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気分障害を脳内埋込み装置で治療する臨床試験

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180210

原文:Nature (2017-11-30) | doi: 10.1038/nature.2017.23031 | AI-controlled brain implants for mood disorders tested in people

Sara Reardon

DARPAから資金提供を受けている研究チームが、気分障害やPTSDの患者を脳内埋込み装置を使って治療する試験を始めている。この装置はAIで制御され、神経活動を記録して、自動的に脳を刺激する。

脳内埋込み装置はてんかんと運動異常の治療に使用されている。 | 拡大する

BSIP/UIG/GETTY

人間の感情と行動に同調した電気パルスを発生する脳内埋込み装置の、初めての臨床試験が行われている。米国国防総省の研究部門である米国国防高等研究計画局(DARPA)が研究資金を提供している2つの研究チームが、気分障害に関連するパターンをアルゴリズムを使って検出する「閉ループ」脳内埋込み装置の予備臨床試験を始めたのだ。これらの装置は医師からの入力なしに脳にショックを与え、脳を健全な状態に戻すことができる可能性があるという。

2017年11月に米国ワシントンD.C.で開かれた北米神経科学学会(SfN)の会議で発表されたこの研究は、将来、現在の治療法では効果がない重度の精神障害を治療する方法となるかもしれない。しかし、この研究は厄介な倫理的問題も提起する。特に、この技術によって、研究者がリアルタイムで被験者の内部感情にある程度アクセスできるようになる可能性があるからだ。

電気パルスを発して神経活動を変化させる脳内埋込み装置を使った一般的な手法は、脳深部刺激療法として知られている。この方法は、運動異常の治療に使用されているが、気分障害に対してはあまり効果がない。初期の臨床結果では、脳の特定の領域に定常的に刺激を与えると慢性的うつ状態を緩和できる可能性があることが示唆されたが、90人のうつ病患者を対象とした大規模研究では、1年後に全く改善が見られなかったことが2017年11月に報告された(P. E. Holtzheimer et al. Lancet Psychiatry 4, 839–849)。

DARPAから研究資金を得ているプロジェクトに関係する科学者たちは、以前の試みが失敗した症例でも自分たちの研究ならば成功するかもしれないと言う。彼らの脳内埋込み装置は精神疾患の治療専用に設計されており、必要なときにだけスイッチが入る仕組みになっているからだ。「私たちは、現在の技術の限界に関して多くのことを学んできました」とカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF;米国)の神経科学者で、一方のプロジェクトのリーダーを務めるEdward Changは言う。

DARPAはChangの研究チームと、マサチューセッツ総合病院(MGH;米国ボストン)のチームを支援している。最終的な目標は、うつ病と心的外傷後ストレス症候群(PTSD)に苦しむ軍人や退役軍人を治療することだ。それぞれのチームは、脳が刺激されたときに脳全体に起こる活動を追跡するための埋込み式電極システムの作製を目指している。両チームは、発作を追跡するためにすでに脳内に電極を埋め込まれているてんかん患者で実験を行って、自分たちの技術を開発中だ。

SfNの会議で、Changのチームと共に研究を行っている南カリフォルニア大学(米国ロサンゼルス)の電気技術研究者Omid Saniは、時間経過に伴って気分がどのように脳内で符号化されるかを初めてマッピングしたと発表した。彼らはてんかん治療のために電極を埋め込まれた6人を対象に研究を行い、1~3週間にわたって彼らの脳の活動と気分を追跡した。この2種類の情報を比較することによって、その人の気分の変化を「解読する」ためのアルゴリズムを作り上げることができた。特に気分に関連している脳領域に、いくつかの大まかなパターンが現れた。

Saniによれば、Changのチームは、新しい単一閉ループシステムを試験する準備ができていると言う。Changはさらに、彼のチームはすでにヒトで閉ループ刺激を試験したことがあると付け加えているが、まだ予備的な実験の結果であるため、詳細を明らかにすることはできないと述べた。

一方、MGHチームは異なるアプローチを取っている。研究者たちは、特定の気分や精神疾患を検出するのではなく、集中力の欠如や感情移入ができないなど、いくつかの異常が現れているときに見られる行動と関連する脳活動をマッピングしようとしている。SfN会議で彼らは、(数字の絵をマッチさせたり顔に浮かぶ感情を特定したりするなどの)決められた課題に取り組んでいる最中に気持ちが逸れると脳を刺激するアルゴリズムについて、試験の結果を報告した。

研究者たちは、意思決定と感情に関わる脳領域に電気パルスを送ると、被験者の成績が顕著に向上することを発見した。また研究チームは、忘れっぽいことや気持ちが逸らされたことが原因で、決められた課題をうまくできなくなったり、課題をこなす速度が遅くなり始めたりするときに起こるヒトの脳の活動をマッピングし、それを刺激によって回復させた。彼らは現在、脳活動の特定のパターンを引き金として使用して、自動的に脳を刺激するアルゴリズムの試験を始めている。

ベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)の精神科医Wayne Goodmanは、閉ループ刺激が気分障害に対する実行可能な長期的治療となることを証明したいと考えている。根拠の1つは、アルゴリズムにある。最新世代のものは、より個別化されていて、医師の判断ではなく生理的信号に基づいて学習するからだ。「適切に働かせるためには、多くの調整が必要です」とGoodmanは言う。彼は、強迫神経障害の治療に閉ループ刺激を使った小規模治験を始めようとしている。

気分に関連している脳領域を刺激するときの1つの難題は、他の全ての感情を圧倒するほど至福感を生み出してしまう可能性があることだと彼は言う。他の倫理的な問題も生じてくる。閉ループ刺激で使用されるアルゴリズムによって、行動や顔の表情などであらわになる感情だけでなく、被験者の気分さえも研究者に分かってしまうためだ。「私たちは被験者の感情を符号化する活動にアクセスできるようになるでしょう」と、MGHチームの工学部門の主任で精神科医のAlik Widgeは言う。ChangとGoodmanのチームと同じく、Widgeのチームも神経倫理学者と共にこの研究に関係する倫理問題に取り組んでいる。

だが、Changのチームや他のチームが開発している技術は、気分障害のより良い治療に向かう第一歩にすぎないとChangは言う。彼は、脳内埋込み装置の治験データは、頭蓋骨を通して脳を刺激する療法を開発する助けになるかもしれないと予想する。「私たちは初めて、再発が起こったときに患者の脳内で何が起こっているかを知ることができる窓を開けることができるようになるでしょう」と彼は話す。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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