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移民と難民は経済に好影響

ドイツの列車修理工場で働くシリア人男性。ドイツには、2015年から2016年にかけて100万人規模の難民と移民が流入した。 Credit: Thomas Trutschel/Getty

安全な避難場所や新たなチャンスを求めて移住する難民と移民は、移住から5年以内に受け入れ国の経済にプラスに働くことが、西ヨーロッパの15カ国の30年間の統計データを分析した研究により示された。この研究によると、移住者の急増から数年で、その国の経済状態は改善し、失業率は下がり、税収は増えたという。この分析結果は、「難民は国の公的資源を消費することにより、財政的重荷になる」という見方にも疑問を投げかけている。

この研究を率いたのは、フランス国立科学研究センター(CNRS)パリ経済学校の経済学者Hippolyte dʼAlbisで、論文は2018年6月20日にScience Advances に掲載された1。dʼAlbisは、「難民を歓迎したくはあるが、その余裕はないと言う人もいるでしょう。しかし、これまでのデータを分析すると、受け入れは損失ではなかったこと、もしも移住者を歓迎しないなら、経済の状態はもっと悪くなることを私たちは示したのです」と話す。

dʼAlbisらは、年ごとの経済指標を使い、計量経済学の数学的モデル(ベクトル自己回帰モデル)による分析を行った。このモデルは、自然災害などの経済への大きなショック(打撃)に続く時期についての予測を行う際に用いられる。今回の研究の場合、経済へのショックは移住者の流入だ。dʼAlbisらは、移民(ある国への定住が法的に許可された人たち)がもたらす効果と、難民認定申請が処理される間、ある国に一時的に居住する難民がもたらす効果とを分けて調べた。

分析には、1985年から2015年までの統計データが得られた、オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、アイスランド、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、ポルトガル、英国のデータが使われた。この研究に含まれる難民の多くは、1990年代のユーゴスラビア紛争から逃れて来た人たちや、近年にシリア内戦から逃れて来た人たちだった。

各国の経済状態を評価するため、dʼAlbisらは、国内総生産(GDP)を人口で割ることにより、年ごとの平均収入を見積もった。彼らは、財政収支もこのモデルで計算した。

このモデルは、人口1000人当たり1人の移民の流入増があった場合、2年後の1人当たりGDPは流入増がなかった場合に比べて約0.3%増え、失業率は約0.14ポイント下がり、1人当たりの税収は約1%増えるなど、経済の状態が改善することを示した(「移民と難民がもたらす経済効果」を参照)。GDP当たりの財政収支は、流入増から間もなく改善した。

移民と難民がもたらす経済効果
西ヨーロッパ15カ国の30年間の統計データを使った数学的モデルにより、移民と難民はその国の経済に重荷を負わせることはなく、かえってプラスに働くことが示された。研究者たちは、移住の急増後に経済指標がどう変化するかをモデル化した。 Credit: Ref.1

こうした効果の原因は、移民が市場の需要を増やし、サービスを提供し、仕事を増やし、税金を払うためとみられる。今回の研究は、こうした経済活動が、移住者に対する政府の経費にはるかにまさることを示した。「その1つの理由は、移住者は、高齢者よりも、国の給付金に頼らない、若い人や中年の成人が多いことかもしれません」とdʼAlbisは指摘する。

難民の場合も、人口1000人当たり1人の流入増で、5年後の1人当たりGDPは約0.6%増加し、失業率は約0.2ポイント下がり、1人当たりの税収は約1.3%増えた。GDP当たりの財政収支に明らかな悪化はみられなかった。しかし、効果が現れるまでに3年から7年と時間がかかった。保護を求める人々は移民と違い、就労に関する制約があることが多く、また、永続的な居住申請が認められなければ別の国に移らなければならない。

米国ワシントンD.C.にあるシンクタンク「グローバル・デベロップメント・センター」の経済学者Michael Clemensは「この研究は、移住者がその地域の賃金に与える影響など、経済の特定の要素ではなく、全体的な影響を分析している点でこれまでの研究とは一線を画しています。もしも文化や安全上の理由で移住を認めなければ、経済的な代償を支払うことになるのです」と指摘する。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180804

原文

Migrants and refugees are good for economies
  • Nature (2018-06-20) | DOI: 10.1038/d41586-018-05507-0
  • Amy Maxmen

参考文献

  1. d’Albis, H., Boubtane, E. & Coulibaly, D. Sci. Adv. 4, eaaq0883 (2018).