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研究室を率いるのに必要なスキル

Credit: ADAPTED FROM PLANET FLEM/GETTY

研究室の主宰者(PI;principal investigator)に初めてなる人は、さまざまな役割をいきなり押しつけられがちだ。そうしたものには、運営や管理、予算作成、研究室のインフラストラクチャ作り、メンタリング(指導)、そして研究室やグループのメンバーたちが能力を十分に発揮できるよう導くこと(おそらくこれが一番難しい)などがある。多くの研究者は、そうした状況に適応するのに役立つ「リーダーシップのスキルを磨くトレーニング」を受けていない。そして問題は新人PIだけに限られるわけではない。2017年にNature が行った博士課程の学生を対象とした調査では、回答者の4分の1が、研究に関するアドバイザーの指導に不満を持っており、また、指導教員が大学や研究機関以外の職業について役に立つアドバイスを与えてくれたと答えたのはわずかに3分の1だけだった(2018年3月号「好き過ぎてつらい博士課程」、8月号18ページ「気づいてないのはPIだけ?」参照)。Nature は、優れた結果を生むPIになるための助けとして、他の産業分野からどのような教訓を得ることができるかを、リーダーシップの専門家たちに尋ねた。

PETER HIRST

科学を1つのビジネスとして扱う

マサチューセッツ工科大学(MIT) スローン経営大学院(米国ケンブリッジ)幹部教育学部副学部長

スローン経営大学院で私たちが行っている経営とリーダーシップに関するプログラムは、金融サービスや政治、工学や生命科学などの分野の人々を引き付けています。プログラムでは、製品は何か、顧客は誰か、そして、顧客のために価値あるものを作り出せているかについて、理解することを目指します。科学者の皆さんはこのプログラムで、科学と実業界の間に類似性があることに気付くのではないでしょうか。科学研究では、「顧客」は必ずしもあなたに直接支払うわけではありません。しかし、多くの科学者が「私の顧客は研究コミュニティーであり、私はこの分野の進歩を助けています」と言うでしょう。

あなたの仕事の影響力を測定して、投入したリソースから得られる利益を拡大する方法がいくつかあります。例えば、論文の引用数、論文発表数、論文掲載が認められるのに必要だった改訂の数などで、あなたの影響力を測定できます。このようにして自己採点表を作り、リソース(あなた自身の関心、あなたの学生たちの努力、実験室の設備)を何に投入しているかを確認する機会が得られれば、測定値の改善に取り組むことができます。

製造業のために開発されたテクニックは、物事がどこで立ち往生しているかを可視化する助けになります。研究室を科学の製造工場と考えてみてください。そこには、あなたが生み出そうとしている成果物(アウトプット)があることでしょう。生産能力を高めるために、製造業の手法を適用できるのです。

研究室でこれらのテクニックを使用するには、まず、あらゆる活動あるいは仕事を特定して、それらを付箋に書きとめます。広い壁かホワイトボードに付箋を貼り付けて、作業が流れる過程を示してみるのです。目に見える表を作ることで、関係者全員がこの流れについて意見を述べることができます。このようにして、仕事の経過を連続的に表現します。一部の作業は、他の人の成果物によって変わるでしょう。例えば、作業Aが完了するまでは、作業Bを行えない(チームAがある生物の特徴を明らかにし、その知識をチームBに渡す)などの場合です。

滞っている箇所、ミスの発生率が高い箇所は、信号機の色で強調することができます。緑は、全てが予定通り順調、黄色は注意を要する箇所、そして赤は要修正を意味します。例えば、ある装置の性能を高めるために改良したいとします。しかし、それには特別に製造された部品が必要であることが分かりました。この場合、この作業には黄色のフラッグが立ちます。すると次に、その部品を作るには6カ月かかることが判明し、このプロジェクトは赤になります。その時点で、組織全体からアイデアを募るのです。同様の問題を経験した隣の研究室の仲間が、代替案を教えてくれるかもしれませんよ。

科学者がビジネスの概念を学ぶことは重要です。組織を1つにまとめているのは人間です。ビジネスを率いているか、学問的な研究室を率いているかにかかわらず、何かを達成するには、人々を動かして協力して働かせる必要があるのです。

勤めている大学の商学部もしくは経営学部の教員に、このようなテクニックを学ぶコースがあるかどうかを尋ねてみるのも1つの手です(「トレーニング・オプション」参照)。あるいは、同僚にコーチングを頼んで、「あなたの仕事は面白そうだね。私の研究室でこういうアイデアを利用できるかどうか、すごく興味がある。詳しく教えてもらえないだろうか?」と聞いてみるのもいいでしょう。あなたの技能に投資することは、あなたとあなたの周りの人々の利益になるのです。

SEN SENDJAYA

人々に奉仕することによって リーダーシップをとる

スウィンバーン工科大学(オーストラリア・メルボルン)のリーダーシップ研究者

私はサーバント・リーダーシップと呼ばれる手法で人々をトレーニングしてきました。この手法では、リーダーが部下に奉仕します。多くのリーダーシップ・スタイルは、部下を操ってより働かせて、雇用者が被雇用者からより多くの努力を絞り出すことに焦点を合わせるものです。そしてその目的は、最終的な利益を増やすことです。サーバント・リーダーシップがそれとは異なるのは、部下の全体的な成長に焦点を合わせていること、そしてリーダーのニーズよりも彼らのニーズを重要視する点です。

例えば、「月曜日の午前9時までに報告書を完成させて持ってきなさい」と命じる代わりに、サーバント・リーダーは「あなたなら成し遂げてくれると期待しているのですが、どう思いますか? やっていただけないでしょうか?」と尋ねるでしょう。また彼らは部下に、生産性を妨げている仕事上あるいは個人的な問題はないかと尋ね、そうした問題の解決を自分が助けられるかどうか聞くこともあるでしょう。

サーバント・リーダーシップのもう1つの独特な点は、「狩猟許可証」です。つまりリーダーは部下に、難しい問題を尋ねたり、リーダーと異なる意見を言ったりしてもかまわないと伝えます。サーバント・リーダーとは、喜んで打たれ、誤りを認める者だからです。重要なのは、これをかなり定期的に伝えることです。普通、人は目上の人にあからさまに反対することはないので、リーダーは、「私が絶対に正しいというわけではないので、私が何か法外なことをしていたら、そう指摘してもらわねばならない」と部下に伝える必要があるのです。

サーバント・リーダーの概念は科学者にも適用できます。研究室で働く人々は非常に創造的です。創造的な人々は、一般の従業員よりも独立心が強く自発的な傾向があるため、細かく指図されるのを好まない場合が多く、PIが上から権力を行使するといった、伝統的な影響力発揮のテクニックではうまくいかない可能性があります。

私のチームは世界中の研究者たちと共に、製造業やホテル、レストラン、航空会社、金融サービス、政府機関などのセクターでのサーバント・リーダーシップに関する研究を行ってきました。サーバント・リーダーシップを実践すると、他のリーダーシップ手法と比べて、従業員のコミットメントやチームメンバーの実績、その組織に所属し続けたいという意志、そして会社の業績が上昇することが示されています。この手法は、より主流になり始めています。実業家はしばしば、自分が玄関マットのように扱われると感じるために、サーバント・リーダーシップの実践に困難を覚えることがありますが、サーバント・リーダーシップは、弱さや自尊心の欠如から行われるものではありません。しっかりとした自己意識を持つ人だけが、自らのリーダーシップを介して他の人々に奉仕できるのです。

SUE HEWITT

トレーニングの時間を作ろう

トレーニングコンサルタント会社 Develomenta(英国デンビーシャー)の経営者

支援せずに、科学者をリーダーの地位につけるべきではありません。例えば、多くの会社組織の従業員、そして英国の官庁職員はワークショップやコースを通して幹部トレーニングを受けることが多いのに対し、学問の世界では、管理の役割につく人がリーダーシップ開発によって支援されるという期待はあまり持たれていません。

PIであるあなたは、幹部トレーニングの必要性を感じなかったり忙し過ぎたりするために、トレーニングを受けずに済まそうとしているかもしれません。しかし、あなたには、それなしで過ごせるような時間の余裕はありません。例えば、人に任せることについて学べば、何もかも全て自分でやるよりも、研究室の皆に助けてもらう方が、どれほど効率がよくなるかが分かるはずです。

私は人々をコーチする方法を科学者に教えています。つまり、PIに、スタッフや学生が抱える問題を解決するのを助けるための話し合いの仕方を教えています。主なコーチング・モデルはGROWと呼ばれるもので、それぞれの文字は、目標(Goal)、現状(Reality)、選択肢(Option)または障害(Obstacle)、意志(Will)または前進(Way forward)の頭文字です。これはシンプルなテクニックで、質問することによって、問題、現状、選択肢、そしてその人が何をしようとしているかを明らかにしていきます。多くのPIは、全員の問題を解決する必要はないと分かれば、重圧が取り除かれることでしょう。

例えば、ある学生が、自分たちの研究結果が学会発表できるほど十分に良いものではないと考えているなら、あなたは「十分に良いものではない」とはどういう意味なのかを探ってみましょう。その結果、その学生は研究の質について過剰に心配していて、実際には彼らにとってより重要なことが「自身の初期の研究結果に関して、学会に出席した人々からフィードバックをもらうこと」だと気付いていないと分かります。学会の参加者の中に同様の実験技術を使用した人がいれば、その人と話をして、同じ問題をどのように考えたか、そしてどうやってデータを改善したかを教えてもらえる可能性があるわけです。学生が新しい方法を使用している場合、PIであるあなたにも結果を改善する方法が分からないことがあるかもしれません。しかし、研究を発表して、彼ら自身のフィードバックを得ることによって、学生は、自分はこのプロジェクトに積極的に関与しているのだという気持ちを強めることができます。

また、多くのPIは、科学系出版などの「大学職員以外の職」について学生たちにアドバイスを与えることができないと感じています。ほとんどのPIが、その種の仕事を一度も経験したことがないからです。しかしPIは、こんなふうに話すことができます。「私はこの学術雑誌に論文を投稿したことがある。出版社に電話して、君と話をしてくれる人を紹介してもらえるかもしれない」。さまざまな方法で助けることができるのです。選べる職業の種類は膨大なため、この問題に関してPIをトレーニングするのは難しいですが、代わりにPIは、学生たちを大学の就職斡旋課や、hfpコンサルティング(ドイツ・ハイデルベルク)などの科学者向けの専門能力開発ワークショップを提供している組織に紹介することができます。

また、女性のPIが女性限定の幹部トレーニングに参加できることも重要です。私は、女性科学者のためのコースを運営しています。標準的なリーダーシップ・コースと内容的にはほとんど変わりありませんが、女性に特化した要素が加味されています。例えば、そのコースでは、女性としてフィードバックを与えたり受けたりした経験について尋ねて、彼女たちの自信を深める手伝いをします。私たちのコースでは、参加者全員とトレーナーの多くが女性であるため、女性たちの声を聞きやすいという特徴があります。例えば、産休後の職場復帰についての気持ちにどう対処するかといった問題がオープンに話し合われたりします。女性PIは、自分の所属する大学もしくは資金提供してくれている組織に、女性のためのリーダーシップ・トレーニングを提供しているかどうかを尋ね、そういうものを提供してほしいと主張すべきです。私たちは、女性の上席科学者の数は十分ではないという証拠をすでに手に入れています。

KEN INGRAM

1つに決めつけないやり方を学ぼう

リーダーシップ開発組織 ロフェイ・パーク研究所(英国ホーシャム)実践部門長

専門家がリーダーシップの地位に就くと苦労する場合が多いことを、私たちは知っています。私が言う「専門家」とは、例えば、看護師、会計士または科学者などの、自らの技能か知識で成功している人たちのことです。彼らは、しばしば「詐欺師症候群(インポスター症候群)」を経験して、「リーダーを務めることは新しい技能だ。その技能は、私がここまでやってくるのを助けてくれたものではないから、私にその能力があるとは思えない」と考えるのです。そのため、リーダーに就いて間もない時期は、非常に大きな不安が生じている可能性があります。

専門性の高い仕事に慣れている人々の多くは、「スタッフを管理する」という実態のつかみにくいものに違和感を覚えます。専門的な役割を果たしていたときには、決まった手順があり、予想される結果が得られたものでした。ウェブデザイナーにとって、成功は明確です。たくさんの人を引き付ける素晴らしいウェブページを作ることができればいいわけです。しかし、リーダーになったら、仕事はもはやウェブページの作成ではなくなります。部下がウェブページを作るのを助けるのがリーダーの役割ですが、しばしば本能的に、自分が一番楽に感じられることに戻ろうとするため、その役割を果たすのが難しい場合があります。ウェブをリーダー自らがデザインしてしまったりするのもその一例です。しかし、チームメンバーに彼ら自身のアイデアを思いつかせて、何らかの自発性を持たせることは重要です。なぜなら、人はそうして学んでいくものだからです。

また、専門家はしばしば白黒のはっきりした唯一の真実を求めようとしますが、リーダーシップは白黒をつけることができない曖昧なものです。例えば、チームメンバーの1人は、会議では特定の人たちの話がいつも遮られると感じているかもしれません。その人たちは、威圧されていると感じていたり、話に割り込んでくる人を傲慢な人間とみなしていたりするかもしれません。一方で、傲慢な人と思われている本人は、「熱が入り過ぎた。私は外向的な人間なので、思っていることをつい口に出してしまう」と言うかもしれません。この状況に対し、「唯一の真実」的な考え方を持っているリーダーは、一方の見方をはねつけてしまうかもしれません。しかし、人間関係において、この考え方は役に立ちません。人によって物事の受け取り方が違うからです。リーダーがなすべきことは、双方が相手の観点からものを見られるように助けることなのです。

KATE MACMASTER

自己認識を培おう

ピーターカレン水・環境トラスト(オーストラリア・キャンベラ)のプログラム・ディレクター

私たちの「科学から政策へのリーダーシップ・プログラム(Science to Policy Leadership Program)」は、水と環境の管理に関する仕事に就いている、オーストラリアの次代のリーダーと現在のリーダーを対象にしています。彼らの多くが科学者です。このプログラムの一環として、私たちは彼らに、個人的な目的と価値観の認識を高めるためのプロセスを経てもらっています。参加者は、DiSCと呼ばれる心理学的検査を受けます。DiSCとは、主導型(dominance)、感化型(influence)、安定型(steadiness)、慎重型(conscientiousness)の頭文字です。多項選択式のシナリオベースの質問に回答すると、自分が上記の4つのパーソナリティタイプのどれに属するかが大まかに分かります。例えば主導型の人は、素早く結果を出すことと成功することに主眼を置きがちで、慎重型の人は、詳細を理解し、注意深く仕事をすることにより関心があるという具合です。

忘れてはならない重要なことは、必ずしもたった1つのプロフィールに当てはまるわけではないということです。これら4つ全ての要素を持っている可能性もあります。しかし検査では、ある状況におけるあなたの一般的な傾向が示されるだけですので、検査の目的はそういった傾向に気付いて、それを意識すること、といえます。例えば、私がグループを率いて、上層部として決定をしなければならなくなったとしましょう。詳細にこだわって行き詰まったとき、自分には「細かく管理しすぎる」という傾向があることを知っていて、自分がそのように行動していることに気付けば、私はその場でじっくり考えて、「これをやめて、私は上層部の戦略に戻り、チームを信じよう」と、別の行動をとることができるわけです。

実験責任者への私からのアドバイスとして、研究チームのメンバーと話し合う場を設けて、皆が共有する目的と価値観を明らかにすることをお勧めします。話し合いの結果、皆が価値を置いていることは、勤勉、敬意、正直さ、そして高潔だという結論に達するかもしれません。その後、もしも、チームのメンバーが勤勉でなかったり、高潔な行動をしていなかったりしたために、プロジェクトが横道にそれてしまっているなら、チームを集めてこう話すといいでしょう。「私たちの価値観についてもう一度取り上げ、私たちが現在どのような状態にあるかについて話し合おう」。チームが明確な目的をもって足並みをそろえることができれば、グループ内の信頼が増すことを、あなたは実感できるでしょう。科学者、政治家、教師、あるいは小売業のアシスタントであっても、高い業績を上げるチームの基礎となるものは、信頼なのです。

トレーニング・オプション

科学者向けのリーダーシップ・プログラムを提供する組織を紹介する。

  • hfpコンサルティング:あらゆるレベルの科学者のために、さまざまな専門技能開発ワークショップを開催。
  • コールド・スプリング・ハーバー研究所:生命科学におけるリーダーシップに関する、3日間の双方向ワークショップを毎年開催。
  • カリフォルニア大学サンフランシスコ校:PIになりたいと考えている人を対象に、科学的リーダーシップと管理スキルに関する16時間のコースを提供。
  • ベルリン工科大学/フンボルト大学ベルリン校/ベルリン自由大学:3大学が共同で、女性研究者にメンタリング、セミナー、トレーニングセッションが組み合わさったProFiLというプログラムを提供。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180823

原文

How lab heads can learn to lead
  • Nature (2018-05-16) | DOI: 10.1038/d41586-018-05156-3
  • Interviews by Roberta Kwok
  • Roberta Kwokは、米国ワシントン州カークランド在住のフリーランスライター