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ダイヤモンドで実現した室温連続放射メーザー

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180632

原文:Nature (2018-03-22) | doi: 10.1038/d41586-018-03215-3 | A diamond age of masers

Ren-Bao Liu

レーザーのマイクロ波版であるメーザーは、動作する環境が特殊であるか、通常の環境で動作するものは連続的に放射を出せないために用途が限られていた。今回、ダイヤモンドを使い、室温で連続放射するメーザーが開発された。

メーザーはレーザーに似ているが、マイクロ波周波数で動作するデバイスであり、最初のメーザーは1954年に報告された1。レーザーの実現はその6年後に報告されたが2、メーザーはレーザーほど広く使われてこなかった。障害になったのは、メーザーの動作には高い真空か極端な低温(数ケルビン)のいずれかが必要なことだった。今回、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)のJonathan D. Breezeらは、周囲条件で連続的に動作する初めてのメーザーを実現し、Nature2018年3月22日号493ページで報告した3。こうしたデバイスは、マイクロ波計測学やマイクロ波通信、さらに量子多体系物理学の進歩につながる可能性がある。

メーザー(あるいはレーザー)の要となる構成要素は、利得媒質と呼ばれる物質だ。通常の物質では、電子は普通、最低エネルギー状態にあり、より高いエネルギー状態に飛び移ることで放射を吸収することができる。しかし、利得媒質では、電子分布は反転していて、最低状態よりも高いエネルギー状態により多くの電子がある。

利得媒質を通過する光子は、高いエネルギー状態にある電子と相互作用して電子を低いエネルギー状態へ飛び移らせ、同一の光子を放出させることができる。こうした光子が、鏡の間で往復するか、キャビティ(空洞)と呼ばれる閉じた金属構造に閉じ込められるなら、光子はその系から逃げ出すまでに何度も複製され、多数の同一の光子からなる巨視的な量子状態を作ることができる。このプロセスが、「放射の誘導放出によるマイクロ波(光)増幅」[microwave (light) amplification by stimulated emission of radiation]という、メーザー(レーザー)の名前の由来になっている。

電子に伴う小さな磁石(スピン)の方向の違いは、電子のスピン状態と呼ばれ、マイクロ波放出に相当する大きさのエネルギー差を持つ。しかし、スピン状態は、スピン・軌道結合と呼ばれる効果を通じて、原子の衝突、回転、振動の影響を受けやすい。研究者たちは、高真空条件と、アンモニア分子(最初に報告されたメーザー1)、水素原子、自由電子、ルビジウムガスなどの希薄な利得媒質を使って、メーザーにおける原子衝突をできる限り少なくしてきた4。一方、メーザーは、ルビーや、鉄をドープされたサファイアなどの固体利得媒質を使っても作られてきた。この場合は、(真空は必要ないが)原子振動を抑制するために極端な低温が必要になる4

窒素–空孔(NV)欠陥中心を含むダイヤモンドに、緑色レーザー光(波長532nm)を照射したところ。赤色の光はNV中心の蛍光に起因する。 | 拡大する

実際的な応用のためには、室温で動作する固体メーザーが望まれる。2012年、利得媒質が有機材料であるメーザーが報告され、この目標へのブレークスルーとなった。これは、ペンタセン分子をドープされた、化合物p-テルフェニルの結晶だった5。炭素、水素、酸素などの軽い原子は、スピン・軌道結合が弱い。これは有機材料中のスピンは比較的長い寿命を持つことを意味する。つまり、有機材料中のスピンは、異なる状態へ飛び移るまで、特定のエネルギー状態に長時間とどまることができる。

p-テルフェニルメーザーでの反転分布は、ペンタセン分子の電子を、光放射で104ヘルツよりも高いポンプ率でポンピング(励起)することによって達成された。しかし、有機材料はそうした光ポンピングに必要な強いレーザー放射に常に耐えられるわけではない。有機材料は融点が低く、光放射によって気化してしまい、熱伝導率も低いことが多い。このため、p-テルフェニルメーザーはマイクロ波を連続的に放射することはできず、パルスのみを出すことができた。

Breezeらはこれまでの研究を基礎に6-8、メーザーの利得媒質としてミリメートル大のダイヤモンドを使った(図1a)。ダイヤモンドは炭素原子からなるので、長いスピン寿命が期待される。Breezeらは、ダイヤモンドを銅キャビティに入れ、窒素空孔中心と呼ばれる欠陥をダイヤモンドに加えることにより、自由電子スピンを導入した。窒素空孔中心は、炭素原子に置き換わった窒素原子と、それに隣接していた炭素原子の欠落(空孔)からなる。1つの窒素空孔中心は、2つの不対電子を持ち、とり得るスピン状態は3つある(-1、0、+1で示される)9

Breezeらは、強く、一様な磁場をダイヤモンドに加え、-1状態のエネルギーが0状態よりも低くなるようにした。そして、レーザーを使って窒素空孔中心を0状態へ励起し、反転分布を達成した。窒素空孔中心は、-1状態に緩和するときに約9.2GHzのマイクロ波放射を出した(図1b)。

図1 ダイヤモンドメーザー
a Breezeらは、周囲条件で連続的に動作するマイクロ波レーザー(メーザー)を報告した3。彼らのメーザーは、キャビティと呼ばれる閉じた銅構造と、窒素空孔中心と呼ばれる欠陥を含んだ、ミリメートル大のダイヤモンドからなる。窒素空孔中心にはそれぞれ2つの不対電子があり、電子の磁気モーメント(スピン、青い矢印)は2つの方向のうちの1つを向く。窒素空孔中心は3つのスピン状態(-1、0、+1で示される)をとり得る。
b Breezeらは、ダイヤモンドに強い磁場(B)を加え、-1状態のエネルギーが0状態よりも低くなるようにした。そして、レーザーを使って、窒素空孔中心を0状態へ励起した。窒素空孔中心は-1状態に緩和し(黒い矢印)、その際、マイクロ波放射を出した(メーザー)。 (註:この図はメーザー動作の概略を説明するものであり、電子スピンの向きは、実際の磁場Bの方向と無関係に描かれている) | 拡大する

このメーザーは、少なくとも138mWのポンプパワーを必要とした。Breezeらの測定では、ポンプパワーが180mWのとき、窒素空孔中心のスピン寿命はp-テルフェニルメーザーでの電子のスピン寿命の約50倍であり、ポンプ率は約300Hzにすぎなかった。ダイヤモンドの熱伝導率が高い(p-テルフェニルの1万倍)おかげで、ポンプパワーを400mWに上げても、利得媒質の温度上昇は35℃にすぎなかった。このメーザーは、室温で最大10時間、パワーに目立った低下なく連続的に動作した。

メーザーが作るマイクロ波の周波数は非常に安定しているので、このデバイスは、時間計測、高精度分光、深宇宙通信や天体検出のためのマイクロ波増幅に応用できる。以前は室温で動作する固体メーザーがなかったため、例えば、水晶発振器と呼ばれる電子回路や10、超伝導量子干渉素子(SQUID)と呼ばれる高感度検出器11に基づいた、代わりのマイクロ波源と増幅器が開発された。これらも通常、低温を必要とする。このため、Breezeらの室温固体メーザーは、マイクロ波計測学とマイクロ波通信を様変わりさせるかもしれない。

ダイヤモンドは熱伝導率が高く、高温でのスピン寿命が長いため12、Breezeらのメーザーは、彼らが実証したよりも高いパワーでポンピングすることができ、放射強度と安定性の両方を改善できる可能性がある。しかし、このメーザーの性能は、強くて一様な磁場の必要性、レーザー加熱によって引き起こされる温度変動、ポンプレーザーから出力へのパワー変換効率の低さなど、さまざまな要因に束縛されている。これらの問題に対処するには、ダイヤモンドに似た物質で見つかった数種の欠陥を導入することや8、超放射レーザー13、反転分布なしのレーザー発振14など、他の研究分野からアイデアを得ることなどが考えられる。

最後に、Breezeらのメーザーは、量子多体系の物理を研究するプラットフォームになる可能性がある。窒素空孔中心のスピンは、寿命が長いだけではなく、コヒーレンス時間(スピンが、重ね合わせと呼ばれる、同時にいくつかの異なるエネルギー状態にあることができる時間)も長い9。このため、窒素空孔中心は、量子計算9や量子センシング15への応用を目指して集中的に研究されてきた。

Breezeらのメーザーでの、多数のスピンと多数のマイクロ波光子との相互作用により、半分スピン、半分光子の性質を持つ量子的な混合物が生じるかもしれない16-18。この混合物は、室温で巨視的な量子現象を研究する手段になる可能性がある。

さらに、もしもこのメーザーでのスピンコヒーレンス時間がキャビティの光子蓄積時間よりも長ければ、量子コヒーレンスは主にスピンが担っている、光子・スピン混合物が実現されるかもしれない。その結果得られるのは、Breezeらのメーザーと異なり、放出周波数がレーザー加熱による温度変動に影響されにくい、超放射メーザーだろう13

(翻訳:新庄直樹)

Ren-Bao Liuは、香港中文大学理学院物理系(中国)と 同大学量子コヒーレンスセンターに所属。

参考文献

  1. Gordon, J. P., Zeiger, H. J. & Townes, C. H. Phys. Rev. 95, 282–284 (1954).
  2. Maiman, T. H. Nature 187, 493–494 (1960).
  3. Breeze, J. D., Salvadori, E., Sathian, J., Alford, N. McN. & Kay, C. W. M. Nature 555, 493–496 (2018).
  4. Bertolotti, M. The History of the Laser (CRC, 2004).
  5. Oxborrow, M., Breeze, J. D. & Alford, N. M. Nature 488, 353–356 (2012).
  6. Jin, L. et al. Nature Communications 6, 8251 (2015).
  7. Poklonski, N. A. et al. Chin. Phys. Lett. 24, 2088–2090 (2007).
  8. Kraus, H. et al. Nature Phys. 10, 157–162 (2014).
  9. Doherty, M. W. et al. Phys. Rep. 528, 1–45 (2013).
  10. van Beek, J. T. M. & Puers, R. J. Micromech. Microeng. 22, 013001 (2012).
  11. Clarke, J. & Braginski, A. I. (eds) The SQUID Handbook: Fundamentals and Technology of SQUIDs and SQUID Systems Vol. I (Wiley, 2004).
  12. Toyli, D. M. et al. Phys. Rev. X 2, 031001 (2012).
  13. Bohnet, J. G. et al. Nature 484, 78–81 (2012).
  14. Scully, M. O., Zhu, S.-Y. & Gavrielides, A. Phys. Rev. Lett. 62, 2813–2816 (1989).
  15. Schirhagl, R., Chang, K., Loretz, M. & Degen, C. L. Annu. Rev. Phys. Chem. 65, 83–105 (2014).
  16. Zhang, X., Zou, C.-L, Jiang, L. & Tang, H. X. Phys. Rev. Lett. 113, 156401 (2014).
  17. Tabuchi, Y. et al. Phys. Rev. Lett. 113, 083603 (2014).
  18. Rose, B. C. et al. Phys. Rev. X 7, 031002 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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