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根から葉へと乾燥を知らせる物質の正体

–– 植物は外界からのストレスに対処しながら、日々を生き抜いているのですね?

高橋: 植物は、芽を出した場所で一生を過ごします。乾燥、塩分、温度、紫外線などの環境条件は常に変化する可能性がありますが、植物にとって環境が悪化しても、そこで生き抜いていかなければなりません。そのため、植物には環境からのストレスに対抗して生きる、動物とは異なる仕組みが発達しているのです。

このような仕組みが植物にはあることを、篠崎先生の論文を読んで知りました。私が大学生だった2000年ごろのことです。大変感銘を受け、その後、篠崎先生の研究室に入れていただき、現在に至っています。

–– 動物と異なる仕組みとは、どのようなものですか?

篠崎: 植物には、逃げるための足もなければ、体温を一定に保つ仕組みもありません。その代わり、外部の環境変化に応答して、細胞に含まれる何百〜何千という遺伝子のスイッチがオンになります。その結果、細胞の状態を変化させ、環境変化を生き抜くために有利な性質を獲得できます。つまり、そうして植物はストレスへの耐性を獲得しているのです。例えば、植物が乾燥にさらされると、防御反応や生命維持に働く遺伝子が発現し、浸透圧調節に関わる酵素が活性化されるようになるのです。

また、環境変化の情報を細胞内に伝えるシグナルの流れも明らかになってきています。植物ホルモンのアブシジン酸は特に重要な働きを担っています。

このように、ストレス応答について細胞レベルでは、かなり分かってきたといえるでしょう。ところが個体レベルで見ると、ほとんど未解明でした。植物にも、いろいろな器官や組織がありますが、例えば根で感じたシグナルがどのようにして葉にまで伝わるのか。それを今回、高橋研究員が初めて明らかにしたのです1

–– 研究はどのように進めたのですか?

高橋: オーストラリアのアデレード大学で、コムギの研究をしたことがあります。土壌の塩分濃度が高くても元気に生育可能なコムギの品種があり、その生育状況をモニターしました。その結果、塩分ストレスを感じるのは根なのですが、そのときに、茎頂の細胞で遺伝子群の発現が変化していることに気が付いたのです。

根と茎頂という離れた器官で、情報のやりとりがあることになりますが、植物には神経系がありません。離れた器官間での情報のやりとりはどうしているのだろうか。 植物体には、維管束という細長い管が通っていて液体の運搬路になっているのですが、もしかしたら、シグナル分子もそこを通って伝わるのではないか。そう考えついたのが、今回の研究の出発点です。

–– その後、シロイヌナズナで解明を進めたのですね?

高橋: はい。環境ストレスとしては、以前から私が実験で扱ってきた乾燥ストレスを対象にしました。乾燥ストレスでは、植物ホルモンであるアブシジン酸が重要な働きをすることがよく知られています。土壌中の水分欠乏により根が乾燥ストレス下におかれると、葉でアブシジン酸の合成が誘導され、アブシジン酸が葉の気孔を閉じさせたり、乾燥ストレス耐性に関わる遺伝子群の合成を植物体全身的に上昇させたりするのです。

私は、植物の根が乾燥ストレスを感じてから、その葉でアブシジン酸の合成が開始されるようになるまでの、長距離間のシグナル伝達のメカニズムを解明しようと考えました。

維管束という細い管の中をシグナル分子が移動するかもしれない、というわけですから、それはタンパク質のような巨大分子ではなく、小さなペプチドかもしれない。このように仮説を立てて調べることにしました。

–– 小さなペプチドとは?

篠崎: 近年のシロイヌナズナなどの研究から、ゲノムにはペプチドの遺伝子が多数含まれていることが分かっています。小さなペプチドの研究は、発生・分化の研究分野など、いろいろな方面で注目を集めています。

–– どのように仮説を検証したのですか?

高橋: 小さなペプチドで機能が分かっているものはほとんどありません。そこで機能が明らかになっている中から、CLEファミリーと呼ばれるペプチド群に着目することにしました。そして、ゲノム配列の検索から、このファミリーには27種類のペプチドが存在すると判明。この27種類について、2つの方法で調べてみることにしました。

1つの方法は、27種類のペプチドを人工的に合成し、根から吸わせ、その後、葉でのアブシジン酸合成が上昇するかどうかを調べるというものでした。実際には、アブシジン酸合成を誘導する酵素(NCED3)の遺伝子発現を測定したのですが。もう1つの方法は、シロイヌナズナの培養細胞に乾燥ストレスをかけ(マニトール液を加えて細胞の浸透圧を調整することで、乾燥ストレスを模倣)、そのときに培養液中に放出されるペプチドを質量分析計で解析するというもの。つまり、前者では、根から葉へ移動するものは何か、後者では、乾燥ストレス下で細胞外に分泌されるものは何かを調べたのです。

この2つの実験結果から、CLE25と呼ばれるペプチドが、長距離を移動するシグナル分子に該当すると分かりました。12個のアミノ酸からなる小さなペプチドです。

–– CLEファミリーに着目して成功でしたね?

高橋: 27種類中に何も見つからない可能性もありましたから、幸運だったと思います。その後、追試験を行い、CLE25は維管束柔組織で発現し、乾燥ストレスに応じて根で増加することが確認できました。また、CLE25の遺伝子発現を抑制した効果や、過剰発現の効果も調べました。どれも、非常に満足のいく結果で、根が土壌中の乾燥ストレスを感じると、CLE25ペプチドが根の細胞から分泌され、それが維管束を通って葉に移動し、アブシジン酸の合成を誘導するという仮説を支持していました。そこで、これらをまとめて、Nature に投稿したのです(図1)。

図1
CLE25ペプチドが根から葉へ移動し(おそらく維管束を通る)、葉のBAM1およびBAM3受容体に結合すると、NCED3酵素が発現して葉でのアブシジン酸合成が誘導され、気孔が閉じる。

–– 投稿した結果は?

高橋: 4回の追加実験を求められました。ゲノム編集(CRISPR-Cas9)でCLE25遺伝子を破壊したときの効果を見る、CLE25のシグナルの受容体も突き止める、さらに、根がCLE25変異体で葉が正常体という「接木植物」を作製して調べるなどの実験でした(図2)。

図2 CRISPR-Cas9法でCLE25ぺプチドの欠損変異体を作製
変異体は、乾燥ストレスをかけても葉でのアブシジン酸量が増えず、乾燥ストレスに弱くなる。

追加実験を求められることは、篠崎先生のアドバイスもあり、ある程度は予期していました。先行して、実験を開始しているものもありました。しかし、次々と要求が来るのです。いつになったらOKが出るのか先が見えず、その当時はつらかったですね。しかも、どれも簡単な実験ではなく、私にとって初めて行う方法や技術もあったりして、作業量的にも大変でした。

とはいえ、追加実験では全て私の仮説を支持する結果がすんなり出て、最終的に論文がアクセプトされました。

篠崎: 新しい発見だったので、証明にさまざまな要求が課されたのでしょう。高橋研究員の粘り強さが生きました。アクセプトのために、最後は神頼みもしましたね。

–– このような長距離を移動するペプチドの発見は、驚きの結果だったのですね?

高橋: 乾燥ストレスに応答して、植物体内でペプチドが長い距離を移動して情報を伝えること、しかも、根と葉という離れた器官間で、特異的な相手(受容体キナーゼ)に情報を伝えていることは、とても新規性のある発見だったと思います。

篠崎: 植物が水分不足に応答する場合、葉の気孔を閉めるという素早い応答が起きますが、これは一般的にも理解しやすいでしょう。しかし、これとは別に、今回高橋研究員が見つけたような、ある程度の時間を要する応答もあるということは、誰も予想していなかったことだと思います。乾燥を防ぐために葉の気孔を閉じるということは、光合成反応をストップさせることでもあり、生長を止めるというリスクを伴うことにもなります。乾燥は長く続くのか、それともすぐに終わるのかといった状況の判断を植物ができるように、乾燥ストレスへの応答には何段階かの複雑な反応系が存在するのだと私は思います。

–– 今後はどのように研究を発展させていきますか?

高橋: 今回明らかにした器官対器官といった、植物の離れた部位間のコミュニケーションに着目して、研究を進めていきたいと考えています。またさらに、そうした情報を統合する、ヒトでいえば脳に相当するような働きをするものは何なのかを明らかにして、個体全体として環境にどう応答しているのかを解明していきたいです。

篠崎: 個体としての応答を探る上で、速い応答や遅い応答が時間的にどのように組み合わされて働くのかを調べていくと、とても面白い研究になるのではないでしょうか。植物が環境ストレスに対応してどのように段階的な反応を組み合わせて利用しているかは、よく分かっていないのです。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

高橋 史憲(たかはし・ふみのり)

理化学研究所環境資源科学研究センター 研究員
時間をかけた大作の研究が多いが、Nature からの膨大な追加実験の要求には驚いた。「やり遂げられて、本当に良かった」。

高橋 史憲氏

篠崎 一雄(しのざき・かずお)

理化学研究所環境資源科学研究センター センター長
研究で大切なのは「情熱。あとは、広い視野と粘り強さかな」という。「私の役目は、ときどき皆にハッパをかけること」。

篠崎 一雄氏

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180922

参考文献

  1. Takahashi, F. et al. Nature 556, 235–238 (2018).