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致死的ウイルスの改変実験を解禁

インフルエンザウイルスは実験室で改変できる。 Credit: Science Picture Co / Getty

米国政府は、特定の病原体の致死性もしくは感染力を高めるような「機能獲得」実験への研究助成金の交付を禁止していたが、論議を呼んだこの措置が最近解除された。米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)が2017年12月19日、連邦政府からの助成金を使って再びインフルエンザウイルスなどの病原体を対象とする機能獲得実験が実施できるようになると発表したのである。ただしNIHによれば、助成金申請は従来以上に精査されることになるという。

その目標は、「我々が真に望む、正しいことをやっていると確信できる厳正なプロセス」を標準化することだと、NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins)は話す。

このNIHの発表によって、2014年10月に始まった、機能獲得研究への助成金交付の一時禁止措置は終了する。禁止措置の開始当時には、対象範囲が広すぎるという意見が一部の研究者から出ていた。インフルエンザや重症急性呼吸器症候群、中東呼吸器症候群(MERS)の原因ウイルスに関する研究が含まれていたからだ。この一時禁止措置によって停止した21件のプロジェクトの中には、季節性インフルエンザの研究やワクチン開発の取り組みが含まれていた。NIHは最終的に、これら21件のうち10件については、助成金を用いての研究続行を許可したが、MERSを扱う3件とインフルエンザを扱う8件は米国政府の助成金交付の対象外となったままだった。

一時禁止措置の実施期間中、NIHや他の政府関係当局は、この種の機能獲得研究を可能にした場合のコストと利益について検討を重ねた。2016年には、NIHを統括する米国保健社会福祉省(DHHS)への勧告を行う第三者委員会であるバイオセキュリティー国家科学諮問委員会(NSABB)が、政府が過去に助成金を交付した機能獲得実験のうち、公衆衛生を脅かしたものはほとんどなかったと結論付けた。

今回の新しい方針では、申請のあった研究のうち、パンデミックになる可能性を秘めた病原体を作り出す危険性のあるものをHHSが評価するために使う枠組みを示している。そうした研究の中には、より多くの種に感染するようにウイルスを改変するものや、自然界では根絶された天然痘などの病原体を再現するものが含まれると考えられる。ただし例外もあり、ワクチン開発や疫学調査は必ずしもHHSの審査の対象とはならない。

今回の計画書には、HHSが検討すべきだとされる要素のリストが含まれている。例えば、プロジェクトのリスクと利益の評価や、当該の研究者や研究機関がその研究を安全に行えるかどうかの判断などだ。また計画書では、同じ成果を達成するのに、より安全な代替手法がない場合にだけ実験を進めるべきだとも述べている。

こうした評価プロセスの最終段階で、HHSは当該研究の着手を勧告するか、計画を修正するよう研究チームに要請するか、もしくはNIHに対して助成金を交付しないよう提言する。NIHも、助成金を交付するかどうかを決める前に、提案された実験の科学的メリットを判断する。

機能獲得研究のメリットについては長年議論が交わされており、今回の禁止措置解除の決定を受けてこの議論も再燃しそうである。

ウィスコンシン大学マディソン校(米国)と東京大学医科学研究所に所属するウイルス学者、河岡義裕は、助成金交付の一時禁止によって影響を受けた研究者の1人であり、今回の新しい枠組みは「重要な成果」だと話す。河岡は、鳥インフルエンザウイルスのどのような分子変化が鳥からヒトへの感染を起こしやすくするかを研究しており、現在は、生きたウイルスを使った実験に対する助成金交付の申請を計画中である。

一方で、ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の疫学者Marc Lipsitchは、機能獲得研究は「パンデミックに対する備えの向上に、これまでほとんど役立っていません。むしろ、偶発的にパンデミックを作り出してしまう恐れすらありました」と話す。

Lipsitchは、そのような実験はやるべきではないと考えている。しかし、米国政府がそうした実験に助成金を交付することになるのなら、格別に厳しい審査があってしかるべきだと彼は話す。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180409

原文

US government lifts ban on risky pathogen research
  • Nature (2018-01-04) | DOI: 10.1038/d41586-017-08837-7
  • Sara Reardon