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先端技術研究開発に活路を探る英国

英国の財務大臣フィリップ・ハモンド氏は、企業の研究開発に関する税額控除を引き上げると発表。 Credit: WPA Pool/Getty Images News/Getty

英国政府は、2019年の欧州連合(EU)離脱に向けた準備を進める中、英国の研究開発費の国内総生産(GDP)比を大幅に引き上げ、人工知能などの高度先端技術の研究開発により一層の研究費を投入することで経済成長を促す、などとする長期計画を、2017年11月に発表した。

この長期計画は「産業戦略」(Industrial Strategy)と呼ばれ、英国の労働生産性(労働時間当たりのGDP)と収益力を向上させることを目的にしている。英国の労働生産性は、世界金融危機以降、伸びが止まり、他の先進国との差が開いていた。

英国政府は産業戦略の中で、研究開発費の総額(官民の合計)をGDP比で2015年の1.7%から2027年に2.4%へ大幅に押し上げる目標を明確にした。ちなみに、日本の研究開発費総額はGDP比で3.5%、ドイツは2.9%、米国は2.8%だ(いずれも2015年)。

すでに英国政府は2016年、政府負担の研究開発費を2020/21年度まで増額し、4年間で計47億ポンド(約7100億円)の増額を行うことを約束している。同政府は2017年11月、その増額を2021/22年度も続け、その前年度と比べてさらに5億ポンド(約760億円)増やして総額125億ポンド(約1兆9000億円)にすることも併せて発表した。

一方、同政府は、企業の研究開発費を増やすために、今後数カ月間で産業界と協力して指針を作ると約束した。英国の財務大臣フィリップ・ハモンドは、今回の産業戦略の一部として、企業の研究開発に関する税額控除を現在の11%から12%へ引き上げることを発表した。

今回の産業戦略は、多額の研究資金を投入する分野を選定している。特に(1)人工知能とビッグデータ、(2)クリーンな成長、(3)交通の未来、(4)高齢化社会のニーズへの対応、の4分野を「グランド・チャレンジ」(最重要課題)と位置付けた。こうした重点分野などに、産業戦略チャレンジ基金(ISCF)を通じて、今後4年間で計7億2500万ポンド(約1100億円)の新たな研究資金が与えられる。ISCFは、2016年にスタートした研究資金助成プログラムで、すでに10億ポンド(約1500億円)の資金が割り当てられている(Nature ダイジェスト 2017年10月号「英国で影響力増す『イノベートUK』」参照)。

一方、人工知能やその関連分野の博士号取得者を少なくとも年間200人増やすため、博士課程学生を2020/21年度までに増やす施策に4500万ポンド(約68億円)が使われる。また、大学に直接分配され、その自由裁量で使うことができる研究資金の増額も約束された。この研究資金は、学術的で基礎的な研究にとっては不可欠だが、2010年からほとんど増えないままだった。さらに、詳細は不明だが、学際的な研究を支援する競争的資金の創設が表明されている。これは、ノーベル賞を受賞した遺伝学者Paul Nurseが2015年の報告書で提案していたアイデアだ。

この産業戦略には、産業部門ごとに生産性の向上や技術革新を進める計画「セクター・ディール」も盛り込まれた。当面の対象は生命科学、建設業、人工知能、自動車産業だ。

科学研究が、英国の経済政策文書の中心になることはこれまでほとんどなかった。それだけに、ロンドン大学ユニバーシティカレッジの科学政策研究者Graeme Reidは「この戦略は科学研究に関する言及でいっぱいです」と驚く。

歴史的に見れば、英国の大学は研究の商業化に長けているとはみられていない。サセックス大学(英国ブライトン)科学政策研究ユニットの副ユニット長であるPaul Nightingaleは、「科学が重視されれば、期待も膨らむのが道理です。研究開発費増額のリターンとして、大学は、研究の商業化への注力と、地域の企業との交流を増やすことが期待されるでしょう。これは、大学研究に『ひも』がくくりつけられたというレベルの話ではありません。ひもというよりも『綱』です。多くの大学教官と話した私の印象では、これがどれだけ大きな変化か、彼らは理解していません」と話す。

今回の産業戦略には、技術開発に関する計画が盛りだくさんだが、英国のマンチェスタービジネススクールの科学政策研究者Kieron Flanaganは「政府には、それら全てを政府内部で管理する能力はないでしょう」と指摘する。結局、「UKリサーチ・アンド・イノベーション」(UKRI)がより大きな責任を担うことになるだろう、とFlanaganは考えている。UKRIは、既存および新規の9つの英国の研究資金助成団体の活動を統合する組織として2018年に発足する新組織だ。「もしもUKRIが、産業界でのさらに多くの研究開発の方向をコントロールすることになったら、UKRIは研究資金の助成において、比類なく強力な野獣のような組織になるでしょう」と彼は話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180213

原文

United Kingdom relies on science to revive flagging economy
  • Nature (2017-11-30) | DOI: 10.1038/nature.2017.23043
  • Elizabeth Gibney