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発生のバランス技

体のつくりが左右相称な動物種は約4億年前から地球上に存在し、人間は自らの左右相称性に強い関心を抱いてきた。美の認識において対称性が重要であることや、両手足を左右に広げた人体を描いたダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」が好例だ。

最近、科学者たちはさらに一歩踏み込んだ。モナッシュ大学(オーストラリア)の発達生物学者Alberto Roselló-Díezらは、発生中のマウス胎仔がどのようにして左右相称を維持しているかを調べた。胎仔の四肢の1本が他よりもゆっくりと成長するようにした上で、非対称性が最終的に修正される過程で細胞がどのように情報交換しているかを観察した。こうした現象を解明した研究は、今回が初めてである。

胎盤から「待て」の信号

Roselló-Díezらは1年間の失敗を重ねた末、発生が非対称になるマウス胎仔モデルを作った。シャーレ上の培養細胞を改変するために開発された技法を借用し、マウス胎仔の左後脚に、脚の成長を抑えるタイプの細胞を注入した。この結果、成長を抑えられた組織の周囲にある細胞が胎盤と情報交換し、胎盤が残り3本の脚を含む他の組織に成長速度を落とすように信号を出していることが分かった。遅れていた脚の成長が追い付くと、再び均一な成長に戻った。2018年6月にPLOS Biologyに報告。

この過程は「二人三脚」だとカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の細胞生物学・発生生物学者Kim Cooper(今回の研究には加わっていない)は言う。「1人の歩みが速過ぎると、同期が取れなくなります。胎盤による調整機構のおかげで、遅い人が追い付くことができるわけです」。

この研究は四肢の発達といわゆる「追い付き成長」に関する知見をもたらしたが、新たな疑問も生んだ。例えば遅れていた脚の成長が追い付いた時点で、他の脚は成長を再開すべきであることをどのようにして知るのだろうか? バージニア大学(米国)の細胞生物学者Adrian Halme(今回の研究には加わっていない)は「人は皆、自分の四肢が対称なのは当然のように思っていますが、その対称性を獲得する過程は実に驚異的なのです」と言う。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181106b