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脊椎動物のRNAウイルスの進化の軸

Credit: PASIEKA/Science Photo Library/Getty

普通の風邪から致死的な出血熱まで、ヒトの疾患にはRNAウイルスによって引き起こされるものが多い。こうしたウイルスのほとんどは、哺乳類に感染する近縁種から生じたと考えられている1, 2ため、ウイルス探索研究は哺乳類と鳥類に的を絞ったものが多数を占めている3。しかし、RNAウイルスは地球上の生物の最終共通祖先よりも以前から存在していたと推測されている4, 5。ウイルスの長期的な進化を完全に理解しようとするなら、他の脊椎動物綱のRNAウイルスに関する詳細な遺伝情報がどうしても必要だ。今回、中国疾病対策予防センター(北京)、復旦大学(上海)およびシドニー大学(オーストラリア)に所属するMang Shi(施莽)らは、これまで未同定だった脊椎動物のRNAウイルスをさまざまな進化的タイムスケールから発見したことを、Nature 2018年4月12日号197ページで報告した6

研究チームは、「メタトランスクリプトーム塩基配列解読法」という、試料中の全RNAの塩基配列を明らかにする方法を用いて、脊椎動物186種に存在するウイルスを解析した。試料は、哺乳類と鳥類を除く全ての脊椎動物綱、すなわち、無顎魚類、軟骨魚類、硬骨魚類、両生類、および爬虫類から採取された。これらの試料からは合計214種のウイルスが発見され、それぞれの脊椎動物綱で同定されたRNAウイルスの数は劇的に増加した。例えば、両生類に感染するRNAウイルスはごくわずかしか知られていなかったが、今回20種以上が同定された7-9

また、今回の解析では、ウイルスの驚くべき生物多様性も明らかになった。哺乳類に感染することが知られるほぼ全てのRNAウイルスの科または属で、未知のウイルスが同定されたのだ。これらの中には、インフルエンザウイルス属やアレナウイルス属、フィロウイルス科など、ヒトに対する病原性が高く、魚類や両生類では過去に報告例のなかったウイルスも含まれている。

Shiらはこの情報を用いて、ウイルス同士の進化的関係を示す系統樹を構築した。その結果、RNAウイルスの系統関係は、概してウイルスの宿主である脊椎動物の系統関係に近いことが明らかになった。このことは、RNAウイルスが脊椎動物と似たような進化の軌跡をたどり、数億年にわたって宿主と共進化してきたことを示している(図1)。脊椎動物は5億年以上前に進化が始まり、複数の綱の魚類に分かれた後、その一部が両生類へと進化を遂げ、上陸するに至った(www.onezoom.org)。Shiらの知見から、哺乳類のRNAウイルスの起源はおそらく魚類に感染するウイルスであり、これが後に脊椎動物と一緒に陸に上がった可能性が高いと考えられる。

図1 RNAウイルスの進化をたどる
Shiら6が、さまざまな脊椎動物綱に感染するRNAウイルスの塩基配列を明らかにし、進化の系統樹を構築したところ、RNAウイルスが宿主の脊椎動物と共に分岐してきたことが示唆された(この図はウイルスの進化を総体的に示すために単純化してあり、Shiらが報告した進化の年代や種間伝播事象を正確に反映したものではない)。ブロック矢印は各脊椎動物綱を、黒矢印はウイルスの進化を表す。各ブロック矢印の起点は、その脊椎動物綱が前の綱から分岐した時期を示し、色の濃い部分の起点は、その綱の現生種の最終共通祖先が生じた時期を示している。各脊椎動物綱は独自のRNAウイルス群を有するが、時として種間伝播が起こる(破線矢印)。

Shiらはさらに、一部のウイルスが複数の宿主に感染できることも明らかにした。このことから、ウイルスは共進化したばかりでなく、宿主の種の壁を飛び越えられることが示された。実際、ヒトでのウイルスの大流行には、近年アフリカ西部で流行したエボラウイルスのように、動物からヒトへの伝播(種間伝播)で生じたものが多い10。種間伝播事象は、感染が限定的であったり、持続しなかったりする場合が多く、ウイルスが定着する能力は、宿主の違いを含むさまざまな要因に依存する11。従って、同一綱の脊椎動物間での伝播(例えば、哺乳類同士であるコウモリからヒトへ)の方が、異なる綱の脊椎動物間の伝播(例えば爬虫類から哺乳類へ)よりも起こりやすい。しかし、Shiらの系統分類から、ウイルスが脊椎動物の綱を飛び越え、その後の伝播にも成功して、何億年も存続する例が珍しくないことが明らかになった。

今回の研究は、脊椎動物ウイルスの進化に関する知識を著しく増大させたが限界もある。まず脊椎動物には、鳥類と哺乳類を除いても5万を超える種が存在する。今回の研究はこの手のものとして最大級であるとはいえ、Shiらが収集した試料はその0.5%にも満たない上に、条鰭魚類(現生の硬骨魚類の多数を含む)などの一般的な分類群に集中しており、両生類は比較的少ない。つまり、今回の知見はRNAウイルスの多様性全体のごく一部を示したにすぎないのだ。より詳細な進化的タイムスケールからRNAウイルスの試料を採取することによって、ウイルスの進化に関する我々の理解は深まっていくだろう。

今回の研究のもう1つの限界は、ウイルスの同定手法にある。この種の研究にはありがちなことだが、過去に塩基配列が明らかにされているウイルスとの遺伝的類似性に基づいて、新たなウイルスが同定されている。この戦略は偏りを生みかねず、検出できないウイルス群は丸々手つかずとなっている可能性がある。

最後に、ヒトに感染する恐れがあるRNAウイルスはごく一部に限られることが明らかになりつつある。その一方で、ヒトに感染するウイルスを出現させる要因は、十分には理解されていない。Shiらが示したように、系統解析は過去に起こった種間伝播を明らかにする強力なツールだが、宿主種の飛び越しやウイルスの出現を予測することはできない。種間伝播したウイルスの定着を左右する要因は非常に複雑なため、非ヒトウイルスの多様性をマッピングして疾患の出現を予測しようとしても、なかなかうまくいかないのだ12。今回のShiらの研究は、RNAウイルスの進化と多様性についてより根本的な理解をもたらすものであり、こうした研究は、将来のヒトへの影響を監視する上で極めて重要な情報を与えてくれるだろう。

脊椎動物の進化史の基礎が明らかになるまで何十年もかかった。RNAウイルスに関して、その膨大な多様性や、ヒトをはじめとする脊椎動物との複雑な関係を「理解しつつある」と自信を持って言えるようになるには、さらに長い時間を要するだろう。Shiらは、この目標に向かって突き進んでいくための刺激的な出発点をもたらしてくれた。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180730

原文

Backbone of RNA viruses uncovered
  • Nature (2018-04-12) | DOI: 10.1038/d41586-018-03923-w
  • Mark Zeller & Kristian G. Andersen
  • Mark Zeller & Kristian G. Andersenは、スクリプス研究所(米国)に所属。

参考文献

  1. Wolfe, N. D., Dunavan, C. P. & Diamond, J. Nature 447, 279–283 (2007).
  2. Woolhouse, M. E. J. & Brierley, L. Sci. Data 5, 180017 (2018).
  3. Olival, K. J. et al. Nature 546, 646–650 (2017).
  4. Holmes, E. C. J. Virol. 85, 5247–5251 (2011).
  5. Koonin, E. V., Senkevich, T. G. & Dolja, V. V. Biol. Direct 1, 29 (2006).
  6. Shi, M. et al. Nature 556, 197–202 (2018).
  7. Tristem, M., Herniou, E., Summers, K. & Cook, J. J. Virol. 70, 4864–4870 (1996).
  8. Reuter, G. et al. J. Gen. Virol. 96, 2607–2613 (2015).
  9. Ip, H. S., Lorch, J. M. & Blehert, D. S. Emerg. Microbes Infect. 5, e97 (2016).
  10. Holmes, E. C., Dudas, G., Rambaut, A. & Andersen, K. G. Nature 538, 193–200 (2016).
  11. Faria, N. R., Suchard, M. A., Rambaut, A., Streicker, D. G. & Lemey, P. Phil. Trans. R. Soc. B 368, 20120196 (2013).
  12. Geoghegan, J. L. & Holmes, E. C. Open Biol. 7, 170189 (2017).