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オットセイは1週間以上レム睡眠なしで過ごせる

昼寝をするキタオットセイの仔。 Credit: John Gibbens/Alamy

キタオットセイ(Callorhinus ursinus)は海にいる間、レム睡眠なしで最長2週間まで、見た目には特に有害な影響なく過ごせるという研究結果が、Current Biology 2018年6月18日号に発表された。この結果は、ラットなどの陸生の哺乳動物に関する以前の研究と真っ向から対立する。過去の研究では、陸生哺乳類は1週間以上レム睡眠を奪われると、体重減少や低体温などの問題が生じ、最終的に死に至ると結論していた。

レム睡眠は、ほぼ全ての陸生哺乳類および鳥類で見られる。脳が最も活発に働く睡眠相であり、学習や記憶の処理と関係付けられている。最新の研究1ではさらに、レム睡眠には脳の温度調節という別の機能もあることが示された。

キタオットセイは、クジラやイルカと同じく、海にいるときは低レベルの警戒を維持しておくために、脳の半分のスイッチを切って、いくらかの睡眠を取る。研究チームは、クジラやイルカがレム睡眠を取らないように2、オットセイも海中ではレム睡眠を取らないのかどうかを調べたいと考えた。彼らはまた、オットセイからレム睡眠の機能に関する手掛かりが得られるのではないかとも考えた。他の哺乳動物で同様の研究を行うと、実験結果に睡眠を中断されたことによるストレスの影響が及ぶことがあるが、オットセイではそうしたストレスが引き起こされない可能性があるからだ。

水位を上下させる

研究チームは、施設で飼育されている4頭のキタオットセイに電極を装着し、脳、目、筋肉、および心臓の電気的活動を記録した。このとき、プールの水位を調節してオットセイが休息に使う台を露出させたり沈ませたりすることで、オットセイたちが陸上で眠ることを可能にしたり妨げたりした。

オットセイは水中で眠る場合(野生のキタオットセイは、移動時には1年のうち最大10カ月を海で過ごすことができる)、レム睡眠をほとんど、あるいは全く取らなかった。一方、オットセイが台の上で眠るときには、レム睡眠とノンレム睡眠のサイクルが再開された。だが、このとき、レム睡眠の不足を補う必要は全くなさそうだった。対照的に、ラットなどの陸生哺乳類では、レム睡眠を奪われ、その後元通りに寝られるようになると、通常、レム睡眠の時間は一時的に長くなる。

「キタオットセイは、まるでレム睡眠を全く奪われていないかのようなのです」と、今回の研究を主導したカリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の神経科学者Jerome Siegelは言う。オットセイではレム睡眠欠乏による有害な兆候は全く観察されなかったため、Siegelたちは、こうした動物ではレム睡眠に一体どんな機能があるのだろうかと 考えた。

脳を温かく保つ

脳は、覚醒しているかレム睡眠状態にあるときには温かく、ノンレム睡眠状態になると温度が下がる3。Siegelたちは、キタオットセイが陸上で眠るときには、他の多くの哺乳類と同様に、脳のスイッチを切り替え、ノンレム睡眠とレム睡眠を交互に繰り返すことを発見した。彼は、オットセイの脳がレム睡眠へと移行するのは、脳の冷え過ぎを防ぐためだと考えている。

「おそらくオットセイの場合、海では脳の半分が目覚めていて温かいので、レム睡眠は不要なのでしょう」と、国立精神衛生研究所(米国メリーランド州ベセスダ)の臨床心理学部門の元部長で精神科医のThomas Wehrは言う。

しかし、こうした結果の解釈に注意を促す研究者もいる。「キタオットセイにおけるレム睡眠は、他の哺乳類とは異なる機能を果たしているのかもしれません」と話すのは、オハイオ睡眠医学研究所(米国オハイオ州ダブリン)の神経科医Makus Schmidtだ。「レム睡眠中に行われていることが、オットセイではノンレム睡眠時または覚醒時に処理されている可能性があります。加えて、レム睡眠の消失により、容易には認識できないマイナスの影響がもたらされている可能性もあります」。

Schmidtはさらにこう続ける。「ノンレム睡眠・レム睡眠・覚醒の各状態をどのように発現するかは、動物種間で違いが見られます。今回の研究を受けて、レム睡眠、あるいは睡眠そのものを完全になくしても生きていける生物は他にいるのか、さらに調べる必要があるということが分かりました」。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180806

原文

Fur seals can go weeks without REM sleep
  • Nature (2018-06-07) | DOI: 10.1038/d41586-018-05353-0
  • Alex Fox

参考文献

  1. Lyamin, O. I. et al. Curr. Biol. https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.05.022 (2018).
  2. Siegel, J. M. et al. Nature 437, 1264-1271 (2005).
  3. Wehr, T. A. Neurosci. Biobehav. Rev 16, 379–397 (1992).