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「他者」の空間位置を把握する場所細胞

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180302

原文:Nature (2018-01-12) | doi: 10.1038/d41586-018-00484-w | ‘Bat-nav’ reveals how the brain tracks other animals

Alison Abbott

コウモリとラットで行われた2つの実験で、動物が自己の空間位置を把握するのに用いている脳内のナビゲーションシステムが、他者の場所や動きも捉えていることが示唆された。

動物が「他者」の動きを観察するとき、 脳内では何が起こっているのか。 | 拡大する

Seregraff/iStock/Getty Images Plus/GETTY

動物の脳内ナビゲーションシステムについては、さまざまな機能を担う神経細胞(ニューロン)がすでに複数発見されているが、これまでの成果はいずれも「自己」の空間認知に関するものだった。そんな中、イスラエルの研究チームは今回、コウモリの脳で、同種他個体や物体などの「他者」の動きを把握するように特殊化したと見られるニューロンを突き止めた1。これらの細胞は、自己の場所を表現する「場所細胞」と同じく「海馬」と呼ばれる脳領域に存在している。また、日本の研究チームも、ラットの海馬が、自己の空間認知だけでなく他者の空間位置の把握にも使われていることを見いだした2。これら2つの成果は共に、Science 2018年1月12日号で報告された。この思いがけない知見は、哺乳類の脳の複雑なナビゲーションシステムをさらに踏み込んで解明するための足掛かりとなる。

動物は、脳内の異なる種類のニューロンが出す信号をいくつも組み合わせることで、自己の空間内での位置を把握していると考えられている。例えば、海馬にある場所細胞や嗅内皮質(海馬に隣接する脳領域)にある「グリッド細胞」は、動物が特定の場所に来ると信号を出す。他にも、頭の向きに反応してコンパスの役割をする細胞や、速度に反応する細胞が明らかになっている(Nature ダイジェスト 2015年2月号「コウモリの3Dナビシステム」、同9月号「『速度計』ニューロンがラットの脳で見つかった」参照)。

今回の2つの報告が注目される点は、自己ではなく他者の動きに反応する細胞を初めて発見したことだ。コウモリもラットも社会性の動物であり、ヒトと同様に集団内の他の個体と交流したり、互いに学び合ったり、一緒に移動したりできるよう、仲間の場所を知ることが必要である。「当然、他者の場所も脳のどこかで符号化されているはずです。それが今回、自己の場所を把握するのと同じ脳領域で行われているらしいと分かりました。実に興味深いです」と語るのは、ノルウェー科学技術大学カブリシステム神経科学研究所(トロンハイム)のEdvard Moserだ。彼は、グリッド細胞の発見者の1人であり、その功績で2014年にノーベル医学生理学賞を受賞している(Nature ダイジェスト 2014年12月号「空間認知に関わる脳細胞の発見に医学生理学賞」参照)。

仲間の動きを把握する

動物が他の個体の動きを観察するとき、脳内では何が起こっているのか。その答えを見つけるべく、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)の神経生物学者Nachum Ulanovskyらは、エジプトルーセットオオコウモリ(Rousettus aegyptiacus)で観察学習課題実験を行った。2頭1組にして、まず一方(観察者)を始点にとどまらせ、もう一方(実演者)が部屋の反対側にある2つの着地点のいずれかへ飛んで行き、戻ってくる様子を観察させた。次に、少し時間を置いて観察者にも飛行をさせ、実演者と同じ経路をたどった場合にのみ報酬を与えた。これを繰り返すうち、観察者は報酬を期待して実演者の飛行をしっかり観察するようになった。観察者の海馬には電極が埋め込まれており、Ulanovskyらはこれによって課題実行中のニューロン活動を記録した。

その結果、コウモリの脳には、自己の場所に対応して活動する標準的な場所細胞の他に、他者の場所に対応して活動する別の細胞群があることが明らかになり、Ulanovskyらはこれらの細胞を「社会的場所細胞」と名付けた。次に、実演者の代わりにコウモリサイズのプラスチック製の物体を移動させ、同種他個体と無生物の物体とで観察中の脳活動にどのような違いが生じるか調べたところ、物体の場所を特異的に表現するさらに別の細胞群が見つかった。

これら3つの細胞群にはかなりの重複が見られ、例えば、自己の場所と他者の場所の両方を表現する細胞や、他者の場所と物体の場所の両方を表現する細胞もあった。「おそらく、これらが全て組み合わさって1つのポピュレーションコードを構築し、近くを動いている動物や物体のうち、どれが一番重要で注意を払うべきかを判断しているのでしょう」とUlanovskyは説明する。

一方、理化学研究所脳科学総合研究センター(BSI;埼玉県和光市)の藤澤茂義らは、ラットで他者の位置を把握する脳細胞を探すため、T迷路を用いた他者観察課題実験を行った。その結果、コウモリと同様、ラットの脳でも標準的な場所細胞とは別に、他者の場所に対応して活動する別の細胞群が存在することが明らかになった。また、こうした細胞の中には、自己の場所と他者の場所を同時に表現しているものが数多くあったことから、藤澤らはこれを「同時場所細胞」と名付けた。この細胞群はさらに、他者の場所をより強く表現する「他者場所細胞」や、自己か他者かに関係なくその空間的な位置に反応する「共通場所細胞」などに分類されるという。標準的な場所細胞がそうであるように、今回ラットで発見された他者の空間認知システムもまた、ヒトを含む他の哺乳類に備わっている可能性が高いと藤澤らは考えている。

今回報告された社会的場所細胞や同時場所細胞が、同種の他個体の動きを把握するためだけのものなのか、それとも、あらゆる物体の移動軌跡を符号化する海馬細胞系の一部なのかはまだ明らかでない、とMoserは語る。「でも、いずれにしてもワクワクする話です」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Omer, D. B., Maimon, S. R., Las, L. & Ulanovsky, N. Science 359, 219–224 (2018).
  2. Danjo, T., Toyoizumi, T. & Fujisawa, S. Science 359, 213–218 (2018).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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