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後肢発生研究で見えてきた、胴の長さの進化

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–– 後ろ足の位置の進化についての成果を出されました。

黒岩: 四肢動物の前足や後ろ足が、動物ごとに特徴的に、かつ、決まった場所にできるのは当たり前と思われるかもしれませんが、それを制御する具体的な仕組みはほとんど分かっていません。左右対称な体の基本構造は「前後軸に沿った基本単位(体節と呼ばれる)の繰り返し」と考えることができ、その領域特性の決定や、器官の位置指定はHox遺伝子が制御していることが知られています。そのため、前足や後ろ足の形成にもHox遺伝子が関与しているのではないかと考えられてきましたが、具体的な証拠は何もありませんでした。今回、私たちは、後ろ足を含む体の後方の構造が別のある単一遺伝子によりまとめて作られていることを示し、この遺伝子がHox遺伝子の機能を調節していることも明らかにしました1

–– 「後ろ足のできる位置」とはどういうことでしょう?

鈴木: 脊椎動物の中でカエルやカメは、後ろ足が体の前の方にあり、胴体が短めです。逆に、ヘビは後ろ足の痕跡が体の後方部分にあり、極端に胴が長いといえます。このことは、カエルやカメでは前足から後ろ足までの背骨の数が少なく、ヘビでは多いことを示しています。

背骨はたくさんの脊椎骨が一列に並んだ構造をしており、形の違いによって頭部側から頚椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎と呼ばれています(図1)。5種類の脊椎骨の数は生物種によって異なりますが、後ろ足は必ず骨盤を介して仙椎と接続しています。仙椎、骨盤、後ろ足が接続した強固な構造がないと、重力に逆らって体を支えたり移動したりすることができないためと思われます。

図1 脊椎動物の骨格パターン

このような一体構造が発生過程で作られるわけですが、仙椎は体節という組織に由来するのに対し、骨盤や後ろ足は体節の隣にある側板中胚葉という別組織に由来します。つまり、由来の違う組織が協調して一体構造を作り上げるための、未知の機構があると推測しました。今回、私たちは「仙椎の位置決め」が「後ろ足の位置決め」と密接に関連すると考え、後ろ足が必ず仙椎の位置に形成される仕組みや、その位置の多様性(つまり、脊椎骨の数の多様性)がどのように獲得されたかを検証しました。

–– ある1つの遺伝子がそのカギを握っていたわけですね?

鈴木: Gdf11という遺伝子です。細胞の増殖、遊走、分化などを調節することで知られる分泌性シグナル因子TGF-βスーパーファミリータンパク質をコードする遺伝子の1つですが、Gdf11の発生学的な作用メカニズムは解明されていませんでした。

私は慶應義塾大学の応用化学科出身ですが、修士課程在籍時に分泌因子などの生化学的な物質が生物の形作りにどのように寄与しているかを研究したいと思うようになり、博士課程から生物系に転向しました。初めは別の遺伝子をターゲットに後ろ足の発生を研究していましたが、「Gdf11をノックアウトしたマウスは、後ろ足と骨盤の位置が体の後方にずれる」との報告2に行き当たり、解析対象をGdf11に移して、ニワトリ胚を使って「後ろ足のできる位置」の解析を始めました。今から約10年前のことです。

その3年後、GDF11がHox遺伝子の発現制御に関わっていることが明らかになってきたときに、Hox遺伝子をターゲットに脊椎動物の四肢形成を解明されている黒岩先生に呼んでいただき、名古屋大学に赴任しました。

–– 今回はどのような実験をされたのですか?

鈴木: まず、Gdf11が、発生のどの段階で、どこで発現し始めるかを調べました。ニワトリ胚を用いたのは、殻に小さな窓を開けて発生過程を直接観察でき、GDF11を吸着させたビーズを作用させたり、薬剤でGDF11の作用を阻害したりといった胚操作がしやすいからです。母体内で成長するマウスではこのようなことはできません。

こうした操作により、Gdf11が発生後1.5日目(1.5日胚)に脊椎骨の末端部(尾側)で発現すること、発現した部位が将来の仙椎になること、GDF11は分泌型のタンパク質として周辺組織に拡散することが分かりました。そして、拡散したGDF11は体節の隣にある側板中胚葉にも作用し、そこに後ろ足と骨盤の形成を一括して誘導することも分かりました。仙椎と後ろ足は発生過程で徐々につながり、12日胚では完全に結合していました。

GDF11の作用する時期を人工的に早めたり、逆に遅くしたりする実験も行いました(図2)。正常なニワトリ胚では、将来脊椎骨になる組織(体節)が10個できたところでGdf11が発現し始めますが、これよりも早い段階で強制的に作用させたところ、骨盤と後ろ足は、本来よりも体の前側にずれました。脊椎骨の総数そのものは変わりませんでした。また、GDF11の作用を完全に阻害すると、後ろ足の領域が本来よりも体の後側にずれるという異常が見られました。さらに、Gdf11の発現とHox遺伝子の発現との関連についても解析したところ、GDF11は、仙椎の形成に必須なHox11遺伝子と、後ろ足の領域に特異的に発現するHox9-13遺伝子群の発現を同時に誘導していることを突き止めました。

図2 仙椎の位置に必ず後ろ足が作られる仕組み
発生期にGDF11が働き始めた場所が、将来の仙椎になる。同時に、GDF11が隣の組織(側板中胚葉)にも分泌されるため、そこに仙椎と後ろ足が同調して形成される。作用するタイミングを人工的に早めたところ、骨盤と後ろ足の位置が体の前側にずれる現象が見られた。

黒岩: このような発見により、「GDF11は、体節に仙椎の特性を付与すると同時に、側板中胚葉にも作用して後ろ足の位置を決めている」と結論づけました。私たちが推測したとおり、GDF11は協調的な組織形成機構を担う因子だと確認できたのです。

–– 進化的な検討はどのようにされたのでしょう?

鈴木: 脊椎動物の中で胴が短いもの、長いものを合わせて8種を選び出し、発生過程のいつ、どこでGdf11が発現し始めるかを調べました。具体的には、胴の短い方からカエル、スッポン、マウス、ヤモリ、ニワトリ、ウズラ、エミュー、シマヘビです。幸運にも、共同研究者の方々のご協力などで、日本全国からそれぞれの受精卵を集めることができました。スッポンは佐賀県から、エミューは静岡県から、シマヘビは群馬県からやってきました。

カエルやカメなどの胴の短い(脊椎骨の数が少ない)生物は、発生の早いタイミングでGdf11が発現していました。逆に、エミューやシマヘビなどの胴が長い(脊椎骨の数が多い)生物では、Gdf11の発現タイミングが遅いことが分かりました。

–– Gdf11が発現するタイミングが早い、遅いとは?

鈴木: 進化発生学の教科書には「発生のタイミングを生物種間で比較することは困難」と記述されています。種によって発生に要する時間や誕生時の成熟度が異なるからです。とはいえ、比較しないと研究が進まないため、研究者たちは独自に工夫しています。私たちは、Gdf11が発現し始める時点の体節の数を指標にしました。

調べてみると、カエルは体節が3つできたとき、以下同様にスッポンは6、マウス7、ヤモリ8、ニワトリとウズラが10、エミュー16、シマヘビ70と分かり、数が少ないものを「発現タイミングが早い」、数が多いものを「発現タイミングが遅い」と表現することにしました。興味深いことに、同じ爬虫類でもスッポンは発現タイミングが早く、シマヘビは遅いという結果になりました。

–– まとめるとどのようなことがいえるのでしょう?

鈴木: ポイントは2つあります。1つは、Gdf11というただ1つの遺伝子の機能によって、仙椎、後ろ足、そして総排泄腔という体の後方構造の形成が一括して制御されていることが分かった点です。

もう1つは、Gdf11の発現タイミングで体の後方構造をまとめて前後にずらすことが可能という利便性が、胴の長さに多様性をもたらしたことを示した点です。四肢形成に関与する遺伝子はたくさん知られていますが、Gdf11はそれらをまとめて制御する、いわばオーケストラの指揮者のような存在といえそうです。絶滅した首長竜なども、この仕組みで後ろ足の位置が決められていたのだと思います。生物の形態の進化は、これまで考えられてきたよりも少数の遺伝子の変化によってもたらされた可能性を示したともいえます。

黒岩: 今回の「複数の組織や器官の発生が、単一遺伝子によってまとめて制御されている」という概念は、全く新しいものです。共著者の1人である倉谷滋(くらたに・しげる)・理化学研究所主任研究員らの提案もあり、論文ではこの概念を「anatomical integration(解剖学的統合機構)」と表現し、タイトルにも使いました。「心臓と前足」など、どの脊椎動物でも同じ位置にまとまって形成される構造が他にもあり、この概念が当てはまる可能性があると考えています。

鈴木: 現在の発生や進化の研究は、分子や細胞レベルのアプローチが多いのですが、私たちは遺伝子から組織、器官、個体へとスケールアップできたと自負しています。この研究がきっかけとなり、解剖学的統合機構の概念を知っていただけるとうれしいです。

黒岩: 私は今年度末で教授を定年退職しますが、最後の年に発生・進化分野で新たな概念を提唱する研究に参画できたことをたいへん幸せに思っています。

今回の研究では、論文の筆頭著者であり、ニワトリ胚の操作に長け、進化的な考え方を積極的に導入した松原由幸(まつばら・よしゆき)君の功績が大きかったと思います。彼は、2017年3月に学位を取得して博士課程を修了し、現在は出版社で図鑑編集の仕事をしていますが、生物の形に大きな興味を抱き続けています。研究者の道を歩んでほしかったという思いもありますが、彼ならどこにいても大いに活躍することだろうと期待しています。

–– 最後に、Nature Ecology and Evolution(以下、Nature Eco&Evo)とのやりとりについてのご感想をお聞かせください。

黒岩: 実は、初めはNatureに投稿したのですが、なかなか理解が得られず苦労していました。そのとき、倉田先生よりNature Eco&Evoに投稿してはどうかとの助言をいただき、倉谷先生らとともに多様性の獲得や進化的な考察を加え、同誌に投稿することにしたのです。リバイスの過程で、レビューアーやエディターからも、進化的な考察を深めるための適切で親切なアドバイスをいただき、論文の質を高めることができました。Nature Eco&Evoの方々には、生態学と進化学を融合させた新領域を発展させていきたいとの熱意を感じました。

鈴木: 私もNature Eco&Evoに期待しています。先日、米国で進化発生学や進化学の研究者と議論をしたのですが、化石の研究者が私たちの成果に興味を示してくださり、論文を送ってほしいと依頼されました。今回のような研究をきっかけに、日本でも幅広い領域の研究者による議論が進むようになるとよいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

黒岩 厚(くろいわ・あつし)

名古屋大学大学院 理学研究科生命理学専攻 教授
脊椎動物の四肢形成を制御する遺伝子機構について、Hox遺伝子群の機能解析を通じて解明を図っている。
1980年に東京大学薬学系大学院博士課程修了。博士(薬学)、同年より東京大学薬学部微生物薬品化学教室・助手。1981〜1984年、バーゼル大学(スイス)ゲーリング教授の下で、ショウジョウバエの形態形成遺伝子の研究に従事し、ホメオボックス発見グループの一員に。帰国後、東京都神経科学総合研究所・研究員、東北大学抗酸菌病研究所・助教授、1993年より名古屋大学理学部分子生物学科・教授を経て1997年より現職。

鈴木 孝幸(すずき・たかゆき)

名古屋大学大学院 理学研究科生命理学専攻 講師
脊椎動物の骨格の形を理解するために、背骨や手足のパターン形成に着目した発生学的解析を行っている。
1999年、慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業。2004年、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士課程修了。博士(バイオサイエンス)。2004年〜2007年、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)のファローン教授の下で、ニワトリ胚を用いた指の個性の決定メカニズムの解明に携わる。2007年より東北大学加齢医学研究所・助教。2010年より名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻・助教。2016年より現職。

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180221

参考文献

  1. Matsubara, Y. et al. Nature Ecology and Evolution 1, 1392–1399 (2017).
  2. McPherron, AC. et al. Nature Genetics 222, 260–264 (1999).