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石油流出事故の大半に人的ミス

2018年1月、東シナ海で貨物船と衝突し、炎上したタンカー「サンチ号」。 Credit: CHINA MINISTRY OF TRANSPORT/AP/REX/SHUTTERSTOCK

2018年1月6日、中国・上海沖300kmの東シナ海で、タンカー「サンチ(Sanchi)号」が貨物船と衝突した。タンカーは炎上し、爆発を繰り返しながら漂流を続け、同14日に奄美大島の西約300kmの日本の排他的経済水域内で沈没した。この事故でタンカーの乗組員32人全員が犠牲となり、10万t以上の石油が流出または焼失した。同年5月、中国海事局は最終的な調査結果を発表し、両船共に「海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約(COLREG条約)」の航行および見張りに関する規則に違反していたとした1

今回の事故は、1989年にエクソン・バルディーズ号がアラスカのプリンス・ウイリアム湾で座礁して3万7000tの原油を流出させて以来、この約30年間に発生した流出事故としては最大規模だった可能性がある。海上輸送される石油やガスの量は1970年代から倍増しているが、7t以上の流出事故の件数は、年間約80件から約7件へと減少した(「タンカー事故の傾向」参照)。これには、ダブルハル(二重船殻)構造の採用と、不活性ガスを使用する消火設備が役に立っている。

タンカー事故の傾向
タンカーからの大規模な石油流出事故の件数は 1970年から 減少している。しかし、世界の石油の取引量と事故の発生率は増加していることから、将来は流出事故がより頻発すると予 想される Credit: SOURCES: ‘FEWER SPILLS’, ITOPF; ‘MORE CARGO’, UNCTAD; ‘MORE SHIPS’ & ‘MORE MISTAKES’, REF. 2

しかし、過去10年間の2つの傾向が、こうした改善努力を脅かしている。1つは、載貨重量トン数1万5000t以上の大型タンカーの事故率(石油流出の有無は問わない)が、2008~2017年の間にタンカー40隻当たり1回から15隻当たり1回へと、ほぼ3倍に増加していることである2。もう1つは、保守記録が不十分で、資格を持つ乗組員が少なく、国際基準に適合していない船が、コスト削減のために規制の緩やかな国に船籍を置くことが増えているという事情である。各国が手を出せない海域で大規模な流出事故が発生した場合、沿岸域の繊細な生態系は危険にさらされる。

流出事故はどんなものでも、生態学的、経済的、社会的に大きな悪影響を及ぼす。エクソン・バルディーズ号の原油流出事故では、推定25万羽の海鳥、数千頭のラッコとアザラシ、数百羽のワシ、20頭以上のシャチが犠牲となった。気化した油には毒性があり、海産物を汚染し、公衆衛生や地域経済に悪影響を及ぼした。残留物は、そこから何十年も消えない3。2002年にスペインのガリシア沖で沈没したプレスティージ号や2003年にパキスタンのカラチ沖で座礁したタスマン・スピリット号からの大規模な油の流出は、数十億ドル規模の被害をもたらした4。流出した油の除去には1tにつき2万ドル(約220万円)以上の費用がかかることもある5

サンチ号の流出事故が生態系に及ぼす影響や法的意味、流出した油の除去戦略は、いまだに明確になっていない。この船は13万6000tのコンデンセート(超軽質原油;天然ガスの処理中に発生する、揮発性が高く、毒性のある炭化水素)を輸送していた。燃えなかった積荷の大半は、船の燃料である2000tの重油と共に流出した。生態系への影響は避けられない。この海域は、ウマヅラハギ属の魚やタチウオなどの魚類、ケンサキイカなどの無脊椎動物の産卵場所であり、少なくとも3種のクジラの回遊ルート上にある(go.nature.com/2msmwn9参照)。しかし、どの国にも管轄権のない公海で発生した事故であるため、生態系調査を行う義務を負う国はない。日本や韓国などの近隣諸国は、状況を注視している。サンチ号はイランの国営タンカー会社の所有で、船籍はパナマにあった。衝突した貨物船の船籍は香港だった。

生態系に被害を与える油流出を減らすためには、タンカー事故を減らせばよいのは明らかだ。しかし、事故の原因は広く誤解されている。航海記録には、事故の原因となった操船ミス、管理不良、伝達ミスなどの人的ミスの代わりに、衝突、座礁、爆発などの結果が記載されていることが多い。そのため、これらのデータベースを調べる研究者たちは間違った結論を導き出し、的外れな政策を提案する。船の建造法に関する規制が厳格化されても、施行されなければ何の役にも立たない。

流出した油による被害を最小限に抑えるためには、油を除去する技術も改良する必要がある。石油産業界や海運業界はいまだに、油で汚染された海水に化学的分散剤を混ぜるという何十年も前に開発された技術を用いている。分散剤は海面の油膜を小さな油滴に分割するもので、理論的には、微生物が油を分解しやすくする効果があるはずだ。しかし、油と分散剤の間で起こる反応はワムシ(海洋食物網の最下層にいる動物プランクトン)などに毒性を及ぼす可能性がある6。分散剤が生態系に及ぼす影響については、長期的な環境研究はほとんど行われていない。

研究者がタンカーの安全性について議論する際には、事故を引き起こす人間の行動や、安全航行のための手順の改善に焦点を合わせる必要がある。また、船舶の検査頻度の判断に用いるリスク予測モデルも再評価が不可欠だ。油の除去技術も改良し、商品化する必要がある。

複数の要因

世界には7000隻の石油タンカーがあり、全輸送船の14%を占めている。1974~2010年に発生した200t以上の石油流出事故の4分の3はタンカーが起こしたものであり、同期間に事故により流出した石油980万tのうち60%以上が、タンカーからのものだった7。残りは、パイプライン、探査・生産施設、精油所からの流出である。

流出事故の責めを負うべきは、直接操船に従事していた人々だけではない。タンカーの半数は、船舶の安全や乗組員の訓練についてほとんど監督を行わない国々に船籍を置いている(訳註:税金や船員の賃金を安く抑えられる、安全規制が緩いなどの理由で船主の所在国とは異なる国に船籍を置く船を便宜置籍船という)。パナマ、リベリア、マーシャル諸島、バハマ、マルタをはじめ10以上の国々は、基本的にどんな船にも船籍登録を認めている。世界で最も多くの船舶が船籍を置く国はパナマ(8000隻)とリベリア(3000隻)で、世界の船舶の積載トン数の18%と12%を占めている。1967~2017年に発生した事故で石油流出量が多かった上位20隻のタンカーのうち12隻が便宜置籍船で、うち9隻がリベリア籍であった。

1986年に作成された「船舶登録要件に関する国際連合条約」は、より厳しい規制を定めているが、業界のロビー活動のため、未発効の状態だ。発効には全世界の船積トン数の25%以上を持つ40カ国以上の調印が必要だが、今のところ調印しているのは14カ国だけである。

一方、沿岸国は、自国の港に入ってくる外国船籍の船舶が国際海事協定に従っていることを確認するために検査を行う。港湾当局はリスク予測モデルを使い、どの船舶をどのくらいの頻度で検査するかを決定する。例えば、危険な積荷を運ぶある船が、建造から20年が経過していて安全記録が不良な場合は、6カ月ごとに点検を行い、安全記録が良好な新造船なら36カ月ごとに点検を行う、といった具合である。しかし、船舶の建造年数や過去の安全記録などのパラメーターは、リスクの指標としては信頼性が低い。実際には、古い船の方が安全であることが多い。そうした船は、品質の高さや設備の管理の良さによって長持ちしているからである8。また、昔の安全記録は主観的で誤解を招く恐れがある。その結果は、誰がどのように検査を行ったかによって変わってくるからだ。

点検は抑止力にはならない9。規制の厳しい国々が厳格な点検を行い、厳しい罰則を科すようにしても、基準に適合しない船の船籍は規制の緩い外国へと移転される。違反があっても、民事上や刑事上の罰則はほとんどない。次の点検を受けるまで、船は何千kmも航行できる。

人員に限りのある当局にとっても、厳しいスケジュールで船舶を運用する船会社にとっても、港湾での検査は高くつく。目の届く範囲は限られている。情報の完全性よりも、乗組員の休憩時間の記録といった文書の完全性をチェックする方が簡単だ。非の打ちどころのない記録は、乗組員が安全基準をしっかり認識しているか、システムを欺く方法を知っているかのどちらかを意味する。

人的ミスに目を向ける

タンカー事故の少なくとも80%には、その背景に、過重労働による疲労、特定の操作に関する専門技術の不足、伝達不足、古い海図の使用などの人的ミスがある(go.nature.com/2nwgubp参照)。しかし、船舶事故のデータベースにこれらが原因として記載されることはほとんどない10。こうした混乱は、研究やリスク管理の妨げになる。

例えば1994年には、ナッシア号というタンカーが、トルコのボスポラス海峡で約1万3500tの原油を流出させる事故を起こした。記録では、このタンカーが別の船に衝突し、座礁し、爆発したと報告されているが、他の要因についての指摘はない。例えば、相手方の船は動力を失い、ナッシア号を避けることができなかった。その理由はこの事故の調査では確定されていないものの、不十分なメンテナンスや修理はエンジンの不調の原因となることがある(go.nature.com/2nymjsv参照)。

研究者はしばしば、過度に単純化され、不適切に分類されたデータから得られた統計的結果を誤って解釈している。例えば、衝突、座礁、爆発は、タンカー事故の結果であるのに、主要な原因として説明されている(go.nature.com/2jaekte参照)。乗組員とその雇用主に関する情報はほとんどない。実際にタンカーの運用に関わった人々を理解することなく、物理的要因をなくすことばかり呼びかけていると、海運業界に、技術の進歩が全ての問題を解決するという夢のような希望を作り出してしまい、船舶を座礁に強くすることを義務化するなど、実効性の薄い政策が打ち出されることになる。

人的ミスの関与を認めれば、政策はより効果的なものになるだろう。例えば、長時間労働と孤立による乗組員の疲労は、流出事故に重大な寄与をしている。資格のある乗組員の最低人数を引き上げることは、平均的な作業量を減らし、ミスを防ぐのに役立つはずだ。以下に、事故リスクと損害を減らすために優先すべき研究を3つ挙げる。

3つの優先事項

港湾検査の改善。研究者は、どの船をいつ検査するべきかの判断に利用されているアルゴリズムの再評価を行うべきである。地方の海事当局は、検査戦略を最適化するために、無作為化比較対象試験を実施するとよい。これには、一部の都市が犯罪と戦うために利用している機械学習による予測型警察活動の経験を借用することができる11。また、統一された基準を採用できるように、先進国は発展途上国に援助を行う必要がある。

検査官は記録を見るだけでなく、例えば、乗組員を無作為に選んで面談を行い、安全手順を理解しているかどうかを判断するなどすべきだ。面談では意表を突く質問も行い、タンカーが危機的状況に陥ったときに乗組員がどのように反応するか試すとよい。

人的ミスの研究。国際海事機関(IMO)は、人的ミスが海運事故にどう関与しているかをよりよく理解するために、研究コミュニティーと協力しなければならない。カギとなるのは、事故の客観的な原因を詳細に記録する正確なデータだ。研究者は、過去の石油流出事故について再検討し、原因を再分類する必要がある。人的ミスの種類は、IMOのウェブサイト上の調査報告書を通じて確認できる。

タンカー業界は、これらのデータを利用して、人的ミスを減らすための戦略を設計する必要がある。例えば、訓練を通じ、多国籍化が進んでいる船員間の言語の障壁を低くすることができる。

流出した石油により、海鳥やその他の海洋生物が脅かされている。 Credit: SERGEI GRITS/AP/REX/SHUTTERSTOCK

持続可能な油除去技術の開発。油を物理的・機械的に除去する新しい方法を開発する必要がある。油吸収スポンジ、バイオレメディエーション(生物学的環境修復)、石油と水を分離する装置など、有望と思われる技術がすでに登場している。ただし、商品化はこれからだ。化学者と毒物学者は、化学的分散剤の有効性と毒性の評価を行わなければならない。政府機関と石油業界は、こうした学際的研究に優先的に資金を提供すべきである。

私たちの理解の向上を図るとともに、規制手段も進化させる必要がある。各国は自国の船舶につき責任を負うべきだ。例えば、特定の国に船籍を置けるのは、その国が投資した資本が所有する船や、かなりの時間その国の海域を航行している船舶だけにする。各国は船舶への管轄権と監督権の行使に対してより大きなインセンティブを持つことになり、実際に行使するようになるだろう。登録制度をこのように改革した後、IMOはタンカー業界に対し、新しい制度に最初に登録するように要請しなければならない。世界のエネルギー需要がどんなに高まっても、最優先すべきはタンカーの安全性なのだから。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181127

原文

Human errors are behind most oil-tanker spills
  • Nature (2018-08-06) | DOI: 10.1038/d41586-018-05852-0
  • Zheng Wan & Jihong Chen

参考文献

  1. China Maritime Safety Administration. Report on the Investigation of the Collision between M.T. Sanchi and M.V. CF Crystal in East China Sea on 6 January 2018(China MSA, 2018).
  2. Vidmar, P. & Perkovicˇ, M. Safety Sci. 105, 178–191 (2018).
  3. Peterson, C. H. et al. Science 302, 2082–2086 (2003).
  4. Alló, M. & Loureiro, M. L. Ecol. Econ. 86, 167–175 (2013).
  5. Kontovas, C. A., Psaraftis, H. N. & Ventikos, N. P. Mar. Pollut. Bull. 60, 1455–1466 (2010).
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  8. Li, K. X., Yin, J. & Fan, L. Transp. Res. A: Policy Pract. 66, 75–87 (2014).
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  10. Chen, J. et al. J. Clean. Prod. 180, 1–10 (2018).
  11. Shapiro, A. Nature 541, 458–460 (2017).