News & Views

体内のカロリー燃焼を促進する意外な分子

脂肪組織の走査電子顕微鏡像。 Credit: STEVE GSCHMEISSNER/SPL/Getty

体重を減らす方法には2通りある。1つは、カロリー摂取量を、体で代謝に使われるエネルギー量よりも少なくすること、もう1つは、運動などを行って、代謝で燃焼されるカロリーを増やすことだ。ダナ・ファーバーがん研究所およびハーバード大学医学系大学院(いずれも米国マサチューセッツ州ボストン)のEvanna L. Millsらはこのほど、栄養素の代謝の過程で生じる分子がカロリー燃焼を誘導するという驚くべき事実を発見し、Nature 8月2日号102ページで発表した1。この代謝産物はコハク酸と呼ばれ、褐色脂肪組織でのエネルギー消費を活性化する。実際に、コハク酸を添加した水をマウスに与えると、体重増加が抑制されることも示された。

褐色脂肪組織は、我々の胴回りにつく白色脂肪とは別物だ。エネルギー貯蔵を担う白色脂肪組織に対し、褐色脂肪組織は熱産生に特化しており、哺乳類が低温下で体温を維持するのに必須の組織である2。褐色脂肪細胞に含まれる脂肪滴は白色脂肪細胞と比べて小さく、また、細胞内にミトコンドリアという細胞小器官が豊富に存在するため3、熱を産生できる。

ミトコンドリアでは、クエン酸回路(TCA回路とも呼ばれる)という代謝経路によってグルコースや乳酸、脂質などの栄養素が二酸化炭素に分解され、これらの栄養素に蓄えられたエネルギーを使って高エネルギーの電子が産生される。これらの電子は、ミトコンドリアの内区画(内膜に囲まれた空間でマトリックスと呼ばれる)からプロトン(水素イオンH+)を内膜と外膜の隙間(膜間腔)へとくみ出すのに使われ、それによりエネルギーは、膜を介したプロトンの濃度勾配へと変換される。プロトンは通常、H輸送性ATPアーゼと呼ばれる膜貫通型タンパク質複合体を介してマトリックスに再流入する。この複合体は、プロトン勾配に蓄えられたエネルギーを使って、ADPをエネルギー通貨であるATPへと変換し、体が利用可能なエネルギーの大半を生み出す。しかし褐色脂肪組織のミトコンドリアでは、プロトンは、脱共役タンパク質1(UCP1)と呼ばれる別のタンパク質を介して膜間腔からマトリックスへと輸送される。この輸送体の働きにより、プロトンがミトコンドリア内膜を透過する過程とATP合成との共役が切り離されるため、プロトン勾配のエネルギーは熱として効率的に消費される(参考文献4の総説を参照4)。

体内のカロリーを熱に変える褐色脂肪組織の能力は、注目を集めてきた。この過程を活性化することで肥満を解消し得ると期待されるからだ5。その実現には、どうしたら褐色脂肪組織によるカロリー燃焼のスイッチが入るかを突き止める必要がある。巨視的な主要因としては、寒さへの曝露が知られている。脳が寒さを感知すると、アドレナリンβ受容体と呼ばれるタンパク質を介して褐色脂肪組織に信号を送り、褐色脂肪組織でのカロリー燃焼を促すという仕組みだ2。しかしこれまでのところ、この種の受容体を活性化する薬剤では肥満を抑制できていない6。そのため、褐色脂肪での熱産生を活性化する新しい経路の特定に関心が向けられていた。

Millsらはまず、褐色脂肪組織に選択的に多く存在し、寒冷曝露によって褐色脂肪組織での濃度が高まる代謝産物を探索した。その結果、クエン酸回路の代謝中間体の1つであるコハク酸が浮かび上がってきた。

クエン酸回路は細胞内因性の過程であり、代謝中間体の多くはミトコンドリアのマトリックス内に閉じ込められていると一般的に考えられている。コハク酸も、大部分は産生された細胞内で消費される。だが、コハク酸の一部は血中に放出される。Millsらは、このコハク酸放出の主要な引き金が筋活動であることを示す証拠を得た。マウスにおいて、寒さに対する応答として表れる震えにより血中のコハク酸値が上昇することを示したのである。

Millsらは血中を循環するコハク酸の行方を追跡するため、炭素の重同位体で標識したコハク酸をマウスに注射した。すると、炭素同位体は褐色脂肪組織選択的に蓄積した。この結果から、褐色脂肪組織は血中コハク酸を「燃料」として使うようにプログラムされていると考えられた。これを裏付けるように、単離した褐色脂肪細胞はコハク酸を積極的に取り込んで燃焼するが、調べた他の細胞の大半ではこうした現象は見られなかった。

Millsらは続いて、マウスにコハク酸を急性投与すると、褐色脂肪組織で局所的な温度上昇が起こることを示した。さらに興味深いことに、コハク酸を添加した水を4週間摂取させると、高脂肪食を与えられていたマウスの肥満が抑制された。コハク酸の有益な代謝効果は、遺伝学的にUCP1を欠失させたマウスではほとんど見られなくなるため、これらの代謝効果はUCP1に依存していることが分かる。以上の結果から研究チームは、コハク酸は褐色脂肪における熱産生とカロリー燃焼を活性化すると結論した(図1)。

図1 血中のコハク酸分子がカロリー燃焼を促進する
Millsら1は、マウスの体重増加を抑制する機構について報告している。コハク酸を添加した水を与えると、コハク酸は腸管を通って全身の血液循環に入る。またコハク酸は、寒さに対する震えによって筋細胞から血中へと放出される。血中のコハク酸は、ミトコンドリアを多数含む褐色脂肪細胞に取り込まれると、ミトコンドリアタンパク質UCP1を活性化する。このタンパク質は、プロトン(H+)を膜間腔からマトリックスへと漏出させて化学エネルギーを熱へと変換し、結果としてカロリーが燃焼される。

では、コハク酸は、熱産生のスイッチをどのようにして入れるのだろうか。クエン酸回路では、コハク酸はコハク酸デヒドロゲナーゼにより分解される。この酵素が活性化すると、活性酸素種(ROS)と呼ばれる分子が産生される。ROSは、褐色脂肪組織による熱産生を促すと考えられている7。このためMillsらは、コハク酸の蓄積がコハク酸デヒドロゲナーゼの活性を高め、その結果ROS値が上がることで、カロリー燃焼が誘導されるのではないかと考察している。しかし、ROS値や熱産生を変化させるのに、血中コハク酸が褐色脂肪細胞のクエン酸回路に作用するだけで本当に十分なのかは不明だ。

別の可能性として、コハク酸は褐色脂肪組織内で、まだ見つかっていないシグナル伝達系を誘導していることも考えられる。あるいは、血中のコハク酸は脳などの他の体の部位で感知され、そこから褐色脂肪組織へと信号が送られて、熱産生が活性化される可能性もある。コハク酸の作用機構を明らかにすることは、学術的興味以上の意義がある。というのも、コハク酸をヒトに投与する際の最適量やスケジュールを決めたり、コハク酸の取り込みを高める薬理学的な代替手段を見つけたりする上で重要だからだ。また、関連分子を見つけ出すことも不可欠だ。コハク酸を褐色脂肪組織へ取り込む輸送体は、そうした未特定のタンパク質の最たるものといえる。

当然ながら、ヒトとマウスはさまざまな点で異なる。最も顕著なのは体の大きさだ。ヒトの体はマウスよりもずっと大きく、体重に対する体表面積の割合が小さいため、マウスよりも体温を保ちやすい半面、熱を下げようとしても下がりにくい。このことは、ヒトは体重当たりの褐色脂肪組織の割合がマウスに比べてかなり低い8ことの理由と考えられる。さらに、ヒトでは加齢とともに褐色脂肪組織が失われていく。このため、褐色脂肪組織中の代謝過程の活性化によってカロリー消費を変化させられる程度が制限される可能性がある。そこで、既存の白色脂肪組織を変化させ褐色脂肪組織の性質を持つようにする方法が、補完的手段として必要となるかもしれない5。それでもなお、コハク酸がヒトでもカロリー燃焼を十分に誘導できるかどうかを調べることは興味深い課題といえる。

これまで、血中を流れるクエン酸回路の中間産物が代謝の主要因子だとは考えられていなかった。しかし、血中には複数のクエン酸回路中間産物がかなりのレベルで存在しており、クエン酸をはじめとする一部の中間産物はコハク酸よりも大量に血流を出入りしている9。今回、血中のコハク酸が代謝において明確な、そして恐らく医学的にも重要な役割を担っていることが明らかになった。今後は、血中のクエン酸回路中間産物が代謝に不可欠な働きを担うことを示す証拠が、これまで以上に広く報告されることになりそうだ。

翻訳:山崎泰豊

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181136

原文

An unexpected trigger for calorie burning in brown fat
  • Nature (2018-07-18) | DOI: 10.1038/d41586-018-05619-7
  • Sheng Hui and Joshua D. Rabinowitz
  • Sheng Hui and Joshua D. Rabinowitzは、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)に所属。
  • 訂正:第3パラグラフおよび図の説明文について、脱共役タンパク質1(UCP1)が介するプロトン輸送に関する記述に誤りがございました。本文は訂正済みです。
    (誤)マトリックスから膜間腔へと輸送される
    (正)膜間腔からマトリックスへと輸送される

参考文献

  1. Mills, E. L. et al. Nature 560,102–106 (2018).
  2. Cannon, B. & Nedergaard, J. Physiol. Rev. 84, 277–359 (2004).

  3. Rosen, E. D. & Spiegelman, B. M. Cell 156, 20–44 (2014).

  4. Nedergaard, J., Ricquier, D. & Kozak, L. P. EMBO Rep. 6, 917–921 (2005).

  5. Harms, M. & Seale, P. Nature Med. 19, 1252–1263 (2013).

  6. Carey, A. L. et al. Diabetologia 56, 147–155 (2013).
  7. Chouchani, E. T., Kazak, L. & Spiegelman, B. M. J. Bio. Chem. 292, 16810–16816 (2017).
  8. Enerbäck, S. Cell Metab. 11, 248–252 (2010).
  9. Hui, S. et al. Nature 551, 115–118 (2017).