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雷による光核反応を検出!

Credit: Magalie L'Abbé/Moment/Getty

上空で発生した雷が引き金となって、放射性同位体である炭素14(14C)や、電子の反粒子である陽電子が生成されることは、理論的に予測されていた。このたび、京都大学の宇宙物理学者の榎戸輝揚らは、その明確な観測的証拠を得たことを、Nature 2017年11月23日号481ページで報告した1

1990年代以降、天文衛星によって地球からのγ線フラッシュが検出されている。このγ線フラッシュは雷に起因すると考えられている。榎戸らはこのような雷雲や雷による高エネルギー大気現象を観測しようと、新潟県柏崎市をはじめとする北陸の日本海沿岸各地にγ線検出器を設置した。日本海沿岸の冬の雷は強力なことで有名で、その上、雷雲の高度が低いためγ線が大気で吸収されにくく、比較的観測しやすいと、榎戸は言う。

榎戸らは、雷で光核反応が起こり、陽電子(電子の反粒子)が生成したことを裏付ける証拠を得た。その仕組みはこうだ。まず、雷で生じた高エネルギーのγ線が14Nの原子核と衝突して中性子を弾き出し、13Nを生成する。13Nは不安定なため約10分の半減期で崩壊し、ニュートリノと陽電子を放出し、安定な13Cに変わる。この陽電子は瞬間的に大気中の電子と衝突し、対消滅を起こして0.511MeVのエネルギーを持つγ線光子2個を放出する。榎戸らは、この特徴的なγ線を検出したことを報告した。 Credit: BABICH, L. Nature 551, 443-444 (2017).

2017年2月6日、落雷に伴い、柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)内に設置した複数の検出器が通常とは異なる信号を検知した。雷をきっかけに発生した一連のγ線を検知したのだ。最初の信号は、10 MeV(メガ電子ボルト)に達する高エネルギーのγ線による1ミリ秒未満のスパイクで、続いて2番目の信号として0.1秒程度続くγ線残光が検出された。その次に決定的な証拠となる3番目の信号、すなわち0.511 MeVのγ線が検出され、その輝線は約1分間継続した。これは紛れもなく、陽電子が電子と衝突しエネルギーを放出して消滅する「対消滅」の特徴である。

検出された3種のγ線信号を合わせて考えると、ロシア連邦核センター(サロフ)の物理学者Leonid Babichが10年ほど前に提唱した雷での光核反応2の発生が指摘される。雷が作る強い電場によって光速に近い速度まで加速された電子は、γ線を放出する。Babichの説によると、このγ線の一部が大気中の窒素(14N)などの原子核と衝突することによって、中性子を弾き飛ばすという。ほとんどの中性子は、少し飛び回った後、別の窒素原子核に吸収される。中性子を受け取った原子核は、エネルギーをもらって励起状態になる。この原子核が脱励起する際、γ線を放出する。これが2番目の信号(γ線残光)として検出されたものだ。

一方、中性子を1個失った窒素原子核(13N)は不安定であり、10分程度の半減期で放射性崩壊して、陽電子を1個放出する。この陽電子は、即座に1個の電子と対消滅し、0.511 MeVのγ線光子2個を放出する。これが3番目の信号だと榎戸は説明する。不安定な窒素の原子核(13N)は10分程度で崩壊してしまうのに、検出器でこの信号を捉えられたのは、雷雲の高度が低く、しかも風向きの条件が良く、たまたま検出器の近くを通り過ぎたからだと榎戸は推測している。光核反応の検出可能性が十分に調べられていなかったのは、これらの状況がうまく重なることがめったになかったからかもしれない。研究チームはこれまでに同様の事象を数回観測しているが、今回報告した事象が今のところ最も明瞭な事象であると、榎戸は言う。

また、Babichは、γ線によって窒素から弾き出された中性子の一部は、窒素原子核を14C(通常の炭素よりも中性子が2個多い放射性同位体)に変換するだろうと予測していた。14Cは生物にも吸収され、生物の死後長期にわたってゆっくりと崩壊する。このため、14Cは放射性炭素年代測定に用いられ、考古学者にとって有用な時計となっている。

大気中の14Cは主として宇宙線によって作られると考えられてきた。しかし、原理的には、雷も14Cの供給に寄与し得ると明らかになった。ただし、全ての雷が光核反応を引き起こすかは定かではないので、雷がどの程度寄与しているかはまだはっきりしないと榎戸は言う。

「榎戸らのデータの解釈については、私も同じ見解です」と、ニューハンプシャー大学(米国ダラム)の物理学者Joseph Dwyerは言う。ただし、雷や雷雲に伴う陽電子に関する謎が、榎戸らの説明で全て解明されたわけではないとDwyerは付け加える。特に、Dwyerが2009年に調査用航空機で観測した事象は、今回の光核反応と整合しないようである。Dwyerの検出器が陽電子の特徴を検出したのはほんの1秒未満であった。核崩壊由来にしては短すぎるとDwyerは言う。またDwyerのケースでは、最初のγ線フラッシュが検出されなかった。「もしフラッシュが発生したのであれば、一目瞭然だったはずなのですが」とDwyer。

学術系クラウドファンディングに後押しされた高エネルギー大気物理学の進展

榎戸輝揚(京都大学)/ 湯浅孝行(シンガポール在住)

北陸地方で冬季に発生する雷雲や雷は、世界的に見ても強力で、魅力的な研究対象です。雷雲がやってくると原子力発電所の放射線モニタリングで線量が増大することが知られており、2006年頃、土屋晴文(当時・理化学研究所)と榎戸(当時・東京大学)は放射線の測定装置を自作し、雷雲の電場で準定常的に加速された電子からの制動放射γ線の観測に成功して、研究に乗り出しました。翌年には中澤知洋(東京大学)も加わり、Gamma-Ray Observation of Winter THundercloud (GROWTH)コラボレーションとして、大学院生を中心に柏崎市で10年近く観測を行っています。

雷雲からのγ線をマッピング観測したり、雷に同期した高エネルギー事象を数多く捉えたりするため、榎戸と湯浅(当時・理化学研究所)は、可搬型で高性能な放射線の測定器を北陸沿岸に多数設置する新計画(雷雲プロジェクト)を2015年から始めました。当初、科学研究費補助金などに採択されず苦労したため、academist社が運営するサイトで学術系クラウドファンディングに挑戦し、市民サポーターからの寄付でプロジェクトを先に進めることができました。安価な測定器を大量に作るため、Raspberry Piで駆動できγ線光子の情報を1個ずつ取得できる高性能なFPGAボードと付属システムを新たに開発しました(写真)。これらの検出器の製作と設置やデータ解析には、大学院生の和田有希(東京大学物理学専攻)が活躍し、得られた観測から物理パラメータを探るシミュレーションを古田禄大(同)が担当しました。小さなグループですが機動的で、大学院生が最前線で研究しています。

まさに「雷雲と雷の高エネルギー大気物理学」と呼べる新しい分野が誕生しつつあります。私たちはX線天文学や宇宙線観測の技術をスピンオフして使っていますが、これら素粒子・原子核・宇宙物理の視点に加え、これまで伝統的に雷を観測してきた大気電気や気象学の研究者とも学際的な連携を進めています。さらに雷雲の上空で発生するエルブスやスプライトなどの可視光の発光現象との関係を高校生と協力して観測していたり、ロケット誘雷実験を石川県で進めるなど、分野を超えて「高エネルギー大気物理学」の創出へ進んでいます。今後の進展にご期待ください。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180102

原文

Lightning makes new isotopes
  • Nature (2017-11-22) | DOI: 10.1038/nature.2017.23033
  • Davide Castelvecchi

参考文献

  1. Enoto, T. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature24630 (2017).
  2. Babich, L. P. JETP Lett. 84, 285–288 (2006).