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南極の真菌

南極に木材を分解する微生物などいないと思えるだろう。この氷の大陸には木がなく、腐敗を進めるような暖かく湿った環境もない。だが近年、20世紀初頭の南極探検家たちが建てた木造建築物に数種類の真菌が見つかった。これら異色の微生物の一部を実験室で培養した結果、これまで知られていなかった化学物質を作り出すことが分かった。

ミネソタ大学(米国)の森林病理学者Robert A. Blanchetteらは8回の南極遠征を行って、これらの真菌を採集した。真菌は、抗生物質ペニシリンや免疫抑制薬シクロスポリン、コレステロール低下薬ロバスタチンなど、多くの薬の基礎となっているので、Blanchetteは南極の真菌も有用分子を作るのではないかと考えた。そこで同大学の創薬デザインセンターの科学者Christine Salomonとチームを組んで真菌の産生物を分析した。Salomonは、過酷な環境に生息する微生物は「自分の縄張りを守る」必要があり、抗菌物質を作り出して他の真菌や細菌に対する競争優位を維持しているという仮説の検証に取り組んでいた。そうした化学物質は待望の医薬品になる可能性がある。

興味深い新規化学物質

Salomonは南極で採集したカドフォラ属(Cadophora)の真菌数種を培養し、これらが9種類の新規化合物を作り出すことをPhytochemistry 2018年4月号に報告した。ただし、どの化合物も人間に感染する病原菌を殺す効果は見られず、哺乳動物の2種類のがん細胞にも毒性を示さなかった。Salomonは「この結果は大きな驚きであると同時に、ある意味がっかりだった」と認めながらも、医薬品になる可能性が絶たれたわけではないという。

研究チームが調べた真菌の中に、「colomitide C」という化合物を大量に作り出す種があった。よく似た化合物を作り出す通常の真菌や細菌に比べると約1000倍の高濃度だという。未発表の研究では、この化合物がゼブラフィッシュで急速に再生している組織の成長を止め、腫瘍の急成長を阻害する作用があることをうかがわせている。研究チームはまた、colomitide Cがマウスの乳がん細胞の増殖を逆転させることを示す暫定的な証拠も発見した。共同研究者が現在、これらの発見の再現を試みている。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180706b