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ボース・アインシュタイン凝縮を宇宙空間で実現

現代物理学の偉大な発見の多くは、新たな原理に基づいたセンサーの発明がその基礎になっている。例えば1887年、波の干渉を利用したセンサーである光学干渉計を使って、エーテルが存在しないことが立証された1。エーテルは、あらゆるところに存在する媒質とされ、それを光の波が伝播すると考えられていた。1968年には、電波望遠鏡を使って、パルサーと呼ばれる非常に変わった天体が発見された2。そして2016年、レーザー干渉計を使って重力波が検出された3。今回、ライプニッツ大学ハノーバー量子光学研究所(ドイツ)のDennis Beckerらは、ボース・アインシュタイン凝縮体と呼ばれるエキゾチックな物質状態を利用した宇宙機搭載センサーが、次の大きな発見をもたらす可能性があることを実証し、Nature 2018年10月18日号391ページで報告した4

量子物理学の基礎的な原理の1つが、波動と粒子の二重性だ。この原理は、素粒子を量子力学的な波(ド・ブロイ波、物質波ともいう)として記述する。ド・ブロイ波の波長は、粒子の速度が速いほど短くなる。高温の原子の雲の場合、ド・ブロイ波の波長はとても短いため、個々の原子は個別の物とみなすことができる(図1a)。

もしも、こうした原子が冷却されれば、ド・ブロイ波の波長は長くなる。原子がある転移温度(典型的には数百ナノケルビン)まで冷却されれば、波長は原子雲全体を覆うほど長くなる。この場合、原子の多くは1つの状態に凝縮し、凝縮した全ての原子が同じように振る舞って1つの物質波とみなすことができる。こうした状態は、ボース・アインシュタイン凝縮体(略してボース凝縮体)と呼ばれる。

ボース凝縮体を作ることは簡単ではない。ボース凝縮という概念は1924~1925年に提案されたが5,6、実験的にボース凝縮体が実現されたのは、2種類の冷却方法(レーザー冷却と蒸発冷却)が発明された後の1995年だった7,8。それ以来、ボース凝縮体に伴う物質波は、原子干渉測定で広く使われてきた(図1b)。原子干渉計は、レーザービームを使って物質波を分裂させ、再び重ね合わせて干渉パターンを作る。この干渉パターンは、振動、温度変化、その他の変動に敏感に反応する。

図1 ボース・アインシュタイン凝縮体の生成と応用
a 量子物理学では、物質は特定の波長を持つ波のように振る舞うことができる。高温の原子の雲の場合、物質波の波長は短いため、個々の原子は個別の物とみなすことができる。もしこの原子が冷却されれば波長は長くなる。原子が転移温度まで冷却されると、波長は原子雲の広がりを覆うほどに長くなる。原子の多くは、ボース・アインシュタイン凝縮体(ボース凝縮体)と呼ばれる1つの状態に凝縮し、この状態では多数の原子を1つの物質波(赤色)とみなすことができる。Beckerらは宇宙空間でボース凝縮体を作り、分析した4
b ボース凝縮体は、原子干渉計と呼ばれるセンサーとして使うことができる。原子干渉計では、レーザービームによって物質波を2つに分裂させ、再び重ね合わせて干渉パターンを作る。この干渉パターンは、外部の摂動に敏感だ。 Credit: Ref.4

原子は質量と内部構造を持つので、物質波を使うセンサーは、光を使うセンサーとは異なっている。質量を持つことは、物質波センサーが重力に非常に敏感だということを意味する。このため物質波センサーは、地上で働くよりも、重力加速度が非常に小さい(微小重力と呼ばれる環境)、宇宙で働く方が適している。さらに、原子に内部構造があることは、物質波センサーの特性を制御する方法は、光センサーの特性を制御する方法よりも多いことを意味する。

図2 実験に使われた観測用ロケット(a)と原子チップ(b)
bは実験装置の心臓部である 原子チップ(1辺約3cm)。真空系の中に収められており、このチップなどがチップ表面上に作る磁気トラップの中で、ボース凝縮体(図のBEC)が作られる。Cは原子のトラップを構成するレーザービーム。Aはチップ上に原子を供給する原子ビーム。Dはレーザー光。

Beckerらは今回、ロケット搭載用のボース凝縮実験装置を開発した。この実験装置は2017年1月23日、スウェーデン北部のエスレンジ宇宙センターから観測用ロケット(全長12m)で打ち上げられ、最高高度243キロメートルに達した後、パラシュートを使って地上に戻った。ロケットが宇宙空間にあった間に、ルビジウム87原子を使ったボース凝縮体が作られた。これは、宇宙機搭載物質波センサーの構築に向けて画期的な成果だ。驚くべきことに、打ち上げ段階と6分間の宇宙空間(高度100km以上)の飛行の間に、110件ものボース凝縮関連の実験が行われた。ボース凝縮実験装置は、平均的な人間の体よりも少し大きい程度であり、ロケット打ち上げ時の振動と衝撃に耐え、全ての実験を自動的に行った。こうした装置は、現代の原子物理学における技術的な偉業と言えよう。

Beckerらは、宇宙でのボース凝縮体の形成を、地上でのボース凝縮体の形成と比較した。宇宙で形成されたボース凝縮体の原子の数は、地上で形成されたボース凝縮体の原子数よりも多かったことが分かった。しかし、原子雲の中の原子のうち、ボース凝縮した原子の割合は、宇宙では地上よりも低かった。原子干渉計では、凝縮した原子の数が多いほどより強い干渉シグナルを得ることができ、凝縮した原子の割合が大きければ信号対雑音比が大きくなる。このため、精密な干渉測定には、凝縮した原子数が多いことと、凝縮した原子の割合が大きいことの両方が必要になる。従って、Beckerらは今後、宇宙機でのボース凝縮体の、凝縮する原子の割合を高めようとするだろう。

Beckerらは、その上でボース凝縮体が形成されたチップの表面から、ボース凝縮体を離す輸送も行った。これは、より複雑な運動の実現に向けた重要な一歩だ。そうした運動を他の操作と組み合わせることで、ボース凝縮体の自然な膨張を精密に制御し、原子雲を干渉計で使える時間を最大化することが可能になるだろう。チップからボース凝縮体を離す輸送は、原子雲の形状の複雑な振動を引き起こした。この振動は、ボース凝縮体の流体力学的振る舞いの詳細を示す貴重な成果だが、それが干渉測定の性能にどういう影響を及ぼすかを明らかにするには、さらに研究が必要だ。

地上では、微小重力は数秒間しか実現できない。しかし宇宙では、微小重力はほぼ無限の長さの時間にわたって維持でき、低温原子物理学の研究に新たな機会をもたらす。例えば、ボース凝縮体の温度は、地上ではナノケルビンレベルだが、微小重力下ではピコケルビン(10–12K)、あるいはフェムトケルビン(10–15K)の低温に達する可能性がある。これほど低温の気体は、基礎的な物理学を研究する理想的なプラットフォームになる。Beckerらが実現した宇宙機でのボース凝縮体は、この目標へ向けての最初の一歩だ。

Beckerらの研究は、宇宙で働く量子センサー実現への道を開いた。そうしたセンサーは、地上では不可能な実験を可能にするかもしれない。例えば、通常は検出できない周波数範囲の重力波の検出、非常に軽いダークマター(暗黒物質)粒子の検出、アインシュタインの一般相対性理論に伴う微弱な効果の観測などがある。宇宙機搭載量子センサーによってどんな宇宙の謎が明らかにされるかは、まだ誰にも分からない。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190135

原文

Exploring the Universe with matter waves
  • Nature (2018-10-18) | DOI: 10.1038/d41586-018-07009-5
  • Liang Liu
  • Liang Liuは、中国科学院上海光学精密機械研究所(中国)に所属。

参考文献

  1. Michelson, A. A. & Morley, E. W. Am. J. Sci. 34, 333–345 (1887).
  2. Hewish, A., Bell, S. J., Pilkington, J. D. H., Scott, P. F. & Collins, R. A. Nature 217, 709–713 (1968).
  3. Abbott, B. P. et al. Phys. Rev. Lett. 116, 061102 (2016).
  4. Becker, D. et al. Nature 562, 391–395 (2018).
  5. Bose, S. N. Z. Phys. 26, 178–181 (1924).
  6. Einstein, A. Phys. Math. Klasse 1, 3–14 (1925).
  7. Anderson, M. H., Ensher, J. R., Matthews, M. R., Wieman, C. E. & Cornell, E. A. Science 269, 198–201 (1995).
  8. Davis, K. B. et al. Phys. Rev. Lett. 75, 3969–3974 (1995).