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クローンサルの作出に初めて成功

チョンチョン(中中)と名付けられたカニクイザルの仔。初めて作製されたクローンサルのうちの1匹である。 Credit: QIANG SUN/MU-MING POO/CAS

中国科学院神経科学研究所(ION;上海)の生物学者Zhen Liu(劉真)らは2018年1月24日付のCellで、クローン霊長類の作出に世界で初めて成功したことを発表した(Z. Liu et al. Cell http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2018.01.020)。作製には体細胞核移植が用いられた。遺伝物質を除去した卵にドナー細胞のDNAを注入するこの方法で、クローン羊のドリーをはじめ、20種以上のクローン動物が作出されてきたが、生きた霊長類クローンを作り出すことにはこれまで成功していなかった。

Liuらは、今回の技術を改良して、遺伝的に同一の非ヒト霊長類集団を作り出し、がんなどのヒト疾患のより優れた動物モデルとして提供できるようにしたいと考えている。さらに、この技術をCRISPR–Cas9などの遺伝子編集ツールと組み合わせることで、パーキンソン病などのヒト疾患の脳モデルとなる遺伝子改変非ヒト霊長類の作製も可能になるかもしれない。

「この論文はまさに、生物医学研究の新しい時代の始まりを示しています」と、IONで脳障害を研究している神経科学者Zhi-Qi Xiong(熊志奇)は言う。彼は、今回のクローン作製プロジェクトには関与していない。

今回の成果を受けて、この技術を使ってヒトクローンの作製が行われるのではないかなど、科学者だけでなく一般の人からも懸念が高まっている。この研究の共著者で、ION所長であるMu-Ming Poo(蒲慕明)は「技術的な面では、ヒトクローンの作製に対する障害はありません」と言う。しかし、IONの関心は、研究用の非ヒト霊長類クローンの作製にしかなく、Pooは「私たちは遺伝的に同一のサルを作製したいのです。それが私たちの唯一の目的です」と説明する。

クローン霊長類を作出しようと、標準的なクローニング技術である体細胞核移植を用いて多くの試みがなされてきたが、これまで一度も成功していなかった。IONの研究者で、今回の研究を率いたQiang Sun(孫強)とSunの研究室の博士研究員であるLiuは、他のグループが開発した技術をいくつか組み合わせることで、この手順を最適化した。そうした工夫の1つが、胚細胞が特定の細胞になる際に起こる「DNAの化学修飾」を消去することだった。胎児由来の細胞のDNAを用いた方が、仔サル由来の細胞のDNAを用いたときよりもクローン胚の初期発生が正常に進んだ。

そこで、胎児細胞を用いて109のクローン胚を作製し、その4分の3近くを21匹の代理母サルに移植した。その結果、6匹のサルが妊娠した。そして、2匹のカニクイザル(Macaca fascicularis) が誕生した。現在、チョンチョン(中中)は8週齢で、ホアホア(華華)は6週齢である。Pooによれば、2匹とも今までのところ健康そうだという。現在IONは、さらに6匹のクローンの誕生を待っている。

オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)のクローン作製の専門家であるShoukhrat Mitalipovは、中国の研究チームの成果について「素晴らしい快挙だ」と言う。「それがどれほど困難なことか私は知っています」。クローンサル作出に挑み続けてきたMitalipovは、2000年代に1万5000個以上のサル卵を使っただろうと言う。彼は、ヒトクローン胚やサルクローン胚から幹細胞株を作製することはできたが、妊娠した霊長類から仔を誕生させることはできなかった。

クローン動物は、ヒト疾患の研究モデルとして用いるに当たり、非クローン動物にはない重要な利点がいくつかある。例えば非クローン動物の実験では、試験群と対照群の差異が治療によるものか、遺伝的多様性によるものかを判断することは難しいと、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の計算神経生物学者Terry Sejnowskiは言う。「クローン動物で研究を行えば、遺伝的背景の多様性を大きく減少させられるので、より少数の動物で研究が行えます」と彼は言う。

パーキンソン病の研究

非ヒト霊長類の脳は、ヒトの精神疾患や神経変性疾患を研究するための最高のモデルであるとSejnowskiは言う。またPooは、クローンサルを作製できるようになれば、ほとんどの国で減少している霊長類研究が復活するかもしれないと言う。「現在は数百匹のサルを用いるパーキンソン病の実験を、たった10匹のクローンサルで実施できる可能性があります」。

IONの神経科学者Hung-Chun Chang(張洪鈞)は、「ヒトの遺伝性疾患の研究に非ヒト霊長類の脳を利用できるようにするために、霊長類のクローン作製技術に直ちに遺伝子編集ツールが組み合わされることでしょう。遺伝子編集はすでに発生中のサル胚に用いられていますが、一部の細胞が編集されないために結果に影響を及ぼし得るという問題が、まだ解決できていません」と言う。

クローン作製の際に、ドナー細胞核を編集し、その後、卵に注入すれば、遺伝子編集クローンサルを作製できる。Pooは、概日リズム障害やパーキンソン病のモデルとなるよう遺伝子編集を行った細胞に由来するクローンサルが、1年以内に誕生すると期待している。

霊長類研究の将来性に後押しされて、上海市は国際霊長類研究センターのための大規模な財政的支援を計画しており、数カ月以内に正式な発表が行われると予想されている。このセンターは、世界中の科学者のためにクローン作製を行う予定である。「このセンターは霊長類神経生物学のCERN(欧州原子核研究機構)になるでしょう。薬剤の試験にクローンサルを使いたいという製薬会社からの要望がすでに数多く寄せられています」とPooは言う。

ヒトクローンを作製することには倫理的な問題があるため、ほとんどの生殖生物学者は、この技術を使用してヒトクローンを作製しようとはみじんも考えていない。だが、私的なクリニックで用いられることがあるかもしれないと、Mitalipovは心配している。

中国には、ヒトの生殖目的のクローニング(ヒトクローン個体を生み出すこと)を禁止する指針はあるが、厳しい法律はない。また、幹細胞を治療に使用する際の規制が実際に実施されているかどうかについても、不十分な記録が1つあるだけだ。それに、生殖クローニングを禁止していない国(米国もそうした国の1つ)もある。「生殖クローニングを阻止するためには早急な規制が必要です。社会はこの問題にもっと注意を払うべきです」とPooは指摘する。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180413

原文

First monkeys cloned with technique that made Dolly the sheep
  • Nature (2018-01-25) | DOI: 10.1038/d41586-018-01027-z
  • David Cyranoski