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細胞が人工塩基を使ってタンパク質を作った!

Credit: William B. Kiosses

生物は、これまで数十億年にわたり、わずかなアルファベットを使って活動してきた。今回、そのアルファベットに新たな文字を加えることで生物の限られた語彙を拡張できることが報告され、これまでの原則が破られた。

スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の化学者Floyd Romesbergらは、大腸菌の細胞を操作し、2種類の人工塩基をそのDNAに組み込んだ。すると細胞は、その情報を利用して、非天然型アミノ酸を組み込んだ蛍光タンパク質を合成した。生細胞が人工塩基を利用してタンパク質を合成できることが、初めて実証されたのだ。この論文は、Nature 2017年11月30日号644ページに掲載された(Y. Zhang et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature24659)。

生物は本来、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)というわずか4種類の文字(塩基)を利用して遺伝情報をコードしている。これら塩基は対を形成してDNAの二重らせんを保持する。そして、さまざまな3文字配列(コドンと呼ばれる)が20種類のアミノ酸のいずれかをコードしており(遺伝暗号と呼ばれる)、生細胞の中では遺伝暗号に基づいて指定されたアミノ酸がタンパク質に組み上げられる。

この論文の責任著者であるRomesbergによれば、今回の研究成果は、生物に新たな形質を吹き込むことに特化した研究領域「合成生物学」が、生物の最も基本的な側面を作り替えてその目標を達成し得ることを示しているという。「情報の保存と読み取りほど、根本的で、我々の実体と密接に関係している生物学的システムはありません」とRomesbergは話す。「我々が行ったのは、既存の要素と並立して的確に機能し、既存の要素の行うこと全てができる新要素を設計することなのです」。

4種類の天然型DNA塩基は、3文字で1つのアミノ酸を指定するため、遺伝暗号表は64通りの組み合わせで構成されている。しかし、このコードには重複がある。例えば、CGC、CGA、CGG、CGTは、全て「アルギニン」というアミノ酸を指定している。このような仕組みにより、生物が必要とするほぼ全てのタンパク質は、たった20種類のアミノ酸で作られている。

遺伝暗号の拡張には複数の研究チームが挑んでいる。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者George Churchのように、重複するコドンを新たなアミノ酸の指定に転用しようとしている研究者もいる。一方、Romesbergらは別の戦略を探求している。それは、全く新しい塩基対をDNAに追加することだ。それにより、遺伝暗号表に存在し得るコドンの数は大幅に増加し、理論上、細胞は100種類を超える新たなアミノ酸を利用することができるようになる。

Churchは、多くの応用法に関して自身の方針の方が実用性に優れているという立場を崩さないが、今回のRomesbergらの研究成果を「生物の基本的構成要素を探求する道のりの一里塚」と表現する。

なじむ

人工塩基対が生細胞内で機能するには、DNAの形を崩さずに天然型塩基と並んでいなければならず、DNAを忠実にコピーするプロセスや、それをメッセンジャーRNA(DNAとタンパク質をつなぐ中間的な分子)に転写するプロセスなどの重要な工程を妨げてもいけない。2014年、Romesbergの研究チームは、人工塩基対を1つだけ含むDNAの環を持つ「半合成」大腸菌株を作製して発表した(D. A. Malyshev et al. Nature 509, 385–388)。しかし、その大腸菌株は細胞分裂が緩慢で、時間がたつと導入された人工DNAを失う傾向があった。今回の研究では、dNaMおよびdTPT3(それぞれX、Yと呼ぶ)という化学物質からなる新たな塩基を持つ健全な細胞が作製された。

そしてこのたび、人工DNAの真価がようやく発揮された。別々の実験で、細胞は、優しく緑色に光るタンパク質に、2種類の非天然型アミノ酸(PrKおよびpAzFと呼ばれる)を組み込んだのだ(「外来語」を参照)。人工塩基と非天然型アミノ酸を同時に細胞に与えただけでは、どの生物もそれらのタンパク質を生産することはできなかった。細胞が非天然型の構成要素を利用できるようになるためには、tRNAと呼ばれる分子の改変版を作製する必要があった。tRNAは、コドンを読んで、適切なアミノ酸を細胞のタンパク質工場であるリボソームへと輸送する分子だ。

外来語
研究チームは、人工塩基対(XおよびYと呼ぶ;青色)をDNAに加えて非天然型アミノ酸をコードさせた。すると細胞は、そのアミノ酸を組込んだ蛍光タンパク質を合成した。

こうしてタンパク質に取り込まれた新しいアミノ酸は、緑色蛍光タンパク質の形や機能を変化させることはなかった。しかし、Romesbergは、「情報の保存と読み取りができるようになったのですから、それを使って何かしましょう」と提案した。そして研究チームは、抗生物質耐性に関与する遺伝子の重要な部位に、人工の塩基対を挿入したところである(この研究は未発表)。人工DNAをしまい込んだ細菌は、ペニシリン系の薬物に弱くなる。

Romesbergはシンソレックス社(Synthorx;米国カリフォルニア州ラホヤ)というバイオテクノロジー企業を設立した。同社は、数々の白血球を制御するIL-2などのタンパク質薬に非天然型アミノ酸を組み込む手法を開発しようとしている。この手法により、例えば、細胞に取り込まれやすくなった薬剤や毒性が低くなった薬剤、高速で分解されるようになった薬剤が得られる可能性がある。電子を強く引きつける能力など、通常のアミノ酸にない特性を持つタンパク質の設計も考えられる。「お菓子屋さんに来た子どもになったような気分です」とRomesbergは話す。しかしこの場合、「その子は、そのお菓子屋さんに行くことを夢見て20年を過ごしました。それが突如、どんなお菓子が手に入るかと思いを巡らす状態になったのです」。

応用分子進化財団(米国フロリダ州ゲインズビル近郊)の化学者Steven Benner、および生物工学・ナノテクノロジー研究所(シンガポール)の生物化学者、平尾一郎がそれぞれ率いる研究チームは、人工DNAを用いて非天然型アミノ酸をコードさせるための試験管系をすでに開発している。平尾は生細胞にくら替えするメリットを感じている。非天然型アミノ酸を含むタンパク質の生産は、細菌細胞を利用することで高速化、低コスト化される可能性があるのだという。その技術を真核細胞に応用すれば、新たな抗体薬が開発される可能性もある。

しかしBennerは、Romesbergの系について、人工塩基対の保持を比較的弱い疎水結合力に依存しているため、実用性に限界があるのではないかと考えている。細胞は珍しい人工塩基に耐えるかもしれない、としながらも、「それをもとに遺伝システムを丸ごと作り上げるなんて、絶対にできません」と話す。

Romesbergらは現在、遺伝のアルファベットをさらに増やすことに取り組んでいる。今のところ、XとYを含んで機能するコドンが新たに12種類見いだされているが、「やるべきことはまだまだあります」とRomesbergは語る。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180205

原文

‘Alien’ DNA makes proteins in living cells for the first time
  • Nature (2017-11-30) | DOI: 10.1038/nature.2017.23040
  • Ewen Callaway