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市民科学の誕生から20年

盛林寺(福島県福島市)のガイガーカウンター(左上)の下に立つ岡野定丸住職。 測定した放射線量はセーフキャスト・プロジェクトに送られる。 Credit: BEHROUZ MEHRI/AFP/GETTY

アントワープ大学(ベルギー)の生物地球化学者Filip Meysmanがアントワープの有名人になったことを最初に自覚したのは、電車の中で自分の研究プロジェクトについて話す通勤客たちの声を耳にした時だった。その数日後には、テレビで自分の研究プロジェクトのコマーシャルを目にしたという。「歯磨き粉のCMと、ネスプレッソのCMの間でした」。Meysmanは、ベルギー北部のフランドル地方の市民を研究のパートナーにしたことで一躍有名になった。Meysmanと非研究者からなるチームが、フランドル地方の環境保護局と地方紙の助力を得て、この地方の大気質を評価するクリューゼノイゼン(CurieuzeNeuzen、「嗅ぎ回る人々」という意味のアントワープ方言をもじったもの)・プロジェクトへの参加を呼び掛けたところ、5万人以上の応募があったのだ。

Credit: SOURCE: CURIEUZENEUZEN

最終的に2万人に大気汚染物質の試料採取装置が配布され、参加者は1カ月間測定を行った(「ストリートサイエンス」参照)。センサーの99%以上が分析のために研究室に返送され、こうして1万7800もの測定点のデータが得られた。Meysmanらは、人工衛星では観測できず、科学者が自ら観測しようとした場合には費用が高額になり過ぎる「鼻の高さ」の二酸化窒素濃度に関する情報を入手したのだ。大気質の評価に用いるコンピューターモデルを開発しているMeysmanは、「他の方法では手に入らないようなデータセットが得られました」と言う。

市民が積極的に科学研究に参加する市民科学は、より大規模に、より野心的に、よりネットワーク化されるようになっている。市民は、環境汚染をモニターしたり、その地域の植物相や動物相の写真を何百万枚も撮影したりするだけではない。放射線量を評価するためのガイガーカウンターを自分で組み立てたり、たまり水を撮影して蚊が媒介する疾患の広がりの記録に協力したり、洪水モデルを修正するために水の流れをビデオ撮影したりしている。思考時間を提供することでメタ解析の処理速度の向上に寄与したり、アルゴリズムがまだ不得手なやり方で画像の評価を行ったりする人も増えている。

市民科学が盛んになってきた背景には、データへの渇望、インターネットなどを介した結び付きの強まりと低価格センサー技術の登場、科学の透明性とアクセシビリティーを高めようとする動きなど、幅広い社会的な力がある。近年では、この流れに乗る政府機関や国際組織も増えてきている。例えば、米国とスコットランドの環境保護局は、通常の業務に市民科学を組み込んでいる。国連環境計画は、環境のモニタリングと環境への関心の喚起の両方に市民科学を利用する方法を模索している。欧州委員会(EC)は、研究とイノベーションを促進するための総額800億ユーロ(約10兆円)のホライズン2020プログラムの一部を市民科学の助成に充てている。

市民科学の擁護者は、将来的に市民科学の取り組みが、政策立案者や科学者の関連領域における高品質なデータ収集と分析に大きく寄与することを期待している。2017年12月には、複数の市民科学団体が集まって、世界規模の団体「市民科学グローバル・パートナーシップ」を結成した。最初の仕事の1つは、貧困から自然破壊まで、地球的規模の問題を2030年までに解決することを目指す国連の「持続可能な開発目標」に関して、市民科学が進捗状況のモニタリングに寄与する方法を探ることである。

市民科学が正当性を認められるためには、測定の信頼度と研究への有用性などに対する懸念を払拭する必要があると、多くの人が考えている。地球観測と市民科学の専門家である国際応用システム分析研究所(IIASA;オーストリア・ラクセンブルク)のSteffen Fritzは、「市民科学を何らかの形で受容し、制度化する必要があります。ボトムアップ式の研究方法としてだけでなく、ある種の公式なデータストリーム(連続するデータの往来)としても認められる必要があります」と言う。

多種多様なプロジェクト

市民科学の起源は少なくとも2000年前までさかのぼることができる。古代中国では大群で移動するイナゴがしばしば作物に壊滅的な被害を与えていたため、人々は約2000年間もイナゴの大量発生の追跡に協力してきた。現代的な市民科学は、科学が専門家のものになった後、一部の市民がその過程に興味を持つようになったことで誕生した。「市民科学(citizen science)」という言葉は1990年代中頃、現在はコペンハーゲンビジネススクール(デンマーク)に所属する社会学者のAlan Irwinによって「市民のニーズと関心を補助する科学」および「市民自身が開発し、実施する科学の形」の両方として定義された。

20世紀初頭の鳥類の個体数調査から始まった初期の現代的な市民科学プロジェクトは、動物の目撃例を記録する集中的な野外調査が主であった。以来、市民の関与は深まり、さまざまな役割を果たすようになった。ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の地理学者Muki Haklayは、市民科学は市民の関与のあり方に基づいて分類可能で、一般の人々がデータや計算能力を提供する「クラウドソーシング型」から、市民がプロジェクトのほとんどの側面に能動的に関わったり自ら研究を行ったりする「共同参画型」まであるとしている。

最初に市民科学が盛んになった生物多様性などの研究領域では、市民科学プロジェクトはその参加者数とデータ量の豊富さで専門家による科学との境界を打ち壊しつつある。生物多様性情報の世界最大のリポジトリである地球規模生物多様性情報機構(GBIF)によると、収録されている数十億のデータ点の約半数が一般市民から提供されたものだという。GBIFのデータは、過去10年間に2500編以上の査読論文に利用されたと見積もられる。

青少年プログラムに参加して観察結果をiNaturalistに記録するDonovan WootenとMaya Sanders。 Credit: CATIE RAFFERTY/MEDIASANCTUARY.ORG

自分が遭遇した植物や動物の写真を誰でも投稿することができるソーシャル・ネットワーク「アイ・ナチュラリスト(iNaturalist)」への投稿は、2008年の立ち上げ以来、毎年倍増している。共同ディレクターのScott Loarieは、科学者によるデータ利用の追跡を試みており、これまでに150編の論文を発見している。けれども彼は、実際の利用数ははるかに多いと考えている。多くの論文は、この組織の名前を明記せずに引用しているからだ。

一部の研究者は、研究活動を強化するため、他の情報源に由来するデータの確認など、より手の掛かるプロジェクトに協力してくれる市民を集めている。2011年に、ある研究チームが、世界の耕作限界地(耕作をするには条件が悪過ぎる土地)でバイオ燃料を生産すれば液体燃料のニーズの半分を満たすことができるとする論文を出版した際1、Fritzは、IIASAのGeo-Wikiプロジェクトに参加してこの主張を検証してくれる市民分析者を多数採用した。グーグル・アースの数千枚の画像を丹念に検証した彼らは、バイオ燃料の生産に利用できる耕作限界地は、元の論文の見積もりよりも数億ヘクタールも少ないとする見積もりを出した2。Fritzは、「当初の見積もりを大幅に下方修正することになりました」と言う。

Fritzは、自分のプロジェクトに惹かれる人々の中には純粋に科学に貢献したがっている人もいるが、最も熱心な人々は、論文の共著者になれる可能性に惹かれていると考えている。単純にアマゾンのギフト券や、数ユーロの報奨金といった報酬が目的の人もいるという。

盛林寺(福島県福島市)のガイガーカウンター(左上)の下に立つ岡野定丸住職。 測定した放射線量はセーフキャスト・プロジェクトに送られる。 Credit: BEHROUZ MEHRI/AFP/GETTY

政治的・社会的な理由により参加者を惹き付けるプロジェクトもある。2011年に日本で東日本大震災が発生した際、福島第一原子力発電所の事故発生から数日もたたないうちに、小さなグループが、自分で放射線量を測定したいという人々のために、ガイガーカウンター(最終的にはその自作キット)の配布に向けて動き出した。現在はセーフキャスト(Safecast)と呼ばれるこのグループのリーダーである建築家のAzby Brownは、この取り組みは時に地方自治体や中央政府から敵視されることがあったと言う。けれども彼らは政府の測定値の誤りを明らかにして、プロジェクトの有益性を証明した。政府が安全としていた場所で高い測定値が、反対に危険としていた場所で低い測定値が出たケースがあったのだ。Brownによると、彼はこの数年、国際原子力機関(IAEA)の会合に数回招かれて話をしているが、市民が測定したデータに対しては、いまだに懐疑的な人がいるという。

市民科学プロジェクトを立ち上げるのは、特定の問題に関心を持つ一般市民や、名案を思いついた科学者だけではない。政府やその研究助成部門も関与するようになってきている。例えば、グラウンド・トゥルース2.0というプロジェクトは、欧州委員会の支援を受け、アフリカと欧州の6カ所に試験的に「市民観測所」を設置した。各市民観測所は、一般市民と科学者(データを処理する人々)、そのデータから恩恵を受ける人々(政策立案者や地方当局など)の三者間の対話を促すよう設計されている。プロジェクトのリーダーであるIHEデルフト水教育研究所(オランダ)の研究員Uta Wehnによると、欧州連合(EU)の出資により設立された初期の市民観測所では、一般市民の参加は申し訳程度であったという。けれどもグラウンド・トゥルース2.0では、プロジェクトを決定するのは科学者ではない。科学者は場所を選ぶだけで、何を、どのような方法で調べるかを決めるのは、そのテーマに関心を持つ市民である。Wehnは、「私たちは人々をセンサーの前に連れて行くだけです」と言う。

グラウンド・トゥルース2.0の市民観測所のうち、スウェーデンのメーラレン地方の水質の悪化について調査中の観測所は、初期の議論から、スウェーデンの水質データがまばらにしか収集されておらず、地元の人々によるモニタリングを意思決定に結び付ける仕組みがないことを明らかにした。それから2年が経過した今、Wehnは、市民科学プロジェクトが政策を変えつつあるかを判断するのは時期尚早だが、参加者は、さまざまな利害関係者との間に関係を構築できたと感じているようだと言う。

一部の研究指導者は、感情への訴え掛けが事実に基づく議論を圧倒することが多い「ポスト真実」の時代に、市民科学が人々の健全な好奇心を育むことを期待している。研究・学際センター(Center for Research and Interdisciplinarity;フランス・パリ)の共同設立者であるFrançois Taddeiは、市民科学は批判的な思考をよみがえらせることができると考えている。このようなプロジェクトに参加した子どもたちは、「情報化時代に直面する、フェイクニュースなどの問題に惑わされにくくなるでしょう」と彼は言う。

成長に伴う痛み

しかし、大きな目標を掲げるようになる前から、市民科学はデータの品質や人員の確保(より多くの科学者に取り組んでもらうことと、十分な人数の市民の協力を得ることの両方)など、いくつもの問題を抱えていた。最近は、市民が提供したデータについて、標準プロトコルからの逸脱や、記録やサンプリング地点の選択のバイアスなどの問題点を指摘する論文も出版されている3,4。ロンドンを本拠地にして保全活動を展開する英国の慈善団体「哺乳類学会(The Mammal Society)」の市民メンバーによる野生動物の目撃例を分析している野生動物生態学者のGraham Smithは、休日に散策する人たちは、1日に何度も出合うウサギを無視することはあっても、カワウソなどの珍しい動物を見かければ必ず記録すると指摘する。「おかげで、英国で最も多く記録された哺乳類は、個体数が決して多くないはずのカワウソなのです」。

英国環境・食糧・農村地域省(DEFRA)の依頼を受けたSmithは、統計的手法を駆使してこのバイアスと戦っている。市民の散策ルートとその時間を追跡する新しいスマートフォンアプリは、データを充実させるのにも役立った、と彼は言う。また、Fritzは、オンライン分析の品質は簡単な手法で検証可能だという。彼のグループは時々照合用の投稿を行い、専門家があらかじめ出した結論と、投稿者が出す結論を比較している。Fritzらは、いつも間違える人(Fritzの見積もりによると、参加者の約5%)には抜けてもらう一方、成績の良い人は論文の共著者になることができるようにしている。ゲームアプリを利用して市民に土地利用状況の写真を撮影してもらう「セント(Scent)」プロジェクトの通信エンジニアDaniele Miorandiによると、このプロジェクトでは人間とアルゴリズムが相互に間違いのチェックを行っているという。

一部の研究者は、市民科学プロジェクトの数が増え過ぎて市民が疲弊することを危惧しており、例として長い歴史を持つ英国のビッグ・ガーデン・バードウォッチ・プロジェクトなど、いくつかの市民科学プロジェクトの参加者減少を指摘する。Haklayは未発表の論文で、定期的なデータ収集に参加する可能性のある人は全世界に約170万人いると見積もっている。「短い時間を投資してくれる人は大勢いますが、深く集中的に関わってくれる人はごく少数です。全員に常時参加してもらうことはできないのです」と彼は言う。

研究者と参加者は、倫理やデータの利用法、プライバシーといった問題にも直面している。例えば、ケニアにあるグラウンド・トゥルース2.0の市民観測所では、密猟や、野生動物との遭遇や、動物に害をなす恐れのある柵などがあった場所をマッピングするプロジェクトが進められている。しかし、収集されたデータが悪用される可能性もある。「観光客が記録する野生動物の目撃例が、密猟者の格好の情報源になるかもしれません」とWehnは言う。ケニアのチームは、どのデータを開示するかにつき、当局と慎重に協議中だという。

こうした問題は、さらに大きくなろうとしている。特に、最近増えた健康管理アプリには大きな不安が付きまとう。ノートルダム大学(米国インディアナ州)の歴史学者Philip Mirowskiは、市民が提供するデータの運命に対して懸念を表明している。中でも彼が問題視するのは、人々に医療情報をアップロードさせる「ペイシェンツ・ライク・ミー(PatientsLikeMe)」などのプロジェクトだ。少なくとも米国では、「データを生成する人々は、そのデータをどのように利用されても文句は言えません」と彼は言う。

一方、市民科学の指導者たちは、利用可能な研究を体系化したり、共通の方法論に同意させたりすることで、参加者の専門化を求めている。産業界、研究機関、政府グループが参加する地理空間情報の国際標準化団体「オープン・ジオスペーシャル・コンソーシアム」は、市民が提供するデータストリーム同士を関連付けるための特別チームを立ち上げた。また、アリゾナ州立大学(米国テンピ)と提携し、米国に本拠地を置く組織「サイスターター(SciStarter)」は、市民科学プロジェクトを展開する際に陥りがちな落とし穴を回避するためのツールやその他のリソースを作成した。

市民科学をトップダウン式に管理しようとする取り組みに懐疑的な人々もいる。日本の福島第一原発事故の事例を研究してきたルーバン・カトリック大学(ベルギー)の社会学者Michiel van Oudheusdenは、市民科学は体制側と結び付かないときにこそ大きな価値を持つと言う。

しかし、環境コンサルタントで市民科学の擁護者であるMartin Brocklehurstは、市民科学に秩序を持たせることで得られる恩恵は、外部関係者として関わることで得られる恩恵よりも大きいと信じている。「花火大会のような市民科学プロジェクトが多過ぎます。素晴らしい科学なのに、あまりにも短命なのです」とBrocklehurstは言う。「政策立案プロセスを補助するための科学には、決まったやり方があるのです。市民科学も、そうした科学にしていく必要があります」。

クリューゼノイゼン・プロジェクトは、恐らくそれを成し遂げた。彼らがフランドル地方の大気質を測定するために試料採取装置を設置した観測点の密度は世界記録だと考えられている。地元の人々は、現在、観測から得られた知見の意味を考えている。それまで空気が良いと考えられていた田舎の村の中心部で、排気ガスによる高レベルの大気汚染が起きていることなどが明らかになったからだ。

このプロジェクトは、政治へのドアも開いた。2018年10月中旬に実施されたフランドル地方の選挙で、大気質が争点の1つになったのだ。科学コミュニティーによる控えめな発表では、決して起こらなかっただろう。Meysmanは、多くの場所に招かれて観測データの発表を求められたという。欧州環境機関も、このアプローチをより広い領域で用いたいとしている。

けれどもMeysmanは、市民科学プロジェクトは常にうまくいくわけではないと釘を刺す。彼はクリューゼノイゼン・プロジェクトに多くの時間を割いてきたが、論文の執筆に追われる若手科学者には、これほどの時間的余裕はないだろうと言う。とはいえ彼自身は、紹介キャンペーンから市民の関心が高まり、貴重な新しいデータが得られるまでのプロジェクトの展開と、研究成果が実際に利用されたり、政治に生かされたりする機会を大いに楽しんだ。「私が自分でデータを収集していたら、これほどのインパクトは与えられなかったでしょう」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190114

原文

No PhDs needed: how citizen science is transforming research
  • Nature (2018-10-25) | DOI: 10.1038/d41586-018-07106-5
  • Aisling Irwin
  • Aisling Irwinは、英国オックスフォードシャー在住のジャーナリスト。

参考文献

  1. Cai, X., Zhang, X. & Wang, D. Environ.Sci.Technol. 45, 334–339 (2011).
  2. Fritz, S. et al. Environ. Sci. Technol. 47, 1688–1694 (2013).
  3. Tiago, P., Ceia-Hasse, A., Marques, T. A., Capinha, C. & Pereira, H. M. Sci.Rep. 7, 12832 (2017).
  4. Kallimanis, A. S., Panitsa, M. & Dimopoulos, P. Sci. Rep. 7, 8873 (2017).