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ノーベル化学賞は試験管内でタンパク質を進化させる手法に

ノーベル化学賞の受賞者グレゴリー・ウィンター氏(左)、フランシス・アーノルド氏(中央)、ジョージ・スミス氏(右)。 Credit: L–R: AGA MACHAJ; CALTECH; UNIV. MISSOURI-COLUMBIA

タンパク質の進化を加速させ、それを制御する方法を編み出した3人の科学者に、2018年のノーベル化学賞が授与される。彼らが開発した手法は、地球に優しい化学製品を作る技術や、新しい薬剤の創出につながった。

カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の化学工学者フランシス・アーノルド(Frances Arnold)は、過去50年間でノーベル化学賞を受賞した2人目の女性となった。彼女には900万スウェーデンクローナ(約1億1000万円)の賞金の半分が贈られ、残り半分はMRC分子生物学研究所(英国ケンブリッジ)のグレゴリー・ウィンター(Gregory Winter)とミズーリ大学コロンビア校(米国)のジョージ・スミス(George Smith)に等分される。

アーノルドは1990年代に、酵素の「指向性進化(directed evolution)」について先駆けとなる研究を行った。酵素とは、化学反応を触媒するタンパク質である。彼女は、まず単離した酵素の遺伝子にさまざまな変異を誘導し、それらを細菌に導入して酵素を産生させた。次に、目的の酵素活性を有する細菌をスクリーニングして選択するという方法で、酵素を目的の反応を触媒するものに効率的に進化させた。現在、この手法で改良された酵素は、バイオ燃料や薬剤の製造に使われている。

「生物に備わっている進化という1つの過程は、私たちが自然界で目にする素晴らしい複雑性の全てをもたらしています」と、彼女は受賞発表の直後にNatureに語った。自然に起こる進化作用は、自然選択に対しほとんど無関係な中立なものだが、アーノルドの技術は自然選択を加速することで、求める特性の酵素を効率的に得られるようにするものだ。「これは競走馬を育てるようなものです」とアーノルドは言う。

一方、スミスは1985年に、バクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)の外殻に任意のタンパク質を発現させて、そのタンパク質と相互作用する分子を見つけ出す「ファージディスプレイ」という手法を開発した。ウィンターは、この技術を改良・応用して、抗体を進化させる方法を編み出した。ファージに抗体の結合部位ライブラリーを発現させて、抗体と標的との結合の親和性と特異性を評価することで、治療薬として用いるのに適した抗体を選び出すのである。現在、この方法を用いて進化させた抗体は、毒素を中和したり、自己免疫疾患を緩和させたりする医薬品として用いられている。

ウィンターは1989年にCambridge Antibody Technology(CAT)社を共同で設立し、この手法を用いてアダリムマブ(ヒュミラ)と呼ばれる最初のヒト型抗体を見いだした。アダリムマブは、2002年に関節リウマチ治療薬として承認を受け、その後さらに乾癬と炎症性腸疾患の治療にも使われるようになっている。2017年には、184億ドル(約2兆円)の売り上げがあり、世界で最も売れた薬となった。

「CAT社が発足した時には懐疑的な人が多く、投資家を見つけるのに苦労しました。世界中の誰もが、抗体治療がうまくいくなんて思っていませんでした」と、共同設立者のDavid Chiswellは言う。Chiswellは現在、抗体技術を基盤とするバイオ医薬品会社カイマブ(Kymab;英国ケンブリッジ)の最高経営責任者である。

アーノルドも同様に、研究室でタンパク質を進化させるという考えを提案すると、すぐさま論争になったと、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のタンパク質工学者Dane Wittrupは言う。当時、研究者らは、特定の機能を実行するタンパク質をコンピューターを使って合理的に設計できると思っていた。「しかし現在、主に指向性進化法によって目的とするタンパク質が作り出されています」。

ウィンターは、1人の女性患者との出会いが、自身の研究を実験室から臨床に向かわせたと話す。彼女は、ウィンターが開発したあるがん関連タンパク質に対するヒト型抗体を用いた治療を受けていた。この抗体は初期実験段階であったため、ウィンターが彼女に「効果は長続きしないかもしれない」と注意を促すと、彼女は「もう数カ月生きる必要があるだけです。死に近づいている夫の手助けができるように」と答えた。「私は胸がいっぱいになりました」とウィンターは言う。

アーノルドは、ノーベル化学賞を受賞した5人目の女性である。彼女の前は、結晶学者アダ・ヨナス(Ada Yonath)で、2009年に受賞。その前は1964年で、結晶学者ドロシー・ホジキン(Dorothy Hodgkin)に贈られた。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181209

原文

‘Test-tube’ evolution wins Chemistry Nobel Prize
  • Nature (2018-10-03) | DOI: 10.1038/d41586-018-06753-y
  • Elizabeth Gibney, Richard Van Noorden, Heidi Ledford, Davide Castelvecchi & Matthew Warren