News & Views

うつ病の下地「バースト発火」が起こる仕組み

ニューロン(黄)間を埋めるように存在するアストロサイト(橙)は、ニューロンに必要な神経栄養因子を産生する他、シナプスで放出された伝達物質の取り込みにも関与することが知られている。赤は血管、灰はオリゴデンドロサイト、白はミクログリア。 Credit: JUAN GARTNER/SPL/Getty

私たちの日常生活は対抗する力によって形作られている。例えば、私たちは刺激によって動くか停止するかを決めるし、いろいろな出来事のせいで幸福を感じたり悲しんだりする。つまり、私たちの脳は「陰陽」系で設計され、これが行動を誘導し、気持ちに影響を及ぼす。中脳辺縁系のニューロンは報酬探索行動を促して、快楽的な結果をもたらす行動についての情報処理を助ける1-3。対照的に、外側手綱核(LHb)のニューロンは、有害な結果に関連する情報を符号化して、報酬探索を抑制する4-6。従って、これらの対抗する系のバランスが崩れると、私たちの行動に影響が表れる可能性がある。実際、最近得られた証拠により7、LHbの過活動が大うつ病などの気分障害に寄与することが示唆されている。今回、浙江大学(中国)のHailan Hu(胡海俊)が率いる研究グループが、LHb過活動の基礎となるメカニズムと、ケタミン(抗うつ効果が知られている麻薬)がこの状態を調節する仕組みを解明し、Nature 2018年2月15日号で2編の論文8,9として報告した。

1編目の論文(317ページ8ではYan Yang(楊艷)らが、2つのうつ病ラットモデルにおいて、LHbニューロンの発火活動を調べた。ニューロンの発火は細胞膜電位の脱分極によって起こる(静止状態では、細胞内部は周りの細胞外空間に対して負に帯電している)。細胞内が正常状態よりもさらに負になる状態の「過分極」は通常、ニューロン抑制に関連している。

Yangらは、ex vivoで脳切片を調べることによって、「うつ病」様のラットは対照のラットと比べて、急速バーストのパターンで発火する傾向がより高いことを示した。また彼らは、LHbニューロンが過分極になると、安定した連発発火よりもバースト発火を起こす可能性が高くなることも観察した。Yangらはさらに、LHbニューロンで遺伝子操作により過分極を誘発すると、バースト発火が起こり、それによってラットのうつ様行動が増加することも示した。

Yangらは次に、このバースト発火を調節する信号を調べた。脳の他の領域では、バースト発火はN-メチル-d-アスパラギン酸受容体(NMDAR)によって制御されていることが報告されている10。NMDARは膜貫通チャネルタンパク質で、活性化すると正に帯電したカルシウムイオンをニューロン内に流入させ、脱分極とニューロン発火を引き起こす。Yangらは、LHbニューロンのバースト発火にはNMDARともう1つの別の種類のタンパク質、電位感受性T型カルシウムチャネル(T-VSCC)の活動が必要であることを突き止めた。

NMDARを抑制すれば、バーストを防ぐことができるのだろうか? NMDAR抑制剤であるケタミンは、ヒトの即効性抗うつ薬として有望視されており(最短で30分で効果が表れる11)、現在、差し迫った自殺のリスクを抱える大うつ病患者の治療薬として臨床試験中である。ケタミンの作用機序は科学者たちにとって謎だった。意外にも、Yangらは、LHbへのケタミンの局所注入がうつ様傾向のラットで抗うつ様反応を引き起こすことを発見した。これらの知見から、ケタミンの治療効果の少なくとも一部は、LHbでバースト発火を妨げる能力に関係している可能性があると考えられる。

2編目の論文(323ページ9ではYihui Cui(崔一卉)らが、うつ状態にあるとき、LHbニューロンがバーストモードで発火しやすくなる機構に注目した。CuiらはLHbで異なる発現をするタンパク質の大規模解析を行った。これによって、カリウムイオン(K+)チャネルの構成要素であるKir4.1の発現が、うつ様傾向があるラットのLHbでは対照ラットと比べて増加していることを明らかにした。

Kir4.1は、アストロサイトという細胞で発現している。アストロサイトはニューロンと相互作用してニューロンの活動状態に影響を与える12(しかし、そのような相互作用の機能的意味はまだよく分かっていない)。研究者たちは、LHbのアストロサイトでKir4.1の過剰発現が起こると、局所のニューロンのバースト発火が増加して、マウスでうつ様行動を引き起こすことを示した。逆に、うつ傾向のラットでKir4.1の発現を抑えると、LHbニューロンのバースト発火が減少して、ラットのうつ様行動が緩和された。

アストロサイトのKir4.1含有チャネルはどのようにニューロンの活動を調節するのだろうか? ニューロンは、細胞質からK+を細胞外空間に排出して、過分極を引き起こすことができる。CuiらはLHbのアストロサイトのK+チャネルが、細胞外K+の除去を助けるという証拠を示している。これによってLHbのニューロン周囲のK+の濃度が下がると、ニューロンはK+を排出するため過分極状態となり、バースト発火を起こしやすくなる(図1)。今後の研究で、LHbのアストロサイトが他のやり方でニューロンと相互作用して、ニューロンの活動パターンに影響を及ぼすかどうかを調べる必要があるだろう。

図1 うつ病におけるバースト発火
a 膜貫通N-メチル-d-アスパラギン酸受容体(NMDAR)の活性化は、ニューロン(静止状態では内部は外部に対して負に帯電している)を脱分極させるカルシウムイオン(Ca2+)の流入を引き起こし、これによって発火が起こる。また、Ca2+流入はK+チャネルタンパク質を介するカリウムイオン(K+)の流出を引き起こす。Yangら8は、脳の外側手綱核(LHb)では、NMDARと電位感受性T型カルシウムチャネル(T-VSCC)の協調的活動によって、急速バーストのパターンでニューロン発火が起こり、そのような発火が未知のメカニズムによりラットでうつ様症状を引き起こすことを示した。
b Cuiら9は、ニューロンの周囲のK+が、K+チャネル(タンパク質Kir4.1を含む)を発現しているアストロサイトと呼ばれる近傍の細胞によって迅速に除去されることを示した。これによってニューロンからは速やかにK+が流出するため、ニューロンは過分極状態になり、バースト発火を起こしやすくなる8

これらの2編の論文を合わせると、LHbでのうつ病に関連するニューロン発火のパターンと、ケタミンによるその調節に関する重要な手掛かりが得られる。しかし、LHbニューロンのバースト発火が齧歯動物でうつ様行動を増加させる理由はまだ明らかになっていない。Yangらによって提唱された1つの仮説は、LHbニューロンが、中脳辺縁系の報酬に関連するドーパミンニューロンと、中脳の気分に関連するセロトニンニューロンに抑制的な影響を及ぼすというものである。おそらく、LHbニューロンのバースト発火がその下流の神経伝達物質系の活動を変化させるために、気分を向上させる作用が鈍り、その結果、うつ状態になりやすくなるのだろう。この仮説や他の機序を検証するには、さらなる実験が必要だろう。また、嫌悪と関連する刺激を符号化するドーパミンニューロンとセロトニンニューロンの亜集団の関与の可能性も考慮しなければならない13

今回の2つの研究には、治療に関連する知見がいくつかある。まず、Cuiらのデータは、アストロサイトが気分と動機に関わる脳システムの調節に重要な役割を持つ可能性を示している。アストロサイトの機能を疾病状態と結び付けた以前の研究では、主に神経変性疾患と発達障害に焦点が合わされていた14,15が、今回の論文では、アストロサイトの活動の調節が、精神疾患治療の1つの方法となるかもしれないことを示唆している。

第2に、Yangらは、直接LHbに投与されたT-VSCC遮断薬が、ケタミンの作用と同様の、抗うつ剤のような効果を持つことを示した。これによって、LHbバースト発火を抑制するT-VSCC遮断薬やその他の化合物が、効果的な抗うつ剤となるかもしれないという興味深い可能性が浮上する。

最後に、これらの論文はケタミンがヒトで急速な抗うつ作用を引き起こすメカニズムについて可能性のある説明を示した。ケタミンとその代謝物質は脳内のニューロン間のシナプス結合の形成を誘発する16-18。このプロセスは、ケタミンによる治療効果に重要だと考えられている。今回の研究結果は、ケタミンの別の特性(嫌悪と否定的な気分に関与するとされている脳領域でバースト発火を抑制する能力)もまた効力に寄与しており、速やかな作用の発現はこの特性によることも示唆している。このたび得られた知見から、ケタミンの作用に手掛かりを得た次世代抗うつ剤の開発が促進されるかもしれない。そうした薬剤は、LHb活動を特異的に標的とするもので、ケタミンやその他のNMDAR遮断薬の2つの主要な副作用(乱用の可能性と、一時的な統合失調症様精神状態の誘発)をなくすことができる可能性がある。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180528

原文

Burst firing sets the stage for depression
  • Nature (2018-02-15) | DOI: 10.1038/d41586-018-01588-z
  • William M. Howe & Paul J. Kenny
  • William M. Howe & Paul J. Kennyは、マウント・サイナイ医科大学アイカーン医学系大学院(米国ニューヨーク)に所属。

参考文献

  1. Berridge, K. C. & Robinson, T. E. Brain Res. Brain Res. Rev. 28, 309–369 (1998).
  2. Di Chiara, G. & Bassareo, V. Curr. Opin. Pharmacol. 7, 69–76 (2007).
  3. Schultz, W. Neuron 36, 241–263 (2002).
  4. Christoph, G. R., Leonzio, R. J. & Wilcox, K. S. J. Neurosci. 6, 613–619 (1986).
  5. Ji, H. & Shepard, P. D. J. Neurosci. 27, 6923–6930 (2007).
  6. Matsumoto, M. & Hikosaka, O. Nature 447, 1111–1115 (2007).
  7. Sartorius, A. et al. Biol. Psychiatry 67, e9–e11 (2010).
  8. Yang, Y. et al. Nature 554, 317–322 (2018).
  9. Cui, Y. et al. Nature 554, 323–327 (2018).
  10. Grace, A. A., Floresco, S. B., Goto, Y. & Lodge, D. J. Trends Neurosci. 30, 220–227 (2007).
  11. Berman, R. M. et al. Biol. Psychiatry 47, 351–354 (2000).
  12. Halassa, M. M. & Haydon, P. G. Annu. Rev. Physiol. 72, 335-355 (2010).
  13. Lammel, S., Ion, D. I., Roeper, J. & Melenka, R. C. Neuron 70, 855–862 (2011).
  14. Molofsky, A. V. et al. Genes Dev. 26, 891–907 (2012).
  15. Ransom, B., Behar, T. & Nedergaard, M. Trends Neurosci. 26, 520–522 (2003).
  16. Autry, A. E. et al. Nature 475, 91–95 (2011).
  17. Zanos, P. et al. Nature 533, 481–486 (2016).
  18. Li, N. et al. Science 329, 959–964 (2010).