鍼治療の臨床試験で論争再燃
2017年12月7日、米国テキサス州で開催されたサンアントニオ乳がんシンポジウムで、腫瘍専門医らが行った発表によると、全米11カ所のがんセンターで乳がんのホルモン療法を受けている226人の女性患者を対象として鍼治療の臨床試験を行ったところ、本物の鍼治療を受けた患者では、治療の副作用として生じる痛みが有意に緩和されたという。彼らは、がん患者の命を救うホルモン療法に伴う痛みが鍼治療で緩和されて患者がホルモン療法を継続できるようになることで、患者の生存率を改善できる可能性があると考えている。しかし懐疑的な人々は、鍼治療において完全に厳密な二重盲検試験を行うことはほぼ不可能だと批判する。
鍼治療への関心が高まったのは、疼痛緩和に、不快な副作用と強い中毒性があることで知られるオピオイド鎮痛薬を用いることに対する懸念からであった。そうした状況から、米国の多くのがんセンターは疼痛緩和のための補完医療を提供しており、米国立がん研究所から指定を受けているがんセンターの90%近くが、患者に鍼治療を試すことを提案し、70%強が副作用の治療として鍼治療を行っている1。エール大学医学系大学院の神経科医Steven Novellaなどの懐疑的な人々は、この事実を非常に残念に思っている。彼は、鍼治療には科学的根拠がなく、鍼治療の推奨は「患者に魔法が効くと言うようなものだ」と批判する。
そうした批判はあるものの、コロンビア大学医療センター(米国ニューヨーク州)の腫瘍専門医Dawn Hershmanは、乳がんの治療に一般的に用いられるホルモン療法剤の1つであるアロマターゼ阻害薬が引き起こす痛みを鍼治療で緩和できるかどうか調べることにした。アロマターゼ阻害薬は閉経後のホルモン感受性乳がん患者に使用され、エストロゲン濃度を低下させることで乳がん細胞の増殖を抑える効果があり、5〜10年の継続服用により、がんの再発リスクを低下させることが知られている。しかし残念ながら、特に関節炎に似た痛みを引き起こすという副作用のため、半数近くの患者が規則的に服用しなくなったり、服用をやめたりしてしまうという問題が生じている。
意味のある疼痛緩和
小規模な臨床試験で肯定的な結果が出たのを受けて2、Hershmanらは大規模な臨床試験に着手した。参加した226人の女性患者を3つのグループに割り振り、1番目のグループには本物の鍼治療を、2番目のグループには経穴(つぼ)ではない箇所に鍼を打つ偽の鍼治療を行い、3番目のグループには治療を行わなかった。また、鍼師たちを訓練して常に同じ治療を行えるようにし3、患者には痛みの記録を依頼した。
6週間の治療コースの後、本物の鍼治療を受けたグループでは、他の2グループに比べ、0から10までのスケールで評価する「最悪の痛み」が約1ポイント低くなっていた。これは統計的に有意な効果で、デュロキセチン(ホルモン療法を受ける乳がん患者の痛みを緩和するために用いられる抗うつ薬)などの効果よりも大きかった4。また、痛みが2ポイント以上改善した(Hershmanはこれを「臨床的に意味のある」変化とする)患者の割合は、どちらの対照群でも30%前後だったが、本物の鍼治療を受けたグループでは58%と、ほぼ2倍であった。さらに、デュロキセチンの場合とは違い、鍼治療の効果は治療コースの終了後も持続した。Hershmanはこれらの結果から、鍼治療はデュロキセチンやオピオイド鎮痛薬などの処方薬の「合理的な代案」であると結論付けた。
ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の疼痛管理方針研究のディレクターで、Pain Medicineの編集長であるRollin Gallagherは、この臨床試験を歓迎する。「現在、鍼治療の臨床試験から中~高レベルのエビデンスが得られており、今回の結果もその1つと言えます」。
プラセボ効果?
しかし、懐疑的な人々は研究を批判している。エクセター大学(英国)の名誉教授で補完医療の専門家であるEdzard Ernstは、臨床試験がどんなに厳密に行われたとしても、鍼師は自分が本物の治療をしているか偽の治療をしているかを知っていて、このことが患者の反応に影響を及ぼした可能性があると批判する。「今回の臨床試験もまた、鍼治療が『劇場型プラセボ』であることを示唆するものなのだと思います」。
しかし、スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク州)の統合医療チーフのJun Maoは、参加者自身にどんな治療を受けているかが分かってしまう、緩和ケアや認知行動療法、運動などの手法を用いる研究に比べれば、今回のような鍼治療の臨床試験はよく盲検化されていると言う。にもかかわらず、懐疑的な人々は「前者の臨床試験の結果は簡単に受け入れるのに、鍼治療については特別視しています。たったこれだけの論拠で鍼治療の全体を否定するのは公平ではありません」と彼は指摘する。
Hershmanは、懐疑的な人々の懸念により、患者にとって最善なものが何であるかが見えなくなる恐れがあると考えている。「恐ろしい毒性を生じ得る薬を使う治療の方が良い、ということも問題です」と彼女は言う。「私たちは可能な限り厳密な方法で鍼治療の研究を行いました。つまるところ、ホルモン療法剤を服用し続けることができたり、患者のクオリティー・オブ・ライフ(QOL;生活の質)を改善できたりするなら、鍼治療を行う価値はあるのです」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180309
原文
Acupuncture in cancer study reignites debate about controversial technique- Nature (2017-12-14) | DOI: 10.1038/d41586-017-08309-y
- Jo Marchant
参考文献
- Yun, H. J., Sun,L. & Mao, J. J. J. Natl Cancer Inst. Monogr. 2017, lgx004 (2017).
- Crew, K. D. et al. J. Clin. Oncol. 28,1154–1160 (2010).
- Greenlee, H. et al. J. Acupunct. Meridian Stud. 8, 152–158 (2015).
- Henry, N. L. et al. J. Clin. Oncol. http://dx.doi.org/10.1200/JCO.2017.74.6651 (2017).
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