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巨大ブラックホールで重力赤方偏移を観測

銀河系中心のブラックホールの周りを回る恒星S2がブラックホールに最も近づいた際に、研究チームは、重力赤方偏移と考えられる、光の波長の変化を観測した。これはその想像図。 Credit: ESO/M. Kornmesser

一般相対性理論が予言する「重力赤方偏移」という現象が、超大質量ブラックホールの重力場でも起こっていることが、2018年5月、初めて精密な観測で確認された。重力赤方偏移は、重力場の中で放出された光の波長が伸びて観測される現象だ。今回、銀河系(天の川銀河)の中心にある超大質量ブラックホールの周囲を回る星の光から重力赤方偏移が検出された。この結果は、アルベルト・アインシュタインが提出した、重力を説明する一般相対性理論が、超大質量ブラックホールの重力場でも有効であることを示した。

この研究を行ったのは、マックス・プランク地球圏外物理研究所(ドイツ・ガルヒン)の天体物理学者Reinhard Genzelら、主に欧州の研究者らのグループで、報告する論文は2018年7月26日、Astronomy & Astrophysicsにオンライン掲載された(R. Abuter et al. Astron. Astrophys. 615, L15; 2018)。

重力赤方偏移は、重力ポテンシャル(重力による単位質量当たりの位置エネルギー)が低い(重力源に近い)所にある光源の光の波長が、重力ポテンシャルが高い(重力源から遠い)所では伸びて観測される現象だ。地球や太陽の重力場で確認されているが、超大質量ブラックホールでは、その周囲の星の観測という確実な方法で精密に確認されたのは今回が初めてという。

銀河系中心のブラックホールは、地球から約8000パーセク(約2万6000光年)の距離にある。太陽の約400万倍の質量を持ち、銀河系で最も強い重力場を作るため、相対論的効果を調べるには理想的な場所といえる。

Genzelらは、このブラックホールの周りの楕円軌道を16年周期で回る、S2と呼ばれる恒星の軌道を1992年から追跡してきた。Genzelらは現在、S2をチリの欧州南天天文台(ESO)の超大型望遠鏡VLTを使って近赤外線で観測している。2016年からは「GRAVITY」と名付けられた新たな観測装置が加わった。GRAVITYは、4基の口径8mの望遠鏡からの光を結合する干渉計であり、空間分解能が大幅に向上した。

2018年5月19日、S2はブラックホールに最も近づいた(近点)。この時、S2とブラックホールの距離は地球・太陽間の約120倍、ブラックホールのシュワルツシルト半径(光が逃げ出せなくなる半径)の約1400倍だった。また、近点でS2の速度は秒速約7650km(光速の2.55%)に達した。

チリにある欧州南天天文台(ESO)の超大型望遠鏡VLTは、銀河系中心のブラックホールの周りを回る恒星を20年以上観測し続けてきた。これは、そのタイムラプス画像。。

ESO/MPE

Genzelらは、GRAVITYでS2の軌道を詳細に観測した。同時に、別の観測装置でS2の光のスペクトルを調べ、吸収線を観測することにより、波長のずれを測定した。光の波長を変化させる効果は、重力赤方偏移の他にドップラー効果などがある。観測結果は、S2の光に、予想される重力赤方偏移が起こっているとした場合によく一致し、重力赤方偏移がないとした場合には一致しなかった。

今回の研究には加わっていない、ラドバウド大学(オランダ・ナイメーヘン)の天文学者Heino Falckeは、「重力赤方偏移を観測できたことは驚くべきことです。これはブラックホールの解明に近づく、新たな大きな一歩です」と話す。今後、ブラックホールにさらに近い恒星を観測することにより、自転するブラックホールがその周囲の時空を引きずる効果など、一般相対性理論のこの他の予言も確かめられる可能性がある。

Genzelらのライバルである研究チームを率いている、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の天文学者Andrea Ghezは、「彼らの観測データはとてもきれいです」と評価する。Ghezらは、ハワイのケック望遠鏡を使って銀河系中心を回る星の軌道を測定している。両研究グループとも16年ぶりのS2の近点通過を心待ちにしていた。

両グループはその後もS2の詳細な観測を続けている。「私たちは観測の山場の真っただ中にいます。それは超エキサイティングな経験です」とGhezは話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181110

原文

Milky Way’s black hole provides long-sought test of Einstein’s general relativity
  • Nature (2018-07-26) | DOI: 10.1038/d41586-018-05825-3
  • Alexandra Witze