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フロン排出量が増加している

2017年9月10日にNASAによって観測された南極上空のオゾン全量(紫や青はオゾン量が少ない)。21世紀半ばには1980年の水準までの回復が期待されたオゾン層だが、そのペースは予想以上に遅かった。

減少が予想される禁止化合物の大気中濃度を監視する研究は、面白みがないように思えるかもしれない。しかし、米国海洋大気庁(NOAA)の化学者Stephen A. Montzkaが率いた研究チームは、最も強力なオゾン層破壊物質の1つであるCFC11を長期にわたって観測し、予想外の結果をNature 2018年5月17日号413ページで報告した1。CFC11の大気中濃度が、既知の排出源と吸収源を基に行った予想よりもはるかに遅い速度で減少しているというのだ。この結果は、国際規則への違反となる新たな排出量の増加がなされていることを示している。

CFC-11は、クロロフルオロカーボン(CFC)という化合物群に属している。CFCは非常に安定な合成化学物質で、1930年代以降、例えばエアロゾルスプレーの高圧ガス、溶剤、冷媒など、さまざまな用途に使用されていた。1970年代初め、英国の化学者ジェームズ・ラブロックらは大気中のCFC量を初めて測定し、排出源が北半球にしかないにもかかわらず、北半球・南半球を問わず至るところにCFCが存在することを見いだした2。この研究結果を基に、CFCは成層圏でのみ自然に分解され、この過程で塩素原子が放出されるという仮説が立てられた。放出された塩素原子は、オゾン分子の分解反応サイクルの触媒としてそれを駆動する上、1個の塩素原子は多数のオゾン分子を連鎖的に分解するため、地球上の生命を有害紫外線から守っているオゾン層は、脅威にさらされると予想された3

1985年、南極上空のオゾン層に「穴」が発見され4、この仮説が正しいだけでなく、想像以上の脅威であることが証明された。これにより、重度のオゾン層破壊が南極上空だけに見られる理由を解き明かすための研究活動に拍車がかかった。またこの発見は、1987年にCFCの使用を制限する政治的措置を制定した「モントリオール議定書」の採択にもつながった。その後、もしCFCが大気中に排出され続ければ、より重度のオゾン層破壊が地球全体に広がるだろうという認識が持たれるようになったのと同時に、代替CFCを製造可能にする技術的進歩が起こったことで、議定書の改正が行われることとなった。数度にわたる改正でCFCに対する規制は強化されていき、最終的にこの物質は、1996年1月1日をもって製造禁止となった。こうした措置が功を奏し、大気中のCFC濃度は、1990年代の半ばから終わりにかけてピークを迎え、その後順調に減り続けてきた5。モントリオール議定書は、地球環境問題を扱った国際条約の中で最も成功した条約と称賛された6

CFCは成層圏で紫外線によって分解されるが、そのプロセスは遅く、大気中からCFCが消え去るには数十年を要する。成層圏オゾンに関する現在の研究は、「オゾン層破壊物質の大気中濃度は予想通り減少しているか」と「オゾン層は回復途上にあるか」に重点を置いている。しかし、自然変動、気候変動、オゾン汚染の影響が絡んでくるため、オゾン観測だけに基づいてオゾン層が回復しつつあるかどうかを判断することは、とりわけ困難だという7

一方、CFC-11などのオゾン層破壊物質の大気中濃度モニタリングは、モントリオール議定書の有効性をより直接的に調べる方法となる。しかし、安定で壊れにくいこれらの化学物質においても、問題がないわけではない。化学物質の排出源と吸収源域の間で輸送されるこれらの物質を含んだ空気塊は、自然要因により変動するため、オゾン層破壊物質の減少速度の予想値に影響を及ぼす可能性がある。CFCの排出源は主に北半球の工業化が進んだ地域に存在するのに対し、吸収源として働くのは成層圏(両半球)でのCFC分解である。排出源と吸収源の分布によって、北半球と南半球でのCFCの濃度には差が生じるが、排出が終了すれば、この濃度差は時間とともに小さくなっていく。また、成層圏とその下の対流圏の間で起こる大気交換の速度や、北半球と南半球の間における大気交換の速度も、オゾン層破壊物質の濃度を変動させる重要な要因となっている。

Montzkaらは、さまざまな観測空域において空気塊輸送の自然変動を考慮に入れ、単純な「ボックス」モデルを用いると共に、大気化学を考慮に入れた包括的な気候モデルを用いた3Dコンピューターシミュレーションを行い、観測されたレベルのCFC-11がどのように発生し得るかを綿密に予測した。研究チームは、空気塊輸送の変動だけでは最近のCFC減少速度の低下を説明できず、新たな排出があったに違いないと結論付けた(図1)。

図1 オゾン層破壊物質の減少に陰り
クロロフルオロカーボン(CFC)の排出は成層圏オゾン層の破壊につながるため、1987年のモントリオール議定書を皮切りに規制が進み、1996年にCFCの製造が国際的に禁止された。青線は、そうした化合物の1つであるCFC-11の大気中濃度を体積ppt (p.p.t.v.)で示している5。青色の実線部分は2013年までの測定結果を、破線部分は、CFC-11が新たに製造されないと仮定した場合の予測値を示している。Montzkaらは、ここ数年のCFC-11の大気中濃度(赤線;論文1の図1から概算した値)が予測値以上に高く、CFC-11濃度の減少速度が予想以上に遅いことを報告しており、2012年以降、CFC-11排出が増加したに違いないと結論している1

観測データからも、この仮説を裏付けるさらなる証拠が得られている。この数年で北半球と南半球の大気中CFC-11の平均濃度差が増大、つまり北半球のCFC-11超過濃度が増加しているということが示されたのだ。さらに、2012年以降、大気中のCFC-11濃度と、人間活動によって排出された他のオゾン層破壊物質の濃度の間に強い相関が現れている。こうした複数の証拠から、今回の濃度観測結果は、大気力学的な変化、特に成層圏での変化と、新たなCFC-11排出が、連動して作用したことを示している可能性が非常に高い。今回の研究において、こうした慎重な分析は極めて重要である。「新たな排出が行われた」と主張することはつまり、議定書に違反している国があるという、国際政治的な意味合いを持つことになるからだ。

Montzkaらは、CFC-11観測が行われた場所への大気の流れを考慮し、新たな排出は東アジアに由来するものとしている。また、2012年以降のCFC-11の排出量は、2002~2012年の排出量と比較して、年平均値で約13ギガグラム(25%)多いと推定される。しかし、成層圏と対流圏の間における気体輸送機構の解明が困難であることを主な理由として、この推定量の不確かさは50%に達する可能性がある。

排出量の推定における不確かさと、新たな排出源の推定における不確かさを減らす1つの方法として、高分解能な逆推定法などを用いることが考えられる。この手法は、ハイドロフルオロカーボン(CFCに代わる化学物質で、温室効果ガスでもある)の排出源特定8を目的とした地域研究の中で用いられてきた。しかし、おそらくそうした手法には、現在利用できるものより高い密度のCFC全球観測ネットワークが必要になるだろう。さらに、地域別逆推定モデルを拡張して、全球規模かつ、十分な分解能の成層圏輸送と両半球間輸送を取り入れた逆推定モデルを開発しなければならないだろう。だが、これは難しい注文だ。現在利用可能な包括的モデルシステムには、全球規模の逆推定法に足りそうな分解能を持つものは、ほとんど存在しないからだ。

Montzkaらの研究結果は、環境規制は当然のものと思っているだけではだめで、守るべきものであること、また、確実な規制遵守のためにモニタリングが必要なことを再度浮き彫りにしている。継続的な環境観測は不可欠で、衛星観測で全球をカバーするだけでなく、全球観測ネットワークの観測値からより正確な現地データを得る必要がある。そうしたデータを対流圏と成層圏を扱うモデルと合わせて用いれば、化学汚染物質の排出源について反論に耐え得る推定ができる。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180834

原文

Evidence of illegal emissions of ozone-depleting chemicals
  • Nature (2018-05-16) | DOI: 10.1038/d41586-018-05110-3
  • Michaela I. Hegglin
  • Michaela I. Hegglinは、レディング大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Montzka, S. A. et al. Nature 557, 413–417 (2018).
  2. Lovelock, J. E., Maggs, R. J. & Wade, R. J. Nature 241, 194–196 (1973).
  3. Molina, M. J. & Rowland, F. S. Nature 249, 810–812 (1974).
  4. Farman, J. C., Gardiner, B. G. & Shanklin, J. D. Nature 315, 207–210 (1985).
  5. World Meteorological Organization. Scientific Assessment of Ozone Deple-tion: 2014 (WMO, 2014).
  6. Annan, K. A. We the Peoples: The Role of the United Nations in the Twenty-First Century (UN, 2000).
  7. Shepherd, T. G. et al. Nature Geosci. 7, 443–449 (2014).
  8. Brunner, D. et al. Atmos. Chem. Phys. 17, 10651–10674 (2017).