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中国が中国伝統医学の規制を緩和

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180208

原文:Nature (2017-11-30) | doi: 10.1038/nature.2017.23038 | China to roll back regulations for traditional medicine despite safety concerns

David Cyranoski

中国伝統医学で用いられる薬について、臨床試験なしで承認する計画を表明した中国政府に対し、科学者たちは、人々を危険にさらす恐れがあると危惧している。

中国伝統医薬の調合法の中には、数千年の時間をかけて開発されたものもある。 | 拡大する

Christian Keenan/Getty

中国伝統医学(中医学)は、今後、中国政府からの手厚い支援を受けることになる。習近平国家主席は代替医療である中医学を中国の科学遺産の「宝石」と呼び、政府として中薬(中医学で用いられる薬)と西洋薬(西洋医学で用いられる薬)に同等の支援を行うことを約束した。そして今、中国が中医学の推進に向けて大きな一歩を踏み出そうとしているのと同時に、研究者らの中医学への懸念も高まっている。2018年初頭から、中国の中薬はヒトへの安全性と有効性を確かめるために行われる臨床試験を実施する必要がなくなるかもしれないのだ。

2017年10月に中国食品薬品監督管理総局(CFDA)が発表した規制の草案によると、中薬の製造者が基本的に中医学の伝統的な手法に従って成分を調合する限りにおいて、多大な費用と時間を要する臨床試験を行う必要はなくなるという。承認された製造法のリストは、国家中医薬管理局とCFDAが作成することになっている。

中国政府は高価な西洋薬に代わる薬として中薬を強力に促進してきた。中医師たちは、中薬の製造企業が医薬品の承認を得て患者に提供するのが容易になるとして、新しい方針を歓迎している。香港大学中医薬学院のLixing Lao(労力行)は、伝統的に使用されてきた中薬についてはヒトでの臨床試験を行う必要がなくなるのは確かだが、中薬がCFDAの承認を得るには、動物や細胞を使った非臨床薬理試験と毒性試験を行う必要があると補足する。

しかし科学者たちは、中薬産業にはいまだに安全性への懸念があり、最小限の臨床試験しか要請されなくなることで、多くの人を危険にさらす恐れが生じると指摘する。実際、2017年9月23日には、約10人が発熱と悪寒を伴う体調不良を訴えたとして、CFDAが2種類の中薬注射剤の回収を発表している。

この事件から間もない同年10月18日には、シンガポールと台湾の研究者が、中薬の成分として広く用いられているアリストロキア酸と肝臓がんとの関連を指摘する論文をScience Translational Medicineに発表した1。論文の筆頭著者であるデューク・シンガポール国立大学医科大学院(シンガポール)のがんゲノミクス研究者Steven Rozenは、アリストロキア酸ががん細胞の変異に寄与していることは確実だが、腫瘍を引き起こす原因としてどの程度関与しているかを見極めるのは難しいと言う。

アリストロキア酸は尿路がんとも関連付けられており、致死的な腎障害を引き起こす恐れもある2,3。この物質は、米国食品医薬品局(FDA)からは腎疾患と関連があるとする警告が出されているが、Rozenによると、いまだに広く使用されているという。今は、アリストロキア酸の「規制を再評価するのに良い時期」だと彼は言う。

一方、人々がアリストロキア酸を含む中薬を毎日服用しているのを見ているLaoは、習慣的に摂取するサプリメントとしてではなく、「疾患の治療のために適量を摂取する」なら問題は起こらないだろうと言う。彼は、健康を害する可能性のある物質を安全に使用できるようにするためにはさらなる研究が必要だが、基本的に中薬の安全性について心配はしていないと言う。「歴史の浅い西洋薬とは違い、中薬は何百年も何千年も使われているからです」。

しかし、ハルビン市児童医院の小児外科医で、中医学の批判者として有名なQingchen Li(李清晨)は、最近の中薬の回収は現在の安全基準が不適切であることを示していると指摘する。彼によると、医師は中医学に伴う危険性について市民に知らせる必要があるが、医師のほとんどは批判を躊躇するという。「中医学を公然と批判しようとする医師はほとんどいません」。政府が中医学に肩入れしているため、科学者は中薬を批判しにくくなっているというのが彼の見方だ。「科学ではなく政治レベルの問題になっているため、開かれた議論ができなくなってしまったのです」。

消される批判

政府の代替医療産業に対する強力な支援が開始されると、中国の検閲当局は早速、中医学の有効性に疑問を投げ掛けるインターネット上の投稿を削除した。2017年10月23日には、アリストロキア酸の危険性に対し注意を呼び掛ける医療ニュースサイトの記事がソーシャルメディアサイトWeChatから削除された。この記事は、削除されるまでの3日間で70万回以上閲覧されていた。

中国では以前から中医学を巡る議論が抑圧されていた。2016年には、北京のシンクタンクとして知られる国務院発展研究センターが、中薬に広く用いられているツキノワグマの胆汁を抽出する行為を禁止することを提案した。同センターの報告書は、この中薬の効力に疑問を投げ掛け、合成薬の使用を提案するものだった。しかし、中医学の発展を支援する中国中薬協会が、この報告書には偏りがあるとして謝罪を要求すると、報告書は同センターのウェブサイトから削除された。

中国政府は中医学の規制を緩和するだけでなく、中医師になったり、中医学のアプローチを用いる病院を開設したりすることも容易にした。2017年7月から、中医学を学ぶ学生は、西洋医学に基づく国家試験に合格する必要がなくなり、実習訓練を受けて技能試験に合格すればよいことになった。また、中医師がクリニックを開業する場合には、CFDAから承認を受ける必要がなくなり、登録するだけでよいことになった。

中国政府の最終的な目標は、2020年までに国内の全ての医療機関で基本的な中医学治療を提供できるようにすることだ。中国の最高行政機関である国務院が2016年2月に発表したロードマップによると、現在人口1万人当たり3人未満しかいない中医師を、1万人当たり4人まで増やす計画であるという。また、医薬品販売における中薬のシェアは現在26%だが、中国政府は2020年までに30%に引き上げたいとしている。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Ng, A. W. T. et al. Sci. Transl. Med. 9,eaan6446 (2017).
  2. Vanherweghem, J.-L. et al. Lancet 341, 387–391 (1993).
  3. Lord, G. M. et al. Lancet 358, 1515–1516 (2001).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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