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タンポポの綿毛の秘密

タンポポの綿毛が終端速度(綿毛にかかる重力と抵抗力が釣り合ったときの落下速度)で飛行する際に見られる、冠毛から剥離された渦輪(左)。同様の間隙率を持つシリコン製の円盤でも同様の渦輪が観測された(右)。スケールバーは、5mm。 Credit: Ref.1

タンポポの綿毛は、研究者が現実世界ではうまくいかないだろうと思っていた方法で空を飛んでいることが明らかになった。

動物や航空機、種子が空を飛ぶとき、翼や翼状の表面と接する所には、循環する空気の輪(渦輪)が形成される。こうした渦輪は、動物や機械や種子を空中に浮かせる力の維持に役立つ。

これまで研究者は、翼や翼状の表面に接していない渦輪は、不安定過ぎて自然界では存続できないと考えていた。けれども、Nature 2018年10月18日号に発表された報告1によると、タンポポの軽い種子は、ふわふわした冠毛の表面のすぐ上にできた渦輪を利用して空中に浮き上がっていることが明らかになったのだ。

空中に浮かぶ仕組み

タンポポの種子のように見えるものは、正確には痩果と呼ばれる果実である。この痩果からは長い冠毛柄が伸び、その先端は、自転車の車輪のスポークのように放射状に開いている。この冠毛が飛行のカギになっているようだ。論文責任著者の1人であるエディンバラ大学(英国)の植物学者・中山尚美は、こうしたフィルターのような構造物は昆虫の翅や脚に比較的よく見られるため、飛んだり泳いだりする際に、表面から剥離された渦輪を利用するのは特に珍しくないのかもしれないと指摘する。

冠毛を持つタンポポの痩果は、カエデなどの翼果(翼のような形の果実)など他の植物の果実とは大きく異なる外見を持つため、研究者たちはこれが空中にとどまる仕組みに興味を持っていた。鳥類や航空機の翼は、翼の上下に圧力差を作り出して飛ぶことを可能にしているが、タンポポの散布体(果実と冠毛からなる散布の単位)の構造も、同様の役割を担っていると考えられる。答えを探るため、中山らは垂直風洞の中にタンポポの散布体を置き、レーザーを使って煙の粒子を光らせて、周囲の気流を可視化した。

実験の結果、冠毛の上空に渦輪が浮かんでいることが分かった。論文の第一著者であるエディンバラ大学の応用数学者Cathal Cumminsは、冠毛間の空間の大きさが、冠毛から剥離された渦輪の安定性のカギを握っているように見えたと言う。渦輪を作り出しているのは、冠毛の間を移動する空気の圧力と、痩果の周囲を移動する空気の圧力の差である。

これまでの研究から、タンポポの痩果には常に90~110本の冠毛付いていることが分かっていた、と中山は言う。そこには「驚くほどの一貫性」があり、その一貫性が、飛行に非常に重要な役割を持つことが明らかになった。

身近な自然が教えてくれること

研究チームはタンポポの冠毛を模倣するため、シリコン製の小さな円盤を使って、0%からタンポポの冠毛と同じ92%まで、さまざまな間隙率の模型を作った。これらの散布体の模型を風洞中に置いたところ、タンポポの冠毛に近い間隙を空けた円盤だけが、表面から剥離された渦輪を維持できることが分かった。

円盤の間隙の大きさがタンポポの冠毛の間隙の大きさから10%ずれただけでも、渦輪は不安定化した。間隙の多いタンポポの冠毛は飛行には効率が悪いように見えるが、この間隙が、表面から剥離された渦輪を安定化させている、と中山は言う。

ロンドン大学ロイヤル・ヴェテリナリー・カレッジ(英国ハットフィールド)の比較生物力学者Richard Bomphreyは、私たちが日常的に目にしているが十分には理解していないものが分析されるのを見るのは非常に興味深いと言う。「人類はマッハ9で飛ぶ機械を作ることができるようになりましたが、未知の空気力学的機構が発見されれば胸が躍らずにはいられません!」

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181204

原文

Dandelion seeds fly using ‘impossible’ method never before seen in nature
  • Nature (2018-10-17) | DOI: 10.1038/d41586-018-07084-8
  • Jeremy Rehm

参考文献

  1. Cummins, C. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-018-0604-2 (2018).