CRISPR技術にカブリ賞
カブリナノサイエンス委員会は2018年5月31日、「正確なDNA編集ナノツールであるCRISPR – Cas9を発明し、生物学、農業および医学に革命を起こしたことに対し」、マックス・プランク感染生物学研究所(ベルリン)のEmmanuelle Charpentier、カリフォルニア大学バークレー校(米国)のJennifer Doudna、そしてビリニュス大学(リトアニア)のVirginijus Siksnysの3名の生化学者に賞を授与することを決定した。
カブリ賞は、2008年に最初の受賞者を輩出した比較的新しい科学賞である。ノルウェーの博愛主義者、故フレッド・カブリ(Fred Kavli)によって米国カリフォルニア州ロサンゼルスに設立されたカブリ財団と、ノルウェー科学人文アカデミー(オスロ)によって隔年で発表されるこの賞は3部門からなり、6つの世界的な科学団体とアカデミーの専門家たちからなる3つの委員会によって選ばれた重要な研究に与えられる。賞金は1つの賞につき100万ドル(約1億1000万円)で、受賞者の間で分け合う。2018年は、聴覚のメカニズムの研究と、恒星と惑星の形成の研究に取り組んでいる研究者たちにもそれぞれ神経科学と天体物理学の部門でカブリ賞の授与が決定している。
2012年8月に、CharpentierとDoudnaが率いる研究チーム1が、その翌月の9月にはSiksnysが率いるチーム2が、特定の部位でDNAを切断するCRISPR–Cas9系のプログラム作成について報告した。以後、さまざまな科学賞の選定委員会やメディア、そして科学界の何人かが、斬新な遺伝子編集ツールの開発におけるDoudnaとCharpentierの役割を際立たせてきた。例えば2015年には、2人は賞金300万ドル(約3億3000万円)の生命科学ブレークスルー賞を共同受賞している。
だがSiksnysのCRISPR研究は見落とされがちだった。彼は、オスロからの電話で、自分がDoudnaとCharpentierと共にカブリ賞を受賞すると聞かされたときには「驚いた」と言う。「このような電話が来ることを日頃から予想してはいませんから」。しかし彼は、自分の研究成果が発表されるまでに長い時間がかかったことをいまだに無念に感じているとも話す。2012年4月にCell は、彼の論文を査読者に送ることなく不採用とした。一方、その2カ月後にScience に投稿されたDoudna とCharpentierの論文は、ファストトラック(短期間査読)制によって迅速に発表された。Siksnysは、カブリ賞の受賞は「目標を達成すれば認識され得ることを示す、良い例になります」と言い添える。
ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)の微生物遺伝学者Rotem Sorekは、Siksnysが共同受賞したことは当然と考えている。「CRISPRの分野では、彼はこの技術の先駆者の1人としてよく知られています」。
「この認識が広まりつつあるのは良いことです」とユタ大学(米国ソルトレークシティー)の生化学者Dana Carrollは付け加える。けれども彼は、CRISPR系の開発に貢献した研究者は他にもたくさんいると指摘する。
ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の合成生物学者Feng Zhangも称賛に値する。Zhangの研究チームは、マウスやヒトなどの哺乳動物の細胞に初めてCRISPR遺伝子編集を適用した3チームの1つだ。「主任研究者が選ばれる傾向があるのです」とハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者George Churchは言う。彼の研究チームもヒト細胞にCRISPR系を使用した4。CRISPRを強力なDNA編集ツールに仕立てた学生やポスドクたちのような若い研究者も見過ごされる傾向があると、彼は言う。しかしChurchは、他のDNA編集ツール、例えばジンクフィンガーヌクレアーゼなどにももっと関心が向けられるべきだと述べる。それらのいくつかはすでに医学や農業の分野での利用が始まっている。
神経科学賞は、「聴覚の分子および神経メカニズムに関する先駆的な研究」に対し、パスツール研究所(フランス・パリ)の遺伝学者Christine Petitと、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の神経科学者Robert Fettiplace、ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の神経科学者James Hudspethの3名に授与される。彼らは独立に内耳の有毛細胞の役割を明らかにした。有毛細胞は毛のような微小突起に覆われており、音信号を検出し、脳に伝える5。
天体物理学部門の受賞者、Ewine van Dishoeckは、オランダのライデン大学の天体化学研究者である。彼女は同大学で「星間雲のライフサイクルと恒星と惑星の形成を解明した」功績が認められた。van Dishoeckの研究は、理論的な研究を、観測(特に赤外線分光法で行われた観測)および実験室での実験と組み合わせて、宇宙で化合物がどのように生成されるかを理解しようとするものだ。そうした化合物には、生命体の基礎的要素となった可能性のある有機分子も含まれる。彼女は電波望遠鏡も使用して他の恒星の周りでの惑星の形成も調べた。van Dishoeck は国際天文学連合の次期会長で、2019年には、連合の結成100周年を祝う行事を率いることになる。
授賞式は2018年9月4日にオスロで行われる予定である。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180910
原文
Million-dollar Kavli prize recognizes scientist scooped on CRISPR- Nature (2018-06-07) | DOI: 10.1038/d41586-018-05308-5
- Giorgia Guglielmi
参考文献
- Jinek, M. et al. Science 337, 816–821 (2012).
- Gasiunas, G., Barrangou, R., Horvath, P. & Siksnys, V. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, E2579–E2586 (2012).
- Cong, L. et al. Science 339, 819–823 (2013).
- Mali, P. et al. Science 339, 823–826 (2013).
- Fettiplace, R. Compr. Physiol. 7, 1197–1227 (2017).