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トランスジェニック幹細胞で皮膚を再建

幹細胞治療や遺伝子治療は「未来の医療である」と考えられることが多いが、これらの手法を実行するには多くの障壁がある。実際に、本当に有用なヒト幹細胞治療の例はわずかしかない1。そうした中、ルール大学ボーフム校ベルクマンスハイル大学病院(ドイツ・ボーフム)のTobias Hirschらはこのほど、この分野で成功を収めた。皮膚に慢性的に水疱が形成される重篤な遺伝性疾患の小児1名において、採取した表皮細胞に遺伝子操作を施して移植したところ、患部が移植片に含まれていた幹細胞で置換され、皮膚が正常な機能を持つようになったことを、Nature 2017年11月16日号327ページで報告した2

皮膚は、外部環境に対するバリアとして機能する表皮とその下にある真皮から構成され、表皮は真皮にしっかり繋留されることで、弾性と機械的ストレスに対する抵抗性を持つ3。表皮水疱症という疾患では、遺伝的変異により表皮が正常な抵抗性を持たず、つまり表皮の繋留が行われず4、皮膚が壊れやすい。そのため、機械的ストレスや軽度の外傷により、表皮の断片化や真皮からの剥離が起こり、皮膚に水疱が形成されたり、皮膚潰瘍が生じたりする。これは、痛みを伴う上に慢性的で治療不能な創傷になり、最終的には、皮膚がんや感染症、時には死に至ることさえある4。現在のところ治療法はない。

この研究を行った研究グループは、これまでに遺伝子治療により、ラミニンβ3遺伝子(LAMB3;表皮を繋留するタンパク質をコードする5)の変異によって引き起こされる軽症の表皮水疱症を治療している。その研究では、患者1名から表皮の小断片を採取して表皮細胞を単離し、その細胞に正常なLAMB3を導入した。このとき、LAMB3を細胞の核に導入する手法として、レトロウイルスベクターを用いた。このベクターは各細胞のゲノムに遺伝子を組込むため、細胞は正常なLAMB3の安定した発現が可能になる。このように遺伝子操作した細胞をin vitroで増殖させて大きめの表皮断片を作り、それを患者の足に移植すると、移植片は生着した。

今回Hirschらはこの戦略をさらに前進させた。LAMB3変異によって引き起こされる極めて重症の表皮水疱症の7歳の男児が、ほぼ全身の皮膚を失い致死的な状態で入院していた。Hirschらはまず、この患者の水疱のない皮膚領域から4 cm2の生検試料を採取し、LAMB3を導入したレトロウイルスベクターを用いて細胞の遺伝子を操作した。次に、正常な遺伝子を持つようになった細胞集団を増殖させて、「トランスジェニック表皮」移植片0.85 m2を作り出し、それを移植する手術を3回行ったところ、最終的に、この患者の皮膚の80%を置き換えることができた(図1)。この患者は、21カ月に及ぶ追跡では水疱形成は見られず、完全に回復したと考えられた。また彼の皮膚は、ストレスに抵抗性を示し、正常に治癒した。

図1 皮膚疾患の治療を目的とする遺伝子治療
Hirschら2は、LAMB3の変異によって引き起こされる表皮水疱症で皮膚の80%を失った小児に対し、遺伝子治療を実施した。水疱が形成されていない皮膚領域から単離した表皮細胞に、変異のないLAMB3を導入したレトロウイルスを感染させ、正常に機能するLAMB3を組込んだ。表皮細胞をin vitroで増殖させると、3種類のコロニーが生じる。①ホロクローンコロニー(増殖能を有し、幹細胞を含む)、②パラクローンコロニー(分化細胞)、③メロクローンコロニー(分化状態が①と②の中間)。さらに増殖させてトランスジェニック表皮シートを作製し、それを患者に移植した。皮膚では、代謝回転により約1カ月ごとに新しい細胞に完全に入れ替わり、移植から4カ月後には、初回の移植片に由来するパラクローンやメロクローンのコロニーの多くが消失し、8カ月後には、ほぼ全身の皮膚が初回の移植片のホロクローン由来になっていた。

遺伝子治療の合併症と考えられるものの1つとして、用いるベクターが宿主ゲノムにランダムに組込まれるために、不可欠な遺伝子を破壊したり、腫瘍の発生を制御する遺伝子の過剰発現の引き金になったりする可能性がある。この可能性を調べるために、Hirschらはこの患者のトランスジェニック表皮から得たDNAの塩基配列を解読した。塩基配列解読から、遺伝子が組込まれた部位の大部分は、タンパク質をコードしない領域であったことが明らかになった。レトロウイルスベクターが組込まれた複数の遺伝子は、直接がんに関与することは知られておらず、この手法の安全性が実証された。

次にHirschらは、in vitroで培養された遺伝子操作済み表皮と、in vivoで再生された表皮において、プロウイルス(細胞ゲノムに組込まれたレトロウイルスゲノム)の組込みパターンを比較し、特定のパターン(遺伝子発現を調節するプロモーター配列への組込みなど)が細胞の生存に有利に働くかどうかを決定した。もしそうであれば、将来がんを引き起こす可能性がある。比較の結果、組込みパターンはin vitroの条件でもin vivoの条件でも同様であったことから、培養プロトコルにも皮膚細胞の自然な代謝回転にも、特定の細胞サブセットの生存や増殖を有利にする作用がないことが示された。また、この導入遺伝子に対して自己抗体が産生される徴候(移植片拒絶につながる可能性がある)は全く見られなかった。

表皮は約1カ月ごとに新しい細胞に完全に置き換わる3。だが、皮膚の代謝回転が細胞の階層構造の最上位に位置する幹細胞によって確保されているのか、あるいは、あらゆる増殖細胞は同等の能力を有する前駆細胞としての挙動を示し、増殖と分化をランダムに選択しているのかは分かっておらず、議論になっている6in vitroで表皮細胞を培養すると、形態学的に異なる3種類の細胞コロニー(ホロクローン、パラクローン、メロクローン)が生じることが以前から知られていて、ホロクローンは自己複製能を持つ未分化細胞で構成される増殖コロニー、パラクローンはほとんど自己複製能を持たない分化細胞コロニー、メロクローンはこれら2つの中間の性質を持つコロニーと定義されている7。ホロクローンコロニーには表皮幹細胞が含まれていると仮定されているが、この関係は正式に実証されていない。

Hirschらは、in vitroのホロクローンのゲノムにおいてウイルスの組込み部位をマッピングし、それを移植の4カ月後と8カ月後の患者の皮膚由来ホロクローンのゲノムにおける組込み部位と比較した。その結果、移植の4カ月後の試料では、培養開始時と同じ組込み部位が見られる割合が大きく増加していた。一方、4カ月後と8カ月後の試料での培養開始時と同じ組み込み部位が見られる割合は高いまま維持されていた。これらのデータから、培養開始時に存在した細胞のほとんどが移植から4カ月の間に失われ、ほんのわずかな幹細胞が長期間の表皮の維持に関与していると考えられた。

その上、再建された皮膚で、in vitroのホロクローンに見られた組込み部位が出現する頻度は、時間の経過とともに大きく上昇した。再建された皮膚には当初、ホロクローンだけでなく、新しく形成されたパラクローンやメロクローンも含まれていたにもかかわらず、である。従って、ホロクローンコロニーには、再建された皮膚の細胞を置き換えることが可能な幹細胞が含まれているといえる。移植の8カ月後には、ほぼ全身の表皮がホロクローン由来となったことから、長期生存するわずかな幹細胞がヒト表皮を維持していることが明らかになった。

Hirschらの研究は、幹細胞治療と遺伝子治療を組み合わせて用いることで、全身の皮膚を置き換える治療の実行可能性と安全性を実証した。さらに、この研究はヒトにおいて表皮の維持を支配する細胞の階層構造を理解する手掛かりになる。しかし、この治療法を他の患者に拡大する前に取り組むべき問題がいくつかある。

まず、表皮水疱症は異なる複数の遺伝子の変異によって引き起こされ得るので、その全てが容易に遺伝子治療できるわけではないと考えられる。そのため、一部の変異についてはCRISPR–Cas9遺伝子編集技術の使用などの戦略が必要だろう。また、あまり重篤ではない皮膚疾患の患者では特に、さまざまな体の部位に応じて手順を変化させる必要もあるだろう。そして、小児の幹細胞は成人より再生能が高く、小児は置換すべき皮膚の総量が成人より少ないことを考えると、このような治療は成人よりも小児で有効な可能性がある。

最後に、このような治療により有害な結果が生じないことを保証するために、この男児や他の患者に対する長期間の追跡が必要だと考えられる。有害な結果の例としては、皮膚がんの発症や、導入遺伝子の発現消失につながる変化が一部の細胞で起こること(水疱形成を引き起こす可能性がある)が挙げられる。とはいえ、Hirschらの研究は、疾患の治療に幹細胞治療を使用するための取り組みにおける大きな進歩である。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180236

原文

Transgenic stem cells replace skin
  • Nature (2017-11-16) | DOI: 10.1038/nature24753
  • Mariaceleste Aragona & Cédric Blanpain
  • Mariaceleste Aragona & Cédric Blanpainは、ブリュッセル自由大学(ベルギー)に所属。

参考文献

  1. Trounson, A. & McDonald, C. Cell Stem Cell 17, 11–22 (2015).
  2. Hirsch, T. et al. Nature 551, 327–332 (2017).
  3. Blanpain, C. & Fuchs, E. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 10, 207–217 (2009).
  4. DeStefano, G. M. & Christiano, A. Cold Spring Harb. Perspect. Med. 4, a015172 (2014).
  5. Mavilio, F. et al. Nature Med. 12, 1397–1402 (2006).
  6. Blanpain, C. & Simons, B. D. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 14, 489–502 (2013).
  7. Barrandon, Y. & Green, H. Proc. Natl Acad. Sci. USA 84, 2302–2306 (1987).