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iPS細胞で心疾患治療

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180809

原文:Nature (2018-05-31) | doi: 10.1038/d41586-018-05278-8 | ‘Reprogrammed’ stem cells approved to mend human hearts for the first time

David Cyranoski

iPS細胞を再生医療に用いる第二の臨床研究計画が日本で承認。

東京で行われた記者会見で、iPS細胞由来の心筋細胞シートを使った心疾患治療の臨床研究計画を発表する心臓外科医、澤芳樹。 | 拡大する

THE ASAHI SHIMBUN VIA GETTY IMAGES

日本の研究チームが、人工多能性幹(iPS)細胞を使って心疾患を治療する臨床研究計画の承認を受けた。これはiPS細胞の臨床応用研究として、加齢黄斑変性症への応用に続く世界で2番目のものだ(2014年11月号「羨望を集める日本の幹細胞臨床研究」参照)。iPS細胞は、皮膚や血液などの体細胞を再プログラム化して得られる初期胚細胞のような状態の細胞で、他の細胞型に分化できる。

2018年5月16日、日本の厚生労働省は、iPS細胞由来の極薄の心筋細胞シートをヒトの病変した心臓の表面に移植する臨床研究計画にゴーサインを出した。この計画を提出した大阪大学の心臓外科医、澤芳樹(さわ・よしき)らのチームは、心筋細胞シートによって、動脈硬化や心筋梗塞などで損傷した心筋の再生を助けることができるとしている。

「この臨床研究は世界の注目を集めるでしょう。多くの研究グループが同様の目標に向けて研究を進めているからです」と話すのは、ハンブルク大学(ドイツ)の薬理学者でドイツ心臓血管研究センター(DZHK)の理事長Thomas Eschenhagenだ。

この臨床研究はまず、2019年中に3人の患者を対象に実施される。研究チームはその後、10人前後の患者を対象に臨床試験を実施する許可を求める予定だ。安全だと分かれば、日本の医薬品早期承認制度の下で商業的に販売されることになるだろう。

早期承認制度は、救命の可能性のある治療法の早期実用化のために日本で2014年に導入されたが、この制度には不備があると批判する声も聞かれる。当該の治療法が有効であることを示すデータが十分集まる前に、製品化され患者に使われることになるからだ(2016年3月号「再生医療製品の早期承認制度は果たして得策か」参照)。

傷ついたハートを癒やす

今回の研究計画では、澤らがiPS細胞を用いて1億個の心筋細胞からなるシートを作製する。彼のチームはすでにブタを使った研究で、こうした心筋細胞シート(厚さ0.1mm、長さ4cm)を心臓に貼り付けるように移植することで、心機能を改善できることを明らかにしている。澤によれば、シートの心筋細胞は心臓組織に組み込まれるわけではないらしい。シートの細胞が増殖因子を放出し、それが損傷した心筋の再生を助けるのではないかと彼は考えている。

この心筋細胞シートの利点の1つは、自らの細胞マトリックスを形成して構造を維持できることだといわれる。他の人工的な組織の中には、外来物質でできた足場が必要なものもあるが、今回使うシートはそうした足場がなくても構造を維持できるのだ。「これは、とてもエレガントで巧みな細胞供給法です」と、ジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院(フランス・パリ)の心臓外科医で、自身も組織シート作製を伴う実験を行うPhilippe Menaschéは話す。

ゲッティンゲン大学医療センター(ドイツ)の薬理学者で、同じく心疾患のiPS細胞療法を開発しているWolfram-Hubertus Zimmermannは、今回の臨床研究計画は、澤らの過去15年にわたる研究を土台にしたものだと言う。

もしこの治療法が安全であると実証され、有効性を示す何らかのサインが得られれば、早期承認制度により製品化の承認も可能になる。早期承認制度は、有効性を証明するための大規模で費用のかかる臨床試験を回避し、小規模のパイロット試験をもとに治療法の安全性や有効性を評価できるシステムだ。

しかし研究者の中には、治療法の製品化を承認する際のハードルが低過ぎると見る向きもある。たとえ心筋細胞シートが安全だと分かっても、全ての外科処置にはリスクが伴うものであり、また、効かない可能性もある「ある治療」を受けるために他の治療法を放棄する患者もいるかもしれない。倫理学者や規制当局者は、導入する新しい治療法の利益はリスクを上回っていなければならないと口をそろえる。

京都大学の循環器内科医、由井芳樹(ゆい・よしき)は、研究者は安全性という必要条件を満たすだけでなく、当該の治療法が有効であることを示すべきであり、それには、現在求められている症例数よりも多くの症例で検証する必要があるだろうと話す。その評価プロセスにおいては、医学研究で有効性を実証するための代表的な試験である無作為化対照臨床試験も行うべきだろう。

今回のiPS細胞療法は潜在的に有望ではあるものの、現行の早期承認制度の下では対照試験による検証が行われないので、「これが有効かそうでないかは明確にならないでしょう。最大の問題は、適正な評価制度が日本にないことです」と由井は話す。

一方、厚生労働省の広報担当官はNature に対して、現行の承認制度は十分なものだと述べている。その理由は、たとえ当該の治療法の製品化が承認されても、市販後さらに、その治療法が有効なことを示さなければいけないシステムだからだという。

澤は、有効性の実証には対照試験が重要であることを認めているが、法規に合わせて進めるつもりだと述べている。日本の現行法規では、治療法が製品化される前に対照試験を行わなくてもよいのだ。澤によれば、厚生労働省による今回の承認は、iPS細胞由来の心筋細胞シート療法を患者で試験することの「科学的および倫理的な正当性」の承認であるという。「この治療法が実際に有効かどうかは、我々がこれから明らかにする必要があります」。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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