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大気の微量成分からエネルギーを得る南極の微生物

南極大陸が完全に氷で覆われているわけではないと聞くと、意外に思う人もいるかもしれない。無氷地帯は南極大陸の0.4%に満たないが1、この地域の土壌の大部分は、水浸しから超乾燥状態まで、一般的な生物にとって過酷な条件が混在した状態であり、南極半島を別にすれば、この極端な土壌条件により多細胞植物の生育は阻まれている。その結果、南極大陸の寒冷な砂漠地帯では、重要な生態系サービスの多くが細菌によって提供されている。極めて重要なエネルギー捕捉過程の1つに、光によるシアノバクテリアの光合成がある。この過程では、大気中の二酸化炭素ガスがこの微生物の有機分子に固定される2。今回、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)のMukan Jiらは、南極の極限的な(シアノバクテリアが少ない、または全く存在しない)陸上環境では、光合成とは異なるエネルギー捕捉機構が働いている可能性を示し、これまでほとんど知られていなかったこの機構について、Nature 2017年12月21日号400ページに報告した3

南極の土壌には、光合成を行う微生物がほとんど存在しないのが普通だ。例えば、研究チームが試料を採取した地域の土壌では、微生物の塩基配列の中でシアノバクテリアが占める割合は0.3%に満たない。そのような土壌において、また特に岩石を伴う環境では、細菌が生化学的循環の主な駆動者だと考えられているが、南極の土壌で進行している代謝過程のエネルギー源は明らかにされていなかった4

Jiらは、先進的なゲノム解析や微量ガスの酸化を監視する機能的アッセイ、化学分析、エネルギー収支モデルを組み合わせて用いることにより、南極外縁部の砂漠土壌など、極めて不毛な一部の低温土壌が、これまで正しく認識されていなかった南極微生物の好気的エネルギー獲得様式を支えていることを明らかにした。研究チームは、大気中の水素と一酸化炭素の酸化に依存する生物学的エネルギー捕捉過程が南極の微生物群集を支えていると考えた。気体の水素と一酸化炭素は、大気中のガス全体の1%にも満たないことから、「微量ガス」と呼ばれる。

研究チームは、南極の2つの場所(ロビンソン・リッジとアダムズ平原)の土壌試料数点からDNA塩基配列データセットを得て、複雑な手法を用いることにより、土壌中の重要な微生物の概要ゲノム配列を部分的に再構築した。この概要ゲノム配列には、アクチノバクテリア門、クロロフレクサス門、プロテオバクテリア門、アシドバクテリア門の他、WPS-2およびAD3というあまり知られていない土壌微生物群のものも含まれている(図1)。この2種は、実験室で培養に成功した例はない。

図1 南極ロビンソン・リッジ土壌の細菌群が大気中の微量ガスからエネルギーを得る仕組み(仮説)
5つの門に属する微生物は全て、大気中の水素から好気呼吸によってエネルギーを生むことができる。中には大気中の一酸化炭素を利用できるもの(アクチノバクテリア門、AD3)や、大気中の二酸化炭素を化学的に固定できるもの(アクチノバクテリア門、AD3、WPS-2)もいることが分かった。この微生物群たちはまた、土壌中に含まれる微量の有機炭素も呼吸により取り込み、生物に利用可能な形にしていると考えられる。 Credit: ref.3

研究チームは試料中試料に多く含まれる微生物種の代謝ポテンシャルを分析するため、概要ゲノム配列を元に、同定した遺伝子の機能を推測してアノテーションし、代謝経路についても推測した。すると、特に興味深い3種類の遺伝子が広く認められた。これらの遺伝子は、それぞれ高親和性ヒドロゲナーゼ、CoxLSM(高親和性一酸化炭素デヒドロゲナーゼ)、そしてタイプIEのRuBisCO(ルビスコ;CO2固定酵素)として知られ、エネルギーを発生させる細胞経路で微量ガスの酸化を支える酵素をコードしている。

これらの酵素は、微量ガスの酸化過程でカギを握っていると考えられる。実際にその役割は生化学的分析によって裏付けられた。同一の土壌試料が、CO2固定量の増加に伴って、理論上細菌の持続的な活動に十分な量の水素と一酸化炭素を高い再現性で取り込むことを、著者らは示したのだ。また、固定過程は光によって促進されなかったことから、光合成過程の関与がないことも示された。

しかし、このような知見を解釈する場合には注意が必要なこともある。研究チームが用いたゲノム解析手法は、大量に存在する生物に偏る場合がある5。シアノバクテリアの存在量が少なかったとしても、カギとなる生態系サービスに大きく貢献している可能性はある。研究チームによれば、光合成と論文で示した微量ガス代謝は、南極の土壌で同時に行われている可能性があり、主となる過程は、利用可能な水の量など、物理化学的な要因に依存する可能性が高いという。

Jiらは、この生体エネルギー論的機構の証拠が、南極の一部の局地化・特殊化された極限的な環境に限定されていることも指摘している。しかし、南極のマクマードドライバレー(図2)と呼ばれる乾燥土壌地域で採取された試料から得られた複数の微生物DNA塩基配列データセット(一般に公開されている)の中に、この代謝過程に必要な遺伝子を見いだしており、微量ガスは広域において微生物の生命活動のエネルギー源となっている可能性があると考えている。しかし、この現象がこれまで南極の土壌中から見いだされることがなかったのは、なぜだろう。考えられる理由は、この特別な生理機能を示す生物が南極の土壌から培養された例がないこと、そして、それほど極端でない環境の砂漠土壌では、主となるエネルギー獲得過程はシアノバクテリアの光合成であることだ6

図2 南極のマクマードドライバレー
Jiらが提案している過程1に関連する遺伝子はここで採取された微生物試料のDNA塩基配列データセットにも存在する。 Credit: YANN ARTHUS-BERTRAND/GETTY

水素と一酸化炭素の代謝によるエネルギー生成は、過去に観察例がある7。基本的に嫌気性(無酸素)の条件下ではあるが、さまざまな微生物が、唯一のエネルギー源として水素を利用することによって、CO2固定を支えている。Geobacter sulfurreducensなどの細菌8は、唯一のエネルギー源として大気中の一酸化炭素をかき集めることができ9、深海底下の堆積物などの、別の極限的な絶対嫌気性環境には、一酸化炭素デヒドロゲナーゼ遺伝子が広く存在する10

Jiらが提案した好気的エネルギー獲得過程が微生物群集の維持に十分なものである可能性については、懐疑論があるかもしれない。冷たく澄んだ南極の大気中に生物の支持に十分なレベルの水素と一酸化炭素が存在するということは、直観的には考えにくいと思われる。研究チームは、ロビンソン・リッジやアダムズ平原の試料採取地点における局地的な大気中ガス濃度を示していないが、水素と一酸化炭素の酸化が理論的には南極土壌の微生物個体群のエネルギー必要量を支持できるという計算結果を示している。

こうした環境に棲息する生物は必ずしも活発ではなく、年間のかなりの期間で細胞が不活性な状態にあることは、留意に値する。総年間代謝期間(生物が代謝的に活性状態でいられる期間)は、温暖な気候の湿潤な土壌では何千時間にも上るのに対し、数百時間にすぎない可能性もある。ことによると、細胞分裂にかかる時間も、こうした環境では数日から数カ月を要するのかもしれない(さほど極端でない環境下では、細胞分裂にかかる時間は数分から数時間)。

今回提案された生理機能を明確に証明するには、最終的にはこの機能を持つ微生物を単離して実験室で培養するとともに、その微生物が水素と一酸化炭素をエネルギー源として利用し増殖できることをin vivoで示すことが必要と考えられる。Jiらの知見について、とりわけ宇宙生物学者にとって特に興味深いのは、存在可能と考えられているぎりぎりの場所に生息する生物の生存およびエネルギー充足機構の理解に新たな観点を加えていることだ。この研究結果は、他の極限的な環境での水素代謝の分布に関する今後の研究を刺激する可能性もある。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180334

原文

Energy from thin air
  • Nature (2017-12-21) | DOI: 10.1038/d41586-017-07579-w
  • Don A. Cowan & Thulani P. Makhalanyane
  • Don A. Cowan & Thulani P. Makhalanyaneは、プレトリア大学微生物生態学ゲノミクスセンター遺伝学科(南アフリカ)に所属。

参考文献

  1. Bockheim, J. G. in Antarctic Terrestrial Microbiology (ed. Cowan, D. A.) Ch. 16 (Springer, 2014).
  2. Cary, S. C., McDonald, I., Barrett, J. E. & Cowan, D. A. Nature Microbiol. Rev. 8, 129–138 (2010).
  3. Ji, M. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature25014 (2017).
  4. Chan, Y., Van Nostrand, J. D., Zhou, J., Pointing, S. B. & Farrell, R. L. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 8990–8995 (2013).
  5. Wu, Y.-W., Tang, Y.-H., Tringe, S. G., Simmons, B. A. & Singer, S. W. Microbiome 2, 26 (2014).
  6. Wood, S. A., Rueckert, A., Cowan, D. A. & Cary, S. C. ISME J. 2, 308–320 (2008).
  7. Conrad, R. Microbiol. Rev. 60, 609–640 (1996).
  8. Geelhoed, J. S., Henstra, A. M. & Stams, A. J. M. Appl. Microbiol. Biotechnol. 100, 997–1007 (2016).
  9. Lalonde, I. & Constant, P. Appl. Environ. Microbiol. 82, 1324–1333 (2016).
  10. Hoshino, T. & Inagaki, F. Lett. Appl. Microbiol. 64, 355–363 (2017).