5℃温暖化した世界では3℃、2℃温暖化した世界では4℃高くなるかもしれない(2018年10月号「気候変動で海洋熱波の頻度が倍増」、2018年9月号「熱帯低気圧の動きが全球的に鈍化」参照)。

2℃の温暖化は世界の陸域の約13%で生態系を破壊する可能性があり、多くの昆虫、植物、動物が絶滅するリスクを増大させるだろう。温暖化を1.5℃以下に抑えることができれば、そのリスクを半減させることができる。

2℃温暖化した世界では、北極地方は少なくとも10年に一度は氷のない夏を経験することになるだろう。1.5℃温暖化した世界では1世紀に一度である。また、2℃温暖化した世界ではサンゴ礁はほぼ完全に消滅するが、1.5℃温暖化した世界では現存するサンゴ礁の10~30%程度は生き残ることができる。

クイーンズランド大学の地球変動研究所(Global Change Institute;オーストラリア・セントルシア)の所長Ove Hoegh-Guldbergは、今のうちに思い切った行動に出ないと、世界はほとんどの人間にとって居住不可能な場所になってしまうかもしれないと言う。「今世紀末に向けて、私たちはこの状況を正していく必要があります」。

実現不可能な夢

各国による温室効果ガスの排出量削減の取り組みがパリ協定の定める目標に遠く及ばない現在、多くの科学者は、温暖化を2℃以内に抑えることさえほぼ不可能だと主張してきた。しかし今回のIPCC報告書では、実現可能性の問題に立ち入ることは避け、温暖化を1.5℃以内に抑えるために政府と産業界と個人が何をする必要があるかを見極めることに集中した。

温暖化抑制の手段としては、2050年までに世界の電力の70~85%を供給できるように風力発電所や太陽光発電所などの再生可能エネルギーシステムの設置を加速すること、森林が大気中の二酸化炭素を吸収する量を増やすために植林することなどがある。

報告書のシナリオのほとんどが、今世紀の後半になっても、世界はまだ大気中から大量の炭素を除去して地中に貯留する必要があることを示唆している。そのための技術は、現時点では開発の初期段階にあり、多くの研究者は、地球規模で使用可能な技術の開発は難しいかもしれないと言っている(2016年1月号「炭素を大気から取り出す技術が事業化目前」参照)。

他に提案されている選択肢としては、肉を食べる量を減らし、もっと自転車に乗り、飛行機をなるべく利用しないようにするなど、ライフスタイルを変えることがある。報告書は倫理や価値観などの曖昧な問題にも踏み込み、政府は、気候変動と持続可能な開発に並行して取り組むか、貧困と不平等の問題を悪化させるかのどちらかを選ばなければならないと強調する。

今回のIPCC報告書では、温暖化を1.5℃以内に抑えるために排出が許容される炭素の量(カーボン・バジェット)が、これまで考えられていた量よりも多いかもしれないとする最近の研究成果も考慮されている。IPCCが2014年に発表した第5次評価報告書では、現在の排出ペースでいけば2020年代初頭に温暖化は1.5℃の壁を突破すると見積もられていた。しかし最新の報告書では、すでに発生している温暖化の見積もりを修正する研究に基づき(R. J. Millar et al. Nature Geosci. 10, 741–747; 2017)、1.5℃の壁を突破する時期が2030年または2040年に延期されている。

オックスフォード大学(英国)の気候科学者で、報告書の主要な執筆者の1人であるMyles Allenは、「私たちが今日大気中に排出する1tの余分な炭素は、今世紀末に大気中から苦労して除去しなければならない1tの炭素なのです」と言う。

「私たちはそろそろ、温暖化対策を先送りにしたツケが誰に回るのか、今日の化石燃料産業とその顧客が恩恵を受け、次の世代に炭素除去の負担を押し付けるのは果たして正しいことなのかを議論しなければならないと思います」とAllen。

これに対してベルン大学(スイス)の気候科学者Thomas Stockerは、修正されたカーボン・バジェットについて、科学者たちが「中程度の確信」しか持っていないことを強調する。彼は、2021年に発表される予定の第6次評価報告書で、より完全に近い数字が示されることを期待している。

また、マックス・プランク気象学研究所(ドイツ・ハンブルク)の客員研究員である社会科学者のOliver Gedenは、新たに発表された、従来の予想より大きいカーボン・バジェットが、政策立案者に間違ったメッセージを与えてしまう可能性を危惧している。彼は、IPCC報告書が1.5℃の目標を達成することの難しさを安売りしてしまうことを恐れている。「常に破滅の一歩手前にあると警告することには問題が多いのです」と彼は言う。「政策立案者たちがそのことに慣れ、どうにかなると思ってしまうからです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190106

原文

IPCC says limiting global warming to 1.5 °C will require drastic action
  • Nature (2018-10-08) | DOI: 10.1038/d41586-018-06876-2
  • Jeff Tollefson