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ジャガーの牙が狙われている

Credit: Jalen Evans/EyeEm/Getty

2017年のクリスマスの翌日、カリブ海に臨むベリーズ最大の都市、ベリーズ市で、排水路にジャガーの死骸が浮かんでいるのが見つかった。死骸はほぼ無傷だったが、頭部には牙がなかった。翌年1月10日には同じ排水路で、頭部のないオセロットの死骸が発見された。オセロットはヒョウに似た斑紋がある中南米産の大型のヤマネコで、幼いジャガーと間違って殺害されたとみられた。

2つの事件は、野生生物の専門家の間で懸念されているジャガーの違法取引の拡大を示すものだ。ジャガーの体の一部を国際的に取引することは条約により禁止されているが、中南米の収集家たちは、長年、規制に違反してジャガーの牙や頭蓋骨、毛皮を珍重してきた。さらに近年、中南米諸国から中国への違法取引ルートが新たに浮かび上がってきた。中国伝統医学では昔からトラの体の一部が使われてきたが、取り締まりが厳しくなったため、代わりにジャガーの需要が高まっているようなのだ。

オックスフォード・ブルックス大学(英国)の生態学者Vincent Nijmanによると、野生生物の違法取引は、中国が請け負った国外での建設プロジェクトが終了した後に発生することが多いという。中国人労働者が帰国する際には、荷物を本国に送ったり持って帰ったりすることが許可されているからだ。「(中国で)大型ネコ科動物の体の一部に対する需要があり、アフリカ各地や中国以外のアジア諸国、南米などの地域の人々がそれを供給できる場合には、誰かが介入してこの需要を満たそうとするのです。このような取引は、中国人同士で行われることが多いのですが、近年、グローバル化しています」とNijmanは言う。

ボリビアではその通りの状況になっている。2014年8月~2015年2月には、合計186本のジャガーの牙が入った荷物8個が、中国への輸送中に押収された。そのうち7個は、ボリビア在住の中国人が発送したものだった。ボリビアの生物学者で、ジャガーの違法取引について研究しているAngela Núñezによると、2016年には、牙が入った荷物8個が輸送中に、120本の牙が入った荷物1個が中国で押収されたという。

この押収量を見ると100頭以上のジャガーが殺害された可能性があるが、確実な数は分からないとNúñezは言う。中国企業数社が進出しているボリビア北部では、ラジオ広告やチラシで、ジャガーの牙を1本当たり120~150ドル(約1.3万~1.7万円)で買い取ると呼び掛けられてきた。多くの地元住民の月収より高い金額だ。これまでにジャガーの体の一部を違法に取引したとして2人の中国人男性が逮捕されている。2014年に拘留された1人は、3年の執行猶予付きの判決を受けた。2016年に逮捕されたもう1人についてはまだ判決が出ていないが、直近の2回の法廷審問には姿を見せていない。Nijmanによると、世界的に見て、野生生物の違法取引に従事した者が刑罰を科されることはほとんどないという。「誰かが刑務所行きになれば、抑止力になるのですが」と彼は言う。

Núñezによると、ジャガーの縄張りは広いので、密猟されたジャガーの遺伝子を分析すれば、ボリビアの個体群のものかどうかを明らかにすることができるという。Nijmanの下で博士論文のための研究をしているブラジル人の生物学者Thais Morcattyは、こうした調査に興味を持っている。彼女によると、ブラジルでは室内装飾用のジャガーの毛皮の国内市場が形成されているが、ジャガーの体の一部はリオデジャネイロとサンパウロから海外に輸出されているという。

今から1世紀以上前には、ジャガーたちは米国南西部からパラグアイにかけての森林やサバンナや低木地をのんびり歩き回っていた。野生生物保護協会(米国ニューヨーク)のジャガーの保護プログラムのコーディネーターとして活動している野生生物生態学者のJohn Polisarは、森林伐採や人間によるその他の侵害行為(特に農業の拡大)により、ジャガーの生息地は半減したと指摘する。現在残っているジャガーの生息数の見積もりは、約6万頭とするものからその3倍程度とするものまで幅がある。

Polisarは、ジャガーの生息地が狭くなったことで獲物が減り、一部の地域ではジャガーが人や家畜と接触せざるを得なくなっていると言う。農民は、飼っている雌牛や子牛が野生動物に襲われると、ジャガーの仕業か明らかでなくても「報復」と称してジャガーを殺害することがある。野生ネコ科動物の国際保護組織パンセラ(Panthera)で南米北部のジャガー保護プログラムのディレクターを務めるEsteban Payánによると、ジャガーがさらされている一番の脅威は生息地の喪失だが、それに次ぐ脅威は農民による報復であるという。報復として殺害された野生生物の体の一部が散発的に違法に取引される場合があることは分かっているが、データが少ないため、そうした取引が組織的に行われているかどうかまでは分からない。

Payánは、人とジャガーとの共存を促すための方策を採り入れることで、ジャガーの殺害数を減らすことができると言う。例えば、森と牧草地の境界に電気柵を設置すればジャガーは入って来なくなるし、電気柵に電力を供給するソーラーパネルの設置により、農民の家庭で使う電球や小型冷蔵庫にも電力を供給できるようになり、彼らの生活は便利になる(H. Quigley et al. PARKS 21.1, 63–72; 2015)。

非営利組織ヤグアラ・パナマ(Yaguará Panamá)のディレクターである生物学者のRicardo Morenoは、コミュニティーや政策立案者と科学的な研究との間を取り持つことで、ジャガーを救おうとしている。Morenoは、政府が問題解決のためにインセンティブ(報酬)を提供してくれれば助けになるだろうと言う。現行の制度では、信用貸しで雌牛を購入した農民は、雌牛をジャガーに殺された後も返済を続けなければならない。家畜の管理が良いことを条件とする貸し付けを導入すれば、農民と貸し手にとってはもちろん、ジャガーにとっても利益になるはずだ。

一方、中南米の研究者や一部の官吏は、野生生物の違法取引に目を光らせている。ベリーズの環境省は、国内で殺害されたジャガーに関する情報の提供者に5000ドル(約55万円)の懸賞金を約束しているし、Polisarのグループは周辺地域のデータを収集している。

ボリビアの押収物と国際的な違法取引との間に関連があることは明らかだが、他の国でも違法取引と思われる事例が報告されているため、Payánはこれらが「氷山の一角」にすぎず、より大きな違法取引網が存在する可能性を懸念している。保全グループは、密猟組織の「暴力・資金・規模」に太刀打ちできない。「潜在的な脅威は非常に大きいのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180612

原文

China’s lust for jaguar fangs imperils big cats
  • Nature (2018-03-01) | DOI: 10.1038/d41586-018-02314-5
  • Barbara Fraser