インフルエンザゲノムをRNAのままシーケンス
インフルエンザウイルスは、ゲノム塩基配列がその本来の状態で解読された最初のRNAウイルスとなった。 Credit: DR. GOPAL MURTI/GETTY
遺伝物質(ゲノム)をRNAの形で保存しているインフルエンザウイルス。そのゲノム塩基配列が、RNAのまま初めて完全に解読された1。インフルエンザウイルスをはじめ、遺伝物質をRNAで保存するウイルスはこれまで全て、RNA分子をDNA分子に写し取ることで解読されてきた。今回のインフルエンザウイルスゲノム「原本」は、ナノポア(nanopore;ナノサイズの穴の意味)塩基配列解読法を利用して明らかにされた。この技術では、RNAの鎖が細孔をすり抜けるときのイオン電流の変化(塩基により異なる)に基づき個々の塩基配列を読み取る(Nature ダイジェスト 2014年6月号「『1000ドルゲノム』成功への軌跡」参照)。
この研究を主導し、4月12日付でバイオアーカイブ(bioRxiv)サーバーにプレプリントを投稿した米国疾病管理予防センター(CDC;ジョージア州アトランタ)の微生物学者John Barnesは、「初めて、ゲノムの姿をその本来の状態で、実際に見ることができるようになりました。それにより、まさに多くの可能性が開かれようとしているのです」と話す。
Barnesをはじめとする科学者たちが高い関心を寄せているのは、ウイルスゲノムだけではない。ヒトを含め、生物種ごとに多種多様なRNAの構造を生み出す化学的な飾りも、その対象である。RNA分子にはさまざまな化学修飾が施されており、それが細胞内でのRNAの機能に影響を与えている可能性があるのだが、調べることはこれまで容易ではなかった。「今回の本当の焦点はRNA修飾です」と話すのは、欧州分子生物学研究所(EMBL)の欧州バイオインフォマティクス研究所(EBI;英国ケンプリッジシャー州ヒンクストン)の共同所長Ewan Birneyだ。彼によれば、このたび報告された手法は「状況を一変させる」ものだという。
RNAは、よく知られている同類分子のDNAと化学的に類似している。細胞からなる生物においてRNAは、ゲノムDNAがコードする遺伝子とタンパク質との仲立ちとして働くことに加え、それ以外の役割も果たしている。一方、ウイルスにおいては、ポリオウイルスやエボラウイルス、普通の風邪を引き起こすウイルスをはじめ、RNAの形で遺伝情報を保存しているものが多い。CDCのインフルエンザゲノミクスチームを統括するBarnesによれば、インフルエンザウイルスのRNAゲノム塩基配列解読は不可能に近いと思われていたため、誰も行ったことがなかったという。RNA鎖そのものの塩基配列を明らかにする方法は1970年代後半に編み出されているが、1回に1塩基(すなわち1文字)を分解する必要があり、発明されて以来2ほとんど進歩していない。その欠点を補うため、ほぼ全ての「RNA塩基配列解読法」は、逆転写酵素と呼ばれるウイルス酵素を利用する。この酵素は、RNAをシーケンサーと相性の良いDNAの鎖としてコピーする。
小さいことはいいことだ
この技術の開発で先頭を走るオックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ社(英国)の研究チームは2018年1月、MinIONという小型の装置を用いてRNAの塩基配列を直接解読した3。その研究が着目したのはメッセンジャーRNAという転写物だ。この一群のRNA分子は、DNAの情報をタンパク質の産生へつないでいる。
Barnesらはこの方法をA型インフルエンザウイルスのゲノム解読に応用した。このウイルスゲノムは、長さがRNA約1万3500文字であり、8つの分節で構成されている。Barnesによれば、今回報告した手法はまだ広く利用できるものではないという。大量のインフルエンザウイルスが必要で、解読エラーを解消するために生データを何度も処理しなければならなかったからだ。しかし、ナノポア技術は急速に進歩しており、さらなる改善により、RNAウイルスの直接解読が日常的な作業になるとBarnesは期待する。
Barnesや他の科学者たちが実現を望む技術として一番に挙げるものは、RNAの化学修飾を明らかにする方法だ。RNA修飾は、これまでに100種類以上が明らかにされているが、その多くは何をしているのかほとんど分かっていない。それは、体系的な研究をこれまで実施できなかったことによる部分が大きい。オックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ社のチームは、一般的な2つのRNA修飾、すなわち「タグ」を見つけ出すことができた。同社から報酬を受けて顧問を務めているBirneyは、タグの特徴を解明するのに機械学習アルゴリズムが利用されるようになれば、タグはもっと発見されるだろうと期待する。
RNAの修飾塩基の配列解読は、この領域にとって「重大な出来事」になるだろうと、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)のウイルス学者Bryan Cullenは予想する。2017年、Cullenの研究チームはマウスを使った実験で、m6Aというタグがインフルエンザウイルスの遺伝子発現を変化させてウイルスの複製を促進するという観察結果を報告した4。彼は、そのような修飾を検出するための従来の方法は時間とコストがかかるのだと補足する。
Birneyによれば、Barnesの手法はまだ完全ではないものの、まもなくウイルスゲノムや他のRNA分子の全塩基配列を「もともとのRNAの形」で解読できるようになる可能性について、生物学者は今なお楽しみにしているという。「それを行うための技術が突然手に入ったのです。何とも驚きです」。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180713
原文
Flu virus finally sequenced in its native form- Nature (2018-04-20) | DOI: 10.1038/d41586-018-04908-5
- Ewen Callaway
参考文献
- Keller, M. W. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/300384 (2018).
- Peattie, D. A. Proc. Natl Acad. Sci. USA 76, 1760–1764 (1979).
- Garalde, D. R. et al. Nature Meth. 15, 201–206 (2018).
- Courtney, D. G. et al. Cell Host Microbe 22, 377–386. e5 (2017).
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