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史上初の反物質輸送計画

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180510

原文:Nature (2018-02-22) | doi: 10.1038/d41586-018-02221-9 | Physicists plan antimatter’s first outing — in a van

Elizabeth Gibney

とどめておくことが難しい反物質を容器に貯蔵して輸送し、放射性原子核を調べる実験に利用する計画が始まった。

輸送された反陽子は、ISOLDE実験で生成した稀な放射性同位体物質の表面を調べるのに使われる。 | 拡大する

Julien Marius Ordan/CERN

反物質は生成してもすぐに物質と出会って対消滅してしまうことで知られるが、物理学者たちは反物質をかなり制御できるようになっていて、今では反物質を道具として利用することまで検討できるようになっている。2018年1月に欧州原子核研究機構(CERN;スイス・ジュネーブ郊外)で始まったプロジェクトでは、研究者たちは、CERN内の実験施設で作った反物質をトラックで別の実験施設に輸送して、稀な放射性原子核の奇妙な振る舞いを調べるのに利用しようとしている。研究の目標は、原子核の内部の基礎的な過程に関する理解を深め、宇宙で最も高密度の状態の物質からなる中性子星の内部を解き明かそうとする天体物理学者たちの力になることにある。

欧州原子核共同研究機構で始まるPUMA(anti-Proton Unstable Matter Annihilation;反陽子不安定物質対消滅)プロジェクトを率いるダルムシュタット工科大学(ドイツ)の物理学者Alexandre Obertelliは、「反物質自体はずっと前から研究されていましたが、ここにきてよく制御できるようになったため、反物質を利用した物質の研究に取り組めるようになったのです」と言う(Nature ダイジェスト 2017年11月号「反物質研究の最前線」参照)。

CERNの反陽子減速器は、陽子ビームを金属標的に衝突させて反陽子(陽子の鏡像に当たる、稀にしか存在しない反粒子)を作り、これを大幅に減速させて実験に利用できるようにする。Obertelliらは、磁場と電場を利用して真空中の反陽子の雲を閉じ込めることを計画している。それからこのトラップをトラックに積み込み、数百m離れたところにある隣の実験施設まで輸送する。ここで行われているISOLDE実験で作られる稀な放射性原子核は、生成した途端に崩壊してしまうため、どこにも持って行くことができない。インディアナ大学ブルーミントン校(米国)の理論原子核物理学者Charles Horowitzは、「反物質をトラックで輸送するなど、まるでSF小説のようです。素晴らしいアイデアです」と言う。

ミニチュアの中性子星

反陽子は陽子とも中性子とも対消滅を起こしやすいため、特異な構造を持つ放射性原子核を調べるのに利用できる。一般的な原子核がほぼ同数の陽子と中性子からなるのに対し、放射性同位元素は中性子を過剰に持っている。このような不均衡がある原子核では、陽子より中性子の方が多い表面の「中性子スキン」や、リチウム11で見られるような、原子核の周りを1個の中性子が大きく広がって回っている「中性子ハロー」などのエキゾチックな特徴が生じることがある(「反物質の輸送」参照)。研究チームは、反陽子が陽子と対消滅する頻度と、中性子と対消滅する頻度を観察することで、原子核の表面における陽子と中性子の相対密度を理解することができる。「最近になって知られるようになった、こうしたエキゾチックな原子核は、非常に興味深い構造を持っている可能性があるのですが、このような調べ方はできませんでした」とHorowitzは言う。

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SOURCE: PUMA

放射性原子核は、中性子星を理解するための小宇宙となる。中性子星は、太陽程度の質量が都市ほどの大きさに押しつぶされた天体であり、宇宙の重元素が形成される過程を解明するための鍵となる。超高密度の中性子星のコアがどのようになっているかはいまだに謎に包まれているが、その構造は、中性子過剰核で奇妙な現象を生み出している相互作用によって記述できると考えられている。ただし、この相互作用自体、いまだにほとんど解明されていない。韓国基礎科学研究院(大田)の原子核物理学者Panagiota Papakonstantinouは、「中性子スキンや中性子ハローを理解することが重要である理由の1つは、天体物理学の観測を最大限に活用したいからです」と言う。

Obertelliと共同研究者たちは10億個の反陽子を貯蔵できるトラップを作成したいと考えているが、これは既存の実験で貯蔵できる反陽子の数の100倍以上だ。もう1つの困難な挑戦は、反物質を一度に何週間も貯蔵することだが、現時点では数十個の反粒子についてしか成功していない。10億個の反陽子を数週間貯蔵するには、4ケルビンという極低温で、銀河間空間に匹敵する超高真空中で貯蔵しなければならない。CERNの反物質物理学者Chloé Malbrunotは、「非常に困難なプロジェクトです」と言う。「けれども不可能ではないと思います」。

持ち運びできるトラップの技術の開発と試験には4年ほどかかると予想され、最初の測定は2022年に予定されている。この手法がうまくいけば、物理学者は反物質をもっと遠くまで輸送できるようになり、CERNの反陽子生成施設の周りに集まった6つの実験に関与していない科学者でも、反物質を研究したり利用したりできるようになる。

「10億個の反陽子を作り、数週間貯蔵できることが実証されれば、すぐに、もっと多くの実験が参加してきて、新しいアイデアを持つ人々が集まるでしょう。これにより反物質研究は大きく広がると思います」とMalbrunotは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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