Editorial

遺伝子発現に対する遺伝的影響がヒト個体レベルで明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180135

原文:Nature (2017-10-12) | doi: 10.1038/550157a | A more personal view of human-gene regulation

多くの人々の主な体内組織の全てについて、遺伝子の発現調節に対する遺伝的多様性の影響を調べるという、念願の研究が結実した。

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Media for Medical/UIG/Getty

「観察と探索によって明らかになった類似点と相違点が、人類の知識の基盤になっている」。かつてアルフレッド・ノーベルは、こう言った。人間の個人差と共通性は、過去のそれぞれの文化と時代において、外部的事象から精神的影響に至るまでさまざまな手掛かりを用いて独自に説明されてきた。今日では、生物学研究のかなりの部分が、人間のDNAの類似点と相違点に着目した研究に主眼を置いており、こうした類似点と相違点の無数の組み合わせによって良い影響や悪い影響が生み出されていることを調べるのが、最先端の遺伝学研究だ。

Nature 2017年10月12日号には、そうした遺伝学的プロジェクトの1つから複数の研究結果が報告された。これらの論文は、ヒトゲノムの調節コードを研究者らがそれぞれ解析した結果を記述したもので、疾患と関連する遺伝的多様体(バリアント、遺伝的変動体)が体内のさまざまな組織でどのような機能を果たしているかを明らかにする上で役立つと考えられている。

このプロジェクトは「GTEx」(Genotype–Tissue Expression;遺伝子型–組織発現)と呼ばれる。人間の体内にある44組織において、遺伝的多様性と、遺伝子発現に対するその影響をカタログ化することを目的としている。このプロジェクトの結果は、前述のNatureに4編の論文として報告され(204239244249ページ参照)、同時掲載のNews and Viewsでも論じられた(190ページ参照)。これらで報告された極めて重要な遺伝子調節領域の大半は、遺伝子の近くに位置して影響を及ぼしていることが明らかになった。また、遺伝的多様性による遺伝子調節は体内組織間で重要な差があり、重要な個体差も認められることが報告されている。これは、2015年に発表された予備的研究の結果をもとに発展させた研究の成果だ。

GTExプロジェクトは、幅広い方面で期待され、長い期間を経てようやく実現にこぎつけた。この研究プロジェクトが最初に提案されたのは2008年のことで、リソースデータベースとそれに関連したバイオバンク(1000人の故人から採取した全ての主要なヒト組織が登録されている)の構築を目標とし、遺伝的多様性と遺伝子発現の関係を調べる研究に利用できると考えられていた。

それは当時の技術力をはるかに超えたものと考えられ、多くの人々は、非現実的な構想だとして取り合わなかった。それだけ多くの組織を1人のドナーからどのように採取するのか。それだけ多くの人々をどのようにして動員し、その同意を適切に得るのか。組織ドナーの死後、所定の期間(組織によって異なる)内に質の高い試料をどのようにして採取するのか。そして、この研究によって得られたデータは、生きている人間を反映していると見なすことができ、遺伝子調節に関する既知の知見を再現するのだろうか。このような疑問が次々と浮かび上がってきた。

一方、こうした目標を達成する科学的必要性については疑問視されなかった。ヒトゲノム計画が2000年代前半に完了した後も、ゲノミクス研究者のコミュニティーでは、ヒトゲノムの標準カタログの作成が続けられた。この標準カタログには、全世界のさまざまな集団について、集団内と集団間の遺伝的多様性の特徴が記述され、さまざまな種類の細胞と組織における機能要素の同定が始まった。また、人間のさまざまな疾患に関連する遺伝的多様性が同定され、その多くが非コード領域で見つかり、この領域が遺伝子調節において役割を担っていることが示唆された。

このような関連を調べるのがGTExコンソーシアムだ。そのためにGTExプロジェクトに参加する科学者は、(169ページのNews記事で論じられているように)死後の試料提供を巡る倫理的、法的、社会的問題を検討するための枠組みを必要とした。米国では、死体から採取した試料に関する研究に、人間を実験対象とする場合のルールが適用されないため、米国で行われたGTExプロジェクトでは同意を取得する必要はなかった。しかし、GTExプロジェクトの研究者は、故人の最近親者から同意が得られた試料だけを用いることに決めた。この点は称賛に値する。推定同意という手法もあり、これは移植のための臓器提供には賢明な策だが、基礎研究では、恩恵が直ちに得られるわけではなく、その内容も分かりにくいため、それほど適切な手法とはいえない。また、このプロジェクトでは、組織ドナーの家族との連絡を絶やさない研究者がいたのも良かった。それらの家族の多くは、プロジェクトの会議に出席して、故人の科学への寄与が今も続いている様子を聞いていた。

また、ドナーの家族のほぼ全てが、このプロジェクトで得られた遺伝的結果の一部、特に治療可能な疾患と関係する情報を家族に還元することを望んでいる。GTEx研究は、そのような計画にはなっていなかったが、プロジェクトのまとめ役になる人々やその他の研究者は、今後の研究で、研究結果を組織ドナーの家族に還元できるのかどうか、できるとすれば、どのような方法があるのかを検討すべきだろう。

死亡したドナーに依存するのはなぜだろう。これまでの研究のほとんどは、対象が細胞株や血液に限られていたが、GTExプロジェクトは、疾患と関係する他の組織、例えば心臓や腎臓の評価を目指した。そして、生体ドナーからは得られない生体材料(例えば脳)を調べたいという希望や、同じドナーから複数の組織試料を集める必要があったため、このプロジェクトでは、組織ドナーを募集して、その死後に迅速に組織試料を入手するための方法を見つけなればならないことは明白だった。このプロジェクトでは、ドナー候補を特定するために、既存のプログラム(例えば死亡直後に行われる検死解剖)のネットワークや臓器移植登録と組織移植登録が利用された。

GTExプロジェクトは、現在に至るまでにオープンアクセスのデータベースと組織バイオバンクを構築した。既に生物医学研究に幅広く利用されており、それによって明確な指針と手順が生み出され、次世代の研究に対して情報を与え始め、その基礎作りに寄与している。

次世代の研究としては、例えば、GTExのようなプロジェクトの展開を続けて、さまざまな集団でドナーの数を増やし、試料採取の規模を拡大して、遺伝的多様性と遺伝子調節の差異による影響について解明を進める研究などが望ましい。こうした研究を補完するのが、計画段階にある「ヒト細胞アトラス」で、単一細胞の塩基配列解読を行って、さまざまな種類の細胞とその関係をさらに明らかにすることを目指している(Natureダイジェスト 2017年10月号「細胞に魅せられた科学者」参照)。

今のところ、全ての生物医学研究者は、GTExプロジェクトから次々と発表される大量のデータとヒトゲノムの調節コードに関する知見を歓迎すべきだ。これは、人間の体内の全ての細胞における遺伝的多様性と遺伝子調節の特徴を解明するという意欲的な最終目標に向けた重要な一歩だ。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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