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体内の生細胞を探る最先端の顕微鏡

格子光シート顕微鏡法と補償光学という2つのイメージング技術を組み合わせた顕微鏡が開発され、生物の体内の生きた細胞の三次元映像を捉えることができた。2つの技術のうちの1つは、天体望遠鏡用に開発された技術である。

この手法は、生きている組織中の細胞を画像化するという長年の問題に取り組んだものだ。ハワード・ヒューズ医学研究所が創設したジャネリア・リサーチキャンパス(米国バージニア州アシュバーン)の物理学者で、この顕微鏡開発チームを率いたEric Betzigは、「光はさまざまな形状や物質と相互作用するため、隣の細胞と並んで存在する1つの細胞を捉えようとすることは、ビー玉袋の中で1つのビー玉を捉えようと目を凝らしているようなものです」と説明する。そのため従来の顕微鏡では、鮮明な画像を作り出すために、対象物をスライドグラス上に隔離したり、光(有害な可能性がある光量)を照射したりすることが多かった。

ゼブラフィッシュの24時間胚 Credit: MichalRenee/iStock /Getty Images Plus/Getty

しかし、「スライドグラスに隔離された細胞を観察することは、動物園に行ってライオンの行動を研究するようなもの」と、超高解像度蛍光顕微鏡の研究で2014年にノーベル化学賞を贈られたBetzigは言う(Nature ダイジェスト 2014年12月号「化学賞は細胞内部を観察できる顕微鏡の開発に」参照)。彼のチームはこのほど、細胞を本来生きている場所で観察できる技術を開発した。報告された映像には、ゼブラフィッシュ胚において内耳の外リンパ腔内を1つの免疫細胞が移動する様子を示したものもある。Betzigらは、この成果を2018年4月19日にScienceに発表した1

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の生化学者Tom Kornbergは「これまでは、機能を推測してから細胞構造を観察していましたが、この技術により機能している状態をいきなり見られるようになりました」と言う。

生きたまま

Betzigらは、従来の顕微鏡が用いている強い光の使用を避けた。強い光は生細胞に損傷を与えたり、細胞死を起こさせたりするからだ。代わりに、格子光シート顕微鏡法と呼ばれる技術を用いた。この顕微鏡法では、生きている組織に非常に薄いシート状の光を高速で上下に繰り返し通過させることで、細胞への損傷を最小限に抑えている。

さらにBetzigらは、細胞が存在する環境の画像に生じる歪みを補正するために、補償光学装置を用いた。彼らの手法は、天体望遠鏡の画像を補正するためによく用いられる技術の1つを基盤としたもので、標的組織全体にレーザーを照射し、レーザーが組織を通過する前後の光の形状を比較して、組織による光の歪みを形状可変鏡で打ち消す。それにより、顕微鏡は画像を補正でき、鮮明な画像が得られるわけだ(Nature ダイジェスト2015年5月号 「天文光学で生体イメージング」参照)。

この2つの技術により、生物の内部を観察でき、これまでにない分解能で三次元の細胞間の相互作用を捉えることができた。Betzigのこの顕微鏡システムは現在のところ3mのテーブルを占領するぐらいの大きさだが、研究チームはより小さく、より使いやすくすることに取り組んでいる。

南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)の生物物理学者Scott Fraserは「Betzigらのこの映像を不鮮明にした上に10コマごとにしか見られないぐらいにすると、私たちが今まで見ていた映像になるでしょう。Betzigらの新しい装置は、のぞいている鍵穴を広げただけではなく、鍵穴を窓に変えたのです」と言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180705

原文

Cutting-edge microscope spies on living cells inside the body
  • Nature (2018-04-19) | DOI: 10.1038/d41586-018-04760-7
  • Alex Fox

参考文献

  1. Liu, T-L. et al. Science 360, eaaq1392 (2018).