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高エネルギーニュートリノの発生源を特定

アイスキューブ・ニュートリノ観測所の写真を基にしたイメージ画像。南極大陸の南極点にあり、氷床の中に検出器を埋設している。 Credit: ICECUBE/NSF

宇宙から飛来した高エネルギーのニュートリノが2017年9月、南極大陸の氷床の中に設置された巨大なニュートリノ観測施設で検出され、世界中の望遠鏡と観測衛星による追跡観測で、その発生源とみられる天体が初めて特定された。その天体は、約38億光年離れた、「ブレーザー」と呼ばれる活動銀河核だった。高エネルギーのニュートリノの発生源は、高エネルギーの宇宙線の発生源でもあるとみられ、自然界で最も高エネルギーの粒子である宇宙線がどこでなぜ生まれるのかという、長年の謎の解明に近づいた。これらの研究結果は2018年7月12日、Scienceなどで発表された。

宇宙線は、多くは陽子や原子核などの荷電粒子で、エネルギーが高い(高速な)ものは1020電子ボルト(eV)にも達する。しかし、高エネルギーの宇宙線がどこで生まれて地球に飛来するのかは、長年の謎だった。荷電粒子は、銀河などの磁場によって曲げられ、運動方向が変わるからだ(2017年12月号「高エネルギー宇宙線の起源は銀河系外」参照)。

一方、ニュートリノは電荷を持たず、他の物質とほとんど相互作用しないため、地球にほぼ真っすぐに届く。高エネルギーの宇宙線が作られるとき、高エネルギーのニュートリノも生じるはずだと考えられている。このため、ニュートリノの発生源は、宇宙線の発生源でもある可能性がある。

しかし、特定の天体からのニュートリノが観測された例はこれまで、太陽と超新星SN 1987Aからのものだけだった。これらの天体からのニュートリノのエネルギーは、今回のような高エネルギーのニュートリノよりも6桁以上低い。今回検出されたニュートリノのエネルギーは、大型ハドロン衝突型加速器(LHC;スイス・ジュネーブ近郊)で加速された陽子のエネルギー、約7テラ電子ボルト(TeV=1012eV)をはるかに上回る290TeVだった。

南極点に建設されたアイスキューブ・ニュートリノ観測所(IceCube)は、米国のウィスコンシン大学マディソン校などが進める国際共同プロジェクトだ。2010年の完成以来、高エネルギーニュートリノの発生源を特定することが目標の1つだったが、成功していなかった。今回IceCubeは、高エネルギーのニュートリノを検出してその飛来方向を決定し、世界中の約20の研究チームがさまざまな波長での観測を行った結果、発生源とみられる天体が初めて特定された。ブレーザーは、銀河中心のブラックホール近傍から吹き出す2本のジェットの1つが地球方向を向いているとみられる活動銀河核だ。

ミュー粒子警報

そのイベントが起こったのは2017年9月22日20時54分(協定世界時)だった。ミュー粒子と呼ばれる電荷を持った粒子が、光速に近い速度で南極の氷床の氷の中を通過したのだ。IceCubeは、氷床の表面から1.5~2.5kmの深さにある1km3の氷の中に、5000個余りの光検出器を並べた巨大観測施設で、高速の荷電粒子が氷の中を通過する際に放つチェレンコフ光を捉える。

IceCubeは、ミュー粒子がその航跡に作ったチェレンコフ光を検出した。ミュー粒子は観測所の下側からやって来ており、それは、ミュー粒子が水平線より下から来たニュートリノの崩壊生成物であることを示していた。ミュー粒子は、物質中ではある程度の長さしか進むことができないが、多くのニュートリノは地球を素通りする。IceCubeは、地球内部の粒子と稀に相互作用したニュートリノから発生したミュー粒子を捉える。高エネルギーの場合、ニュートリノの運動方向とミュー粒子の運動方向のずれはわずかだ。

ニュートリノ観測所
1 宇宙からのニュートリノは地球を素通りする。ニュートリノが観測所近傍で地球の原子の原子核と相互作用すると、荷電粒子(今回はミュー粒子)が放出される。ニュートリノの運動方向とミュー粒子の運動方向はほぼ同一直線上にある。
2 観測所では、約5000個の球形の光検出器が氷の中に深さ2.5kmまで等間隔に埋め込まれている(ケーブルで垂直方向に数珠つなぎになっている)。荷電粒子が氷の中を高速で進むとき、青い光(チェレンコフ光)を放つ。荷電粒子が検出器群の中を通過すると検出器がチェレンコフ光を検出し、粒子のエネルギーや飛来方向が分かる。図は、観測結果の一例を示している。

検出から数秒以内に、全米科学財団(NSF)が管理するアムンゼン・スコット南極基地のコンピューター群は、ミュー粒子の正確な経路を復元し、それが高エネルギーのニュートリノ由来であることを認識した。イベントから43秒後、同基地は、衛星通信を通じて天文学者たちのネットワークへ自動警報を送った。この警報は、ニュートリノをIceCube-170922Aと名付けた。

警報に気付いた、ペンシルベニア州立大学(米国ユニバーシティーパーク)の天体物理学者Derek Foxは、地球周回軌道を回るガンマ線バースト観測衛星「スウィフト」の観測時間をすぐに確保した。Foxらのチームは、ニュートリノが来た方向の近くに高エネルギーX線源を9つ見つけた。その中にTXS 0506+056と呼ばれる天体があった。これはブレーザーで、既知のガンマ線源だ。Foxらのチームは同月26日、彼らの発見を天文学者のコミュニティーに通知した。

もう1つの研究チームが、米航空宇宙局(NASA)のフェルミガンマ線宇宙望遠鏡に搭載された大面積望遠鏡(フェルミLAT)のデータを詳しく調べた。フェルミLATは常に空を走査し、特に約2000個のブレーザーの監視を行っている。ブレーザーは、活動が増大した期間が数週間から数カ月間続くことがあり、その間、異常に明るくなる。フェルミLATの分析コーディネーターである、NASAゴダード宇宙飛行センター(米国メリーランド州グリーンベルト)の天体物理学者Regina Caputoは、「IceCubeがニュートリノの飛来方向だと言う領域を調べたとき、TXS 0506+056がこれまでになく増光していることに私たちは気付きました」と話す。ニュートリノ飛来方向とTXS 0506+056は0.1度しかずれていなかった。

同月28日、フェルミLATチームは、この発見を知らせる警報を送った。この警報は、他の天文学者たちも興奮させた。IceCubeは観測を開始して以来、こうした高エネルギーニュートリノを毎年10個ほど検出してきたが、宇宙の特定の発生源との関係が明らかになった例はなかったからだ。IceCubeの警報システムを作ったFoxは、「身の毛が逆立つような気持ちになったのは、このときです」と話す。

IceCubeの光検出器の製作に取り組む研究者ら。 ドイツ・ツォイテンで。 Credit: Peter Ginter/Science Faction/Getty

IceCubeとフェルミLATの研究者たちは、ニュートリノの飛来方向と、急激に増光したTXS 0506+056が偶然に空の同じ方向だっただけで、互いに無関係である可能性を見積もった。その結果、両者が無関係である可能性は低いが、物理学で発見を主張するために必要とされるレベルの統計的有意性には達していないことが分かった1,2。一方、過去のIceCubeの観測データを調べたところ、2014年9月から2015年3月にかけてTXS 0506+056方向からの高エネルギーのニュートリノが有意に増えていたことも分かった。

イタリアのINAF-パドバ天文台のSimona Paianoは「重要なのに足りない情報は、地球からブレーザーまでの距離でした」と話す。それを測定するため、Paianoらのチームは、スペインのカナリア諸島の1つ、ラ・パルマ島にある世界最大の光学望遠鏡、口径10.4mのカナリア大望遠鏡の15時間の観測時間を確保した。彼らは、このブレーザーは地球から約11億5000万パーセク(37.8億光年)にあることを見いだした3

ニューヨーク大学(米国)の粒子物理学とデータ分析の専門家であるKyle Cranmerは、「これらの観測データはニュートリノ発生源と思われる天体を明らかにしました。しかし、観測に不明瞭なところがないわけではありません。ブレーザーが高エネルギーニュートリノの発生源であることを決定的に立証するには、さらに追跡調査が必要です」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181008

原文

Single subatomic particle illuminates mysterious origins of cosmic rays
  • Nature (2018-07-19) | DOI: 10.1038/d41586-018-05703-y
  • Davide Castelvecchi

参考文献

  1. The IceCube Collaboration. Science 361, 147–151 (2018).
  2. The IceCube Collaboration et al. Science 361, eaat1378 (2018).
  3. Paiano, S. et al. Astrophys. J. Lett. 854, L32 (2018).