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電気刺激で脊髄損傷患者の脚の運動機能が回復

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190102

原文:Nature (2018-10-31) | doi: 10.1038/d41586-018-07251-x | Three people with spinal-cord injuries regain control of their leg muscles

Matthew Warren

試験的な治療により、3人の脊髄損傷患者が脚の筋肉の制御能を取り戻したことが報告された。ただし、効果が証明されたのは今のところ、運動機能がいくらか残存している患者のみだ。

合成画像に写っているDavidは、この治療の恩恵を受けた3人の被験者の1人である。 | 拡大する

EPFL Jamani Caillet

電気刺激の助けによって、3人の脊髄損傷患者が脚の筋肉の制御能を取り戻し、歩行能力が改善された。患者のうち1人は、治療以前には歩くことができなかったが、補助器具を使って歩行できるようになった。また重要なことに、刺激療法の中止後も、被験者全員の筋肉の動きに何らかの改善が見られ、そのうちの2人は歩行能力における改善が持続した。

「これは目覚ましい前進です」と、ワシントン大学(米国シアトル)のリハビリテーション医学研究者のChet Moritzは言う(彼はこの研究に関わっていない)。

しかし研究者たちは、硬膜外電気刺激と呼ばれるこの技術はまだ初期段階にあって、脊髄損傷患者のうち何割くらいの人に効果があるかはまだはっきりとは分からないと注意を促す。これまでのところ、効果が示されているのは、損傷部位より下の部位でいくらかのレベルの運動機能が維持されている患者においてのみだ。この研究結果は、Nature 2018年11月1日号65ページで発表された1

今はまさに脊髄損傷研究の「大躍進期」だとMoritzは述べる。この研究に先立ち、他にも2つの研究チームが、患者が脊髄の電気刺激の後に歩けるようになったと報告したばかりだ。

Davidは、電気刺激と理学療法を組み合わせた治療を受けた後に、補助器具を装着して歩けるようになった。

EPFL Hillary Sanctuary

2018年9月24日にNature Medicine に発表された論文2では、メイヨークリニック(米国ミネソタ州ロチェスター)の理学療法士Megan Gillらが、損傷部より下の部位が完全麻痺していた患者が、43週間の訓練と電気刺激の後にトレッドミル上で歩くことができるようになったと報告している。そして9月27日には、ルイビル大学(米国ケンタッキー州)の脊髄研究者Claudia Angeliらが、硬膜外刺激法で連続刺激を受けた4人の患者のうちの2人が、それぞれ15週と85週間後に補助器具を使って歩行できるようになったと報告した3

しかし、Nature Neuroscience で2018年10月31日に発表された研究4を率いたスイス連邦工科大学(ローザンヌ)の神経科学者Grégoire Courtineは、連続刺激は、まだいくらか残っている、脚から脳へ戻る信号の一部をブロックしている可能性があるため、彼のチームが使った正確にタイミングを合わせた刺激による手法の方が連続刺激法よりも効果が高いかもしれないと言う。

伝達の遮断

脊髄損傷は、脳と脊髄ニューロンとの接続を切断し、損傷部より下の体の部位で運動と感覚の異常を引き起こし、時には麻痺の原因にもなる。ほとんどの場合、損傷部より下の部位でも脳と脊髄の運動ニューロンとの間に何らかの接続が残っているが、こうした接続では患者が動けるようになるには十分ではないかもしれない。

Courtineの研究チームは、電気刺激によってこれらの運動ニューロンの興奮を高め、残存している脳との接続から受けた信号を増幅させた。チームはまず、股関節を曲げる、あるいは足首を伸ばすなどのように、歩行に必要な各運動に関わる脊髄の領域をマッピングした。

次にCourtineらは、脚に程度の異なる運動障害を持つ3人の脊髄損傷患者に電気刺激装置を植え込んだ。脊髄のどの部分が歩行に関わるかをすでに調べてあったので、チームは、そうした動きを促すために正しい時間に正しい脊髄の場所を刺激する電気パルスのシーケンスをプログラムすることができた。

動こうとする意志

この電気刺激自体は動きを引き起こさなかった。動作が起こるのは、被験者自身が、動こうと試みたときだけだった。「これは実際のところ、増幅装置として働いているのです」とCourtineは言う。「私たちが脚の制御を代わりに行っているのではありません。脚を動かしているのは、患者さんたちなのです」。

この電気刺激とリハビリテーションは、たった2日間で患者にとってほとんど自然なものになったとCourtineは言う。1週間以内に、被験者たちは体重の一部を保持する装置の補助を受けて歩くことができるようになった。

3人の被験者の中には、以前には両脚が全く動かなかった患者と、左脚が完全に麻痺していた患者が含まれていた。3人目の患者は、脚の運動能力がもっと高かったが、歩行を試みるときに脚を持ち上げることができなかった。5カ月にわたって電気刺激療法と共にリハビリテーションを行ったところ、被験者たちはさらに回復し、最終的には、追加の刺激を中止しているときでさえ、運動に改善が見られるようになった。2人の被験者は松葉杖を使って独りで歩くことができるようになった。そのうちの1人は支えなしでも数歩は歩くことができた。最も重傷だった3人目の患者は、以前には麻痺していた両脚を、横たわった状態で動かせるようになった。

この結果は、電気刺激が脳と脊髄ニューロン間の接続を強化していることを示唆していると、Moritzは述べる(彼は、Nature Neuroscienceに、今回の論文に関連したNews & Views5を寄稿している)。神経科学の基本的な教義は「共に発火する細胞は、接続も共にする」というものなので、脳と脊髄ニューロンとの相互作用を強めれば、それらの接続も強化されるということは理にかなっている、と彼は言う。

調節された希望

この研究は実に興味深いと、ニューロテック・ネットワーク(米国フロリダ州セントピーターズバーグ)の事務局長Jennifer Frenchは言う。ニューロテック・ネットワークは、神経学的疾患を持つ人々に対して新技術についての教育活動を行っている非営利組織である。

患者の歩行を助けるための電気刺激法を研究しているチーム。 | 拡大する

EPFL Hillary Sanctuary

しかし、彼女は、被験者が動き回るためにはまだ体を支持する装置を必要としていると指摘する。また、ケース・ウエスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)の脊髄損傷の臨床研究者Kim Andersonはこの技術で全ての脊髄損傷患者を助けることはできないかもしれないと付け加える。研究の被験者は、刺激療法の開始以前に損傷部より下の部位にいくらかのレベルの運動機能を保有していたが、ほとんどの脊髄損傷患者は「運動完全麻痺」であり、運動能力は全く残っていない。

一方、Courtineのチームは、被験者が研究室外でも硬膜外電気刺激を使用できるようにする技術も開発した。これには刺激の引き金となる着用可能なセンサーと、音声制御式腕時計型装置で使用するアプリ(これによってユーザーは必要とする刺激の正確な型を選ぶことができる)が含まれる。

これらの装置はまだ開発中だとCourtineは言うが、被験者はこれらを歩行時に使用しており、また、これを使用して腕と脚で動かす三輪車に乗りさえした。今後3年間でこの技術を最適化して、安全性と有効性の実証を目指すとCourtineは述べる。

ロンドン大学インペリアル・カレッジ(英国)の神経科医Simone Di Giovanniは、この技術がもっと広く使われる日がくるかもしれないと楽観的だ。ただし、より重度な損傷の患者にこの技術がどの程度効果を発揮するかはまだ分からず、さらなる実験が必要だろうと彼は言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Wagner, F. B. et al. Nature 563, 65–71 (2018).
  2. Gill, M. L. et al. Nature Medicine https://doi.org/10.1038/s41591-018-0175-7 (2018).
  3. Angeli, C. A. et al. N. Engl. J. Med. 379, 1244–1250 (2018).
  4. Formento, E. et al. Nature Neuroscience 21, 1728–1741 (2018).
  5. Moritz, C. Nature Neuroscience 21, 1647–1648 (2018).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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