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認知症に脳の炎症の影

脳の免疫系が、アルツハイマー病などの神経変性疾患を引き起こしている可能性が次々と報告されている。科学者たちはそれを食い止めることができるだろうか?

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NEHER LAB/DZNE/HIH

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180723

原文:Nature (2018-04-26) | doi: 10.1038/d41586-018-04930-7 | Is ‘friendly fire’ in the brain provoking Alzheimer’s disease?

Alison Abbot

ドイツ神経変性疾患センター(ボン)の神経科学者のMichael Henekaは、革命的な概念には説得力のあるデータが必要だということを知っている。2010年の時点では、脳の免疫系が認知症に極めて重要な役割を持つという彼の考え方に同意した研究者仲間はほんのわずかしかいなかった。そのため、その年の5月に、いくつかの新しい結果からこれまでで一番強力な証拠が得られて彼の説が裏付けられたとき、興奮が湧き上がるのと同時に、不安な気持ちにもなったのだった。

彼の研究チームは、通常アルツハイマー病様の症状が出るマウス系統から、重要な炎症遺伝子を除去した。改変されたマウスは完全に健康に見えた。彼らは、記憶テストに難なくパスし、また、アルツハイマー病の顕著な特徴である粘っこいタンパク質のプラークが現れる兆候はほとんど見られなかった。しかし、Henekaは、この結果は見事すぎて、同分野の研究者たちは真実とは考えないだろうと思った。

彼自身でさえ、マウスが非常に健康であることに驚いた。彼は、Nlrp3と呼ばれる遺伝子の除去により、脳が多少は保護されると予想していたが、まさか認知症の症状をほとんど防ぐところまでいくとは考えていなかった。「私は、実験で何かミスがあったに違いないと思いました」とHanekaは言う。

彼は結果を何度も分析し直した。ついに、どうやらこの結果は本当らしいと認めたときには真夜中を過ぎていた。

それから2年ほどの月日をかけて、彼は実験に全く不備がなかったことを確認した。研究チームのメンバーたちと共に、追試を行って、結果を詳しく報告した1。それ以来、多数の研究が、認知症と脳の免疫系との関連を支持するようになり、関与する細胞やシグナル分子がはっきりと示されるようになった2。しかし、両者の関連を完全に裏付けた研究は1つもなかった。関連は不安定で、動的であり、疾患の進行とともに変化するように思われる。

たとえそうだとしても、この考え方は、手つかずの大きな市場に目を向けている製薬業界の投資家たちの関心をかき立てた。世界中で約5000万人が認知症を患っていると推定されており、世界保健機関(WHO)が算出したこの数字は、2030年までに8200万人に達するだろう。慈善団体と製薬会社からなるイギリスを拠点とするグループ、「認知症コンソーシアム」は、8つの創薬プロジェクトに450万ポンド(約6.8億円)をつぎ込んでおり、そのうちの4つのプロジェクトは炎症を研究目標にしている。

だが、その先には障害が横たわっている。疾患の異なる段階において、免疫系を抑制すべきなのか、活発化にすべきなのかについては、まだ科学者たちの意見は一致していない。それに、アルツハイマー病の臨床試験には、いくつかの現実的な問題がある。完全なマウスモデルがないことや、研究に参加する患者を十分早期のうちに募ることが難しいことなどだ。黒雲のようにこの分野の上に覆いかぶさっているのは、アルツハイマー病の全ての臨床試験がこれまでのところ失敗しているという事実である。

それでも、フラウンホーファー研究所 アルゴリズム・科学計算研究所(ドイツ・ザンクトアウグスティン)に所属する薬学研究を専門とするバイオインフォマティクス研究者Martin Hofmann-Apitiusは、炎症関連の標的に関するいくつかの特許が申請中だと述べている。彼は、「間もなく、臨床試験がどんどん始まることでしょう」と予測する。

粘りついて、腫れる

20世紀前半に認知症の症状と病理について初めて説明したのは、ドイツ人精神科医のアロイス・アルツハイマー(Alois Alzheimer)だった。彼は、認知機能低下を彼自身が観察した女性の脳を顕微鏡で調べ、そこに斑点ができていることを認め、詳細に描画した。現在ではその斑点にはアミロイドβという物質と、タウと呼ばれるもつれたタンパク質が含まれていることが知られており、これら2つを合わせてこの病気の特徴とされている。また、アルツハイマーはこれらの罹患した脳組織の最も初期の描画で、ミクログリアもスケッチしている。ミクログリアは脳の免疫細胞の一種で、ニューロン周囲に存在している。「アルツハイマー本人が、その細胞に気付き、ニューロンに沿って多数のミクログリアを描いたのです」と、Henekaは言う。

そうしたスケッチはミクログリアと疾患とのより深い関連を示したわけではなかったが、1990年代の半ばに炎症とアルツハイマー病との関連がいわれ始めたとき、Henekaはそのスケッチのことを思い出した。彼は、いくつか抗炎症剤(例えば、リウマチ様関節炎の治療薬)を投与された人々がアルツハイマー病を発症するリスクは、一般の人々より低いように思われることを示すいくつかの疫学的観察に好奇心をそそられていた。彼は、ミクログリアがプラークや脳の変性領域の周りに集まり、炎症反応を誘導するサイトカインなどのシグナル分子が患者の脳脊髄液に蓄積するという報告に励まされるようになった。ほとんどの科学者は、これらの観察は組織損傷に対する受動的な応答を反映していると考えた。しかしHenekaは常に、炎症が能動的に病気を引き起こしている可能性があるのではないかと疑っていた。

助けるのか、妨げるのか
ミクログリアはいわば脳のハウスキーパーで、破損した細胞やその構成要素を除去してニューロンを健康に保つ。ミクログリアは、アルツハイマー病に関連するタンパク質のプラークの蓄積に過剰に反応する場合がある。 | 拡大する

NIK SPENCER/NATURE

ミクログリアは炎症と神経変性との関連で中心的な役割を果たしていることが判明した(「助けるのか、妨げるのか」を参照)。ミクログリアには、2つの主要な機能がある。まず、ニューロンとそのシナプスの全般的な健康を保つ働きをしている(シナプスとは、ニューロン間の結合部位で、そこでニューロン同士は情報のやり取りをする)。そして、脳内をパトロールして、脅威や問題がないかを調べる。炎症や、アミロイドβなどの異常な分子、あるいは損傷を受けた細胞の残骸などを検知すると、ミクログリアは活性化して他のミクログリアに「一緒に掃除をしよう」とシグナルを送る。特定のミクログリアタンパク質は集まってインフラマソームと呼ばれる大きな複合体を作る(インフラマソームの主要な要素はHenekaの研究で使われたNLRP3タンパク質である)。インフラマソームは掃除シグナル(免疫反応を開始するために活性化された分子)を大量に作り出す。通常、インフラマソームは仕事を終えるとだんだん衰えていくが、アルツハイマー病では活性化したままでいるようで、炎症分子を分泌し続けるにもかかわらず、掃除は適切に行われない。

2013年、ミクログリアはアルツハイマー病研究で重要視され始めた。マウスでは炎症を予防するとアルツハイマー病の症状を防ぐことができるとHenekaが論文で発表したのとほぼ同じ時期に、アルツハイマー病に関連する遺伝子バリアントに関する2つの大規模研究がNew England Journal of Medicineに発表された3,4。どちらの研究も、後期発症型アルツハイマー病のリスクをTREM2と呼ばれる遺伝子と関連付けていた。TREM2はミクログリアの細胞膜に存在するタンパク質の1つを作る遺伝子だ。

神経科学者たちも注意を向け始めた。そして免疫学者たちも。ほどなく、神経免疫学者たちの学際的共同体が生まれた。「突然、大きな機会が開かれたのです」と、イタリアのミラノ大学の神経科学者Michela Matteoliは言う。彼女は現在、隣接するヒューマニタス研究所の免疫学部で神経科学プログラムを指揮している。同研究所でMatteoliは、免疫系の特定の要素を欠いているマウスモデルの宝庫を見つけた。これまで、これらのマウスモデルを脳機能の研究に使おうとした免疫学者はいなかったのだ。「私たちが必要とするツールの多くが利用可能なのです」と彼女は言う。

ヒーローと悪者

脳を良い状態に保つために進化したミクログリアが、アルツハイマー病を発症させる引き金になる仕組みはどのようなものなのだろうか? Henekaらは2017年に、少なくとも彼らが実験に使ったマウスにおいて、発病のスイッチとなると考えられるメカニズムを示唆する証拠を得たことを発表した。彼らは、活性化したミクログリアが、スペックと呼ばれる凝集塊としてインフラマソームの残骸を放出すると、スペックが新しいアミロイドβのクラスタのシードとなり、疾患を脳全体に広げることを見いだした5。「大嵐ともいえる破滅的な状況です」と、Henekaは言う。「毒性のアミロイドβが炎症を促進し、炎症がより毒性の高いアミロイドβの産生を促進するのです」。

彼は、ボン大学の免疫学者Eicke Latzと共同で、インフラマソームの形成を抑止する薬剤を開発中だ。それによってミクログリアは、掃除のために徴用されることなく、脳のハウスキーピングにおける他の重要な役割を続けることができるだろう。つまり、大嵐を寄せ付けずにいられる。

Latzは2016年に米国マサチューセッツ州ボストンでIFMセラピューティックスという新興企業を共同設立した。この会社は2017年、製薬会社のブリストル・マイアーズスクイブによって買収されたが、既にインフラマソームの形成を抑制するいくつかの候補薬物を見つけており、LatzとHenekaはこれから2年ほどの間に臨床試験を始めたいと考えている。

一方、世界中の神経免疫学者たちは、ミクログリアの生物学的性質をより深く理解して、アルツハイマー病や他の神経変性疾患に使える免疫ベースの療法を設計する別の方法があるかどうかを検討しようとしている。科学者の中には、ミクログリアの健康な活動を高めることで、より効率的に毒性のアミロイドβを除去し、大嵐を避けることができると考える人もいる。

マウスとヒト死後脳の2つの研究で、脳のプラークの周りに集まっているミクログリア小集団は非常に特殊であることが示された6,7。この小集団では、通常のミクログリアよりもいくつかの遺伝子の発現レベルが上昇または低下していたのだ。そうしたパターンからは興味深い物語が見えてくる。細胞は、プラークと闘うために、正常なハウスキーピング業務を調整しようとしているように思えるのだ。それらの遺伝子のいくつかは、細胞の活性化につながる経路から安全装置(または「チェックポイント」)を外す。他の遺伝子は、ダメージを感知する経路、またはミクログリアが異常な分子を飲み込むことを促進する経路に含まれる遺伝子だ。どの場合も、こうした遺伝子発現パターンは、ミクログリアが脳を保護するために、そうしたハウスキーピング業務を強化しようとしていることを示している。

ヒトのアルツハイマー病のリスク要因として、こうした遺伝子の変異が既に10以上明らかにされていると、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)の免疫遺伝学者で、遺伝子発現パターンを調べた研究の1つ6を率いたIdo Amitは言う。

Amitは、細胞がそこにいるのは明らかに理由があってのことであり、従って、それを利用できるかもしれないと言う。「この結果はこのシステムの生物学的性質に関する強いメッセージを私たちに伝えているように思えました」。ミクログリアが自身の通常の業務をより効率的に実行できるように助けてやれば、そしてミクログリアが掃除に励みすぎないようにできれば、ミクログリアは病状を悪化させるよりもむしろ病気の発症を遅らせる助けになるだろう。

では、ミクログリアは悪者なのだろうか。ヒーローなのだろうか。疫学研究では、生涯にわたる感染の負荷により、晩年になってからの認知障害や認知症のリスクが高まることが示されている8,9。そして2018年4月初めには、ドイツ神経変性疾患センター(チュービンゲン)のJonas Neherらが、リポ多糖(LPS)と呼ばれる分子をマウスの腹部に注入して炎症を引き起こすと、それらの分子自体は脳に入らなくても、脳ではミクログリアの遺伝子発現が持続的に変化することを示した10。少量のLPSを投与すると、アミロイドβとプラークのレベルの増加につながり、高用量の場合は負荷が低下したのである。認知症のメカニズムにおけるミクログリアの重要性に関する疑問は、これらの論文で解消されるはずだ。加えて、体内のどこかで起こった炎症によって、ミクログリアは活性化の準備が整うことさえある、ということも示している。

ミクログリアは他の神経変性疾患にも関わっている可能性がある。同様の研究結果が筋萎縮性側索硬化症(ALS)とパーキンソン病のモデルで観察されているからだ11。そして、Matteoliらの研究では、ミクログリアが、レット症候群として知られている稀な神経発生障害などの脳の異常にもっと広く関係している可能性が示唆されている12,13

嵐からの保護

Amitは現在、ミクログリアのハウスキーピング活動を上昇させる方法について、企業パートナーたちと議論している。「ダメージを制御しきれなくなったときに、人間の体の自然な防御機構を再活性化することができるでしょう」と、彼は言う。

他の人々は、アルツハイマー病の後期にもっと多くのミクログリアを活性化させると事態が悪化するのではないかと心配する。「ミクログリアの生物学的性質はまだ十分理解されてはいません」と、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の神経免疫学者Oleg Butovskyは言う。彼はミクログリアの遺伝子発現に関するもう一方の研究7 を率い、アルツハイマー病の異なるステージの脳でそれらを特定するバイオマーカーを開発中だ。彼は、ミクログリアを活性化すべきか抑制すべきかについてははっきりと分かっていないし、疾患の進行に伴って異なる時期に異なる戦略を使うことができるかどうかすらも明確ではない、と述べる。

そして、全ての科学者が、神経変性における免疫系の役割がミクログリアだけで終わると考えているわけではない。コロンビア大学(米国ニューヨーク)の神経科医のPhilip De Jagerは、ミクログリアを標的とするアルツハイマー治療法を開発しているが、体の免疫系の他の細胞、例えば脳では非常に少数しか存在しないT細胞なども関連していることが判明するかもしれないと言う。

臨床上の関心が急増しているが、2つの扱いにくい重要な問題が存在している。1つは、アルツハイマー病の研究に使用されるマウスモデルは、ヒト疾患の代理とするには満足できるものではないこと、もう1つは、新しい療法を試験するための良い候補となる人を見つけるのが難しいことである。

アルツハイマー病の傾向を示す遺伝子変異を持つマウスは、いくつかのいかにもアルツハイマー病らしい症状を示すが、症状が現れるのが早すぎる。そのため、いつ治療を始めるべきかを特定するのが困難だ。「私たちのモデルでは、発症が加速され過ぎています」と、ワシントン大学医学系大学院(米国ミズーリ州セントルイス)のMarco Colonnaは言う。彼は、TREM2の生物学的特徴を詳しく調べてきた。「我々の研究分野では、アミロイドがより自然に蓄積するモデルを開発することが優先事項だと考えられています」。

また、試験薬が効くチャンスを得るために、疾患の進行において十分に早い時期にアルツハイマー病の人を特定することも難題だ。アルツハイマー病研究者たちは、以前の臨床試験の多くが失敗に終わったのは、アミロイドβとタウがアルツハイマー病に重大な関わりを持つという自分たちの仮説が正しくなかったからではなく、治療を行った時期が遅すぎるためだと考えている。一般に、患者が臨床試験に参加するのは、プラークの負荷と神経変性が進み、おそらく回復の見込みがない時期になってからだ。そしてこれはまた、ナプロキセンやロフェコキシブなどの抗炎症剤の臨床試験が他の可能性のある治療法と同じ道をたどり、アルツハイマー病患者に何の恩恵ももたらさないと示された理由の1つでもあるかもしれないと、Henekaは言う。アルツハイマー病のまさしく最初期の段階にある人々を特定するバイオマーカーはようやく最近、利用可能になった。それでも、検査には脳スキャンと脊椎穿刺が必要で、非常に高価な上に、重い負担となる。さらに、そうしたバイオマーカーは、実際の臨床でまだ完全に有効性が認められているわけではない(Nature ダイジェスト 2018年4月号「脳のアルツハイマー病変を血液で検出可能に!」参照)。

だが不明確なことがまだたくさんあるからといって、熱意が冷めているわけではない。「ここ数年はワクワクする日々が続いています」と、De Jagerは言う。この分野の科学者たちは、免疫系を後押しして腫瘍を攻撃させる「免疫療法」と類似した手法が有効かもしれないと考えている。「従来、免疫性であるとは考えられていなかった疾患が、実は免疫学的基盤を持っているように思われます」とDe Jager。

Henekaは、予想外に認知症状を示さなかったマウスの実験のことを思い出す。そして、免疫ベースの療法がアルツハイマー病に効くかもしれないと、慎重さを保ちながらも楽観的に考えている。繰り返しになるが彼は、アルツハイマー病にかかっているはずのマウスがこれほど見事に記憶テストにパスするのを見たことがなかった。新しい臨床試験では、以前の試みを苦しめた問題に真正面から取り組む必要がある。アプローチがそれとは別の理由で失敗するのを見たいと思う人はいないと、Henekaは言う。

(翻訳:古川奈々子)

Alison Abbotは、Natureの上席欧州特派員。

参考文献

  1. Heneka, M. T. et al. Nature 493, 674–678 (2013).
  2. Salter, M. W. & Stevens, B. Nature Med. 9, 1018–1027 (2017).
  3. Jonsson, T. et al. N. Engl. J. Med. 368, 107–116 (2013).
  4. Guerreiro, R. et al. N. Engl. J. Med. 368, 117–127 (2013).
  5. Venegas, C. et al. Nature 552, 355–361 (2017).
  6. Keren-Shaul, H. et al. Cell 169, 1276–1290 (2017).
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  8. Wallin, K. et al. J. Alzheimer’s Res. 31, 669–676 (2012).
  9. Bu, X.-L. et al. Eur. J. Neurol. 22, 1519–1525 (2015).
  10. Wendeln, A.-C. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-018-0023-4 (2018).
  11. Yeh, F.L. et al. Trends Mol. Med. 23, 512–533 (2017).
  12. Tomasoni, R. et al. eLife 6, e21735 (2017).
  13. Derecki, N. C. et al. Nature 484, 105–109 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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