学術界サバイバル術入門 — Training 1:学術出版のすすめ
① 研究結果の出版が重要な理由
まずは、学術出版の役割について考えてみましょう。そもそも、論文を出版する必要があるのでしょうか。また学術出版は、研究者にどのような恩恵をもたらすのでしょうか。私が強調したいのは、論文の出版とは、研究において不可欠かつ最終的な段階である、ということです。研究結果は、それが重要かどうかの前に、誰かに知られなければ影響力を全く持ちません。従って、あなたの研究結果を他の研究者に伝えることが、あなたの研究分野を前進させるために必須なのです。
「研究結果を出版する場所は重要ですか」と、私が主催するワークショップでよく聞かれます。出版の場は、研究成果の影響力を強めるのに重要です。そのためには、世界中の同分野の研究者の目に触れやすいプラットフォームに発表する必要があります。そのプラットフォームの認知度が高いほど、読まれる見込みが高くなるからです。
② 学術誌の役割
しかし、インターネットで何でも検索できる今、研究成果を学術誌に発表する必要があるのでしょうか。オンラインで掲示すれば十分と考える科学者もいることでしょう。確かに、著者にとっては効率的で簡単に思えます。しかし、読者の側からは便利とは言い難いでしょう。
学術誌とは美術館のキュレーターのようなものだと、私は考えています。美術作品を見に行きたくなったとき、展示の形式が異なる2つの美術館があるとします。一方は制限が全くない美術館で、誰もがそこに来て自分の作品を展示することができます。この美術館には完全な自由があるので、非常に質の高い芸術作品もあれば、稚拙な素人作品もあります。作品は整理されていないので、興味の湧く作品を探し出すには、長い時間と努力が必要でしょう。
もう一方の美術館はキュレートされています。つまり、美術の専門家により厳選された、質の高い作品だけが展示されているのです。さらに、作品はジャンルや時代によって分類されています。例えば、ある展示室では20世紀の日本の作品が、また別の展示室では19世紀のフランスの作品が見られる、という具合です。
あなたなら、どちらの美術館に行きますか? ほとんどの人が後者の美術館を選ぶと思います。その理由は「鑑賞しやすいから」です。興味の湧く作品を簡単に見つけることができ、その美術作品は質の高いものだと確信を持って鑑賞できるからです。
学術出版において学術誌が担う役割もそれと同じで、学術誌は科学文献のキュレーターです。科学者が学術誌に論文を投稿すると、学術誌の編集者や査読者たちが、その研究が出版に値する質と関連性を有するかどうかを検討します。一方、学術誌の読者は、探しているものを短時間で見つけることができ、自分の研究に関連があって役に立つと確信できるわけです。
学術出版社の役割は、出版される論文を「ふるいにかける」ことと「改善する」ことであり、この活動が、科学的記録の蓄積に役立っています。学術誌に投稿された研究論文がその学術誌の領域に当てはまるかどうかを最初に検討するのは、編集者です。彼らは、互いを裏付ける同様の研究同士をグループ化していきます。この活動により、読者も自分の研究に関連するものを見つけやすくなります。例えば、気象学者は、Nature Climate Changeで発表された研究ならば、自身の研究におそらく関連していて興味の持てるものだろうと考えるわけです。有用な研究を探すのにインターネット上をくまなく漁る必要がなくなり、時間を節約できるのです。
編集者は次に、その分野の専門家(査読者)の意見を聞いて研究を評価します。そして著者に、ロバストネス(堅牢性)と透明性という点において、論文原稿をさらに改善する方法を提案します。こうした過程を踏んで出版にこぎ着けた論文は、品質が最高のものとなっただけでなく、再現性も増進されているのです。
③ 投稿先の重要性
では、研究を発表する学術誌を選ぶ際に、用心すべき事項はあるのでしょうか。もちろんイエスです。過去10~15年間に、オープンアクセス出版が多くの関心を集め、人気を獲得してきました。この出版モデルでは、論文原稿の出版が認められた後に著者が論文掲載料(APC)の支払いを求められることが一般的です。
オープンアクセス形式で出版された論文は、世界中の誰もが自由にアクセスできるようになります。科学をより透明で開かれたものにすることへの関心が高まっている今日、多くの国や研究助成金提供機関は、この出版モデルをサポート、あるいは奨励しています。また、発展途上国の多くは学術誌の購読料を支払う余裕がなく、そうした国々の研究者が読むことができるのは、オープンアクセス形式で出版された論文のみです。つまり、オープンアクセス出版により、論文が読まれやすくなるのです。読まれるほどに世界的なインパクトは大きくなりますから、著者の国際的な評価の向上につながるという仕組みです。
しかし中には、オープンアクセス出版を騙り、研究者から金銭をだまし取ろうとする輩もいます。彼らは、怪しい出版社を立ち上げて、いわゆる「ハゲタカ(捕食)学術誌」を発行しています。ハゲタカ学術誌は、論文を選別したり改善したりしない代わりに、掲載料さえ払えば迅速かつ簡単に論文を発表できると著者に約束します。こうした学術誌が査読を行うことはまずなく、投稿されたものを何でも掲載するため、前述のような「真の学術誌」とは言えません。査読を受けていない研究論文は、その研究分野に害を及ぼすだけではなく、著者たちにも不利益をもたらします。このような学術誌は品質が十分でないため、研究者が論文検索に使う主要なデータベースにインデックスされません。つまり、ハゲタカ学術誌で論文を発表しても、その研究は検索結果に上らないのです。そして、著者は同じ研究を2度発表できないため、その研究は誰にも見られることなく埋もれてしまい、望んでいたようなインパクトを与えることも、認知されることもありません。
幸いなことに、上質なオープンアクセス学術誌を見つけることは難しくありません。まず、評価の高い出版社が発行する学術誌を探してください。例えば、Springer Nature、Elsevier、Wiley などが発行する学術誌です。そこから、評価の高い編集者や編集委員がいる学術誌を探します。学術誌は、Web of Science、Scopus、PubMed、Directory of Open Access Journalsなど、評判の良いオンラインデータベースにインデックスされている必要もあります。最後のポイントは、論文原稿の査読があり、APCの支払いが「掲載が正式に決まった後」であることです。こうした条件に合う学術誌は、あなたの研究を他の研究者の目に留まらせることのできる「高品質で信頼できるプラットフォーム」のはずです。
まとめ
学術出版は研究者を支え、科学の進歩を促すことにおいて中心的役割を果たすものとお分かりいただけたでしょうか。信頼できる学術誌は、掲載論文が分野ごとに関連していることと、質の高い研究であることを保証します。一方で科学者は、投稿先の学術誌を慎重に評価する必要があります。あなたの研究がその分野の進歩においてインパクトを与えるためには、不可欠な作業なのです。
ジェフリー・ローベンズ(Jeffrey Robens)
ネイチャー・リサーチにて編集開発マネージャーを務める。ペンシルべニア大学でPhD取得後、シンガポールおよび日本の研究所や大学に勤務。自然科学分野で多数の論文発表と受賞の経験を持つ研究者でもある。学術界での20年にわたる経験を生かし、研究者を対象に論文の質の向上や、研究のインパクトを最大にするノウハウを提供することを目的とした「Nature Masterclasses」ワークショップを世界各国で開催している。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180330