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衛星を使った量子鍵配送と量子テレポーテーションに成功

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180130

原文:Nature (2017-09-07) | doi: 10.1038/549041a | Quantum signals could soon span the globe

Eleni Diamanti

量子通信は、古典的な通信方法に対して多くの利点を持つが、信号の伝送距離はこれまで数百kmが限界だった。今回、中国の2つの研究が人工衛星を使ってこの限界を破り、地球規模の量子通信ネットワークの実現に近づいた。

光の量子的性質は、それを古典物理学では不可能なやり方で通信手段として使うことができる。例えば、光の量子的性質を利用して、暗号化されたメッセージを絶対的な安全性で交換することができ、また、ある対象に関する情報を対象そのものを送らずに転送することができる。しかし、光ファイバーなどの典型的な量子通信経路では、通信距離が長くなるとともに失われる光子も多くなるため、情報の送信器と受信器の間の距離は厳しく制限される。今回、中国科学技術大学(安徽省合肥市)のJian-Wei Pan(潘建偉)が率いる研究グループのSheng-Kai Liao(廖勝凱)ら1と、同じ研究グループのJi-Gang Ren(任継剛)ら2はそれぞれ、地球周回軌道を回る衛星と地上局との間の量子通信を成功させ、Nature 2017年9月7日号43ページ70ページで報告した。衛星と地上局間では、光子は主に真空の空間を通過するので、光子の損失は最小限に抑えられる。この結果、彼らは、これまでの研究3,4で達成された通信距離を数百kmも延長した。これは、地球規模の量子通信の実現に向けて画期的な成果だ。

量子通信は、量子的粒子の性質に情報を符号化するもので、この情報を遠い場所に転送し、その情報を操作して特定のタスク(課題)を行うことを目指す5。そうした基本的なタスクに、量子鍵配送と量子テレポーテーションがあり、これらは古典情報を使っては達成できない。量子鍵配送は、通信する2者が「秘密鍵」と呼ばれるビット列を共有することを可能にするもので、彼らは彼らだけが知っている秘密鍵を使ってメッセージの暗号化と解読を絶対的な安全性で行うことができる。量子テレポーテーションは、粒子の量子状態を、その粒子そのものを送ることなく、転送する。このタスクは、もつれた2つの粒子を必要とする。もつれた2つの粒子は、互いに遠く離れていても、1つの粒子の状態を測定するともう1つの粒子の状態も決定される。

原理的にはどのような量子的粒子もこれらのタスクに使うことができるが、光子は、他の粒子よりも環境の変化に影響されにくいので、量子通信の情報の運び手として適している。実際、量子鍵配送と量子テレポーテーションは、光子系で実証されていて、光ファイバーと自由空間通信チャネルの両方で、最大数百kmの距離で成功している4,6。しかし、こうしたチャネルでの通信距離を延長しようとすると、光の損失という根本的な障壁に必ず行き当たる。この制限は古典的な光通信でも存在するが、古典的な光通信では信号を増幅して元に戻すことができる。しかし、量子通信ではそれはできない。

宇宙では、光子はほとんどじゃまされずに長距離を進めるし、地球規模の通信や科学ミッションのための、高度な衛星技術とインフラがすでに存在する。このため、衛星を使った量子通信の可能性は、10年以上前から徹底的に研究されてきた。特に、オーストリアが主導する研究コンソーシアムは、国際宇宙ステーションを使うことを想定して研究を行ってきた7。しかし、衛星を使う量子通信に伴う課題は膨大にある。これまで、衛星による量子通信を模擬する地上実験を超える成果を上げることができたのは、少数の事例だけだった8(もっとも、衛星量子通信を模擬する地上実験は、試験台としては今も非常に有用ではある9)。量子通信の一部の機能は、低軌道衛星10や静止軌道衛星11、基本的な量子通信ハードウエアを装備した小型衛星12を使って実行された。しかし、衛星による量子鍵配送や量子テレポーテーションを完全に実証するには、技術的飛躍が必要だった。

今回、LiaoらとRenらは、衛星による量子鍵配送と量子テレポーテーションを完全に実証することに成功した。この2つの実験は、中国が2016年8月に打ち上げた、高度約500kmの低地球軌道の衛星「墨子」(英語名Micius)を使った。この衛星は、量子通信のために特別に設計され、さまざまなタスクに必要ないくつかのモジュールを装備している。彼らは、近赤外波長の光子の偏光に量子情報を符号化した。

Liaoらの量子鍵配送実験では、送信器は衛星上に、受信器は北京市に近い地上局にあり、通信距離は最大で1200kmだった(図1a)。この構成は、ダウンリンク・シナリオと呼ばれ、光は、その経路の最後の部分でのみ地球の大気を通過する。このため、光が雲などの物体の端をかすめて通過するときに影の部分に回り込む、回折の影響が小さくなる、という利点がある。

図1 長距離量子通信
a 量子鍵配送は、通信する2者が、彼らだけが知っている秘密鍵と呼ばれるビット列を共有することを可能にするものだ。この秘密鍵を使って、秘密のメッセージを絶対的な安全性で暗号化し、解読することができる。Liaoらは、秘密鍵を光子の偏光状態に符号化し、衛星上の送信器と地上の受信器との間で量子鍵配送を実証した1
b 量子テレポーテーションは、粒子そのものを送らずに、粒子の量子状態を転送する。Renらは、地上の送信器から衛星上の受信器へ、光子の偏光状態のテレポーテーションを行ったことを報告した2。Renらは、もつれた光子対(1つの粒子の状態を測定するともう1つの粒子の状態が決まるような状態)である光子Xと光子Yを作り、光子Xを衛星に送った(オレンジ色の矢印)。彼らはそれから、光子Yと、3番目の光子Z(その偏光状態をテレポートする)の合同測定を行った。最後に、彼らはこの測定結果を使い、光子Xの偏光が光子Zの偏光に変わった(緑色の矢印)かどうかを決定した。 | 拡大する

一方、Renらの量子テレポーテーション実験は、アップリンク・シナリオを使い、量子状態をテレポートされる光子は、チベット自治区西部のガリ地区にある地上局から最大で1400km離れた衛星上の受信器へ送られた(図1b)。この構成は、ダウンリンク・シナリオよりも技術的に難しいが、複雑なもつれ対生成装置に地上でアクセス可能であるために選択された。Panの研究グループは、衛星に搭載したもつれた光子対源から、光子対を地上の2カ所に送ることに成功したことを2017年6月に発表している13。Renらは今回、量子テレポーテーションを行うため、もつれた光子対を地上で作り、その1つを衛星に送った。それから彼らは、地上でもう1つの光子と3番目の光子(その偏光状態をテレポートする)の合同測定を行った。最後に彼らは、この測定結果を使って、衛星上の光子の偏光が3番目の光子の偏光に変わったかどうかを決定した。

科学的な観点から見ると、LiaoやRenらの結果は、1000kmを超える距離でも量子通信が可能であることを証明したといえる。地上のリンク(通信路)を使ってこの距離の量子通信を行うことは不可能だろう。しかし、何より、彼らの結果は、技術的側面に並外れて力を注ぐことによって可能になった工学上の偉業といえる。彼らは、非常に高精度に光を追跡できる高度なシステム、同期技術、コンパクトかつ軽量で宇宙で実証された光子源や光子検出器など、最先端の技術を開発した。これらの進歩が、光ファイバー量子通信に匹敵する性能につながり、宇宙空間を利用して1000kmを超えて信号を転送できる、量子通信実験の新時代への道を開いた。

量子鍵配送の次の段階は、衛星を信頼できる秘密鍵中継器として使い、地球上の2つの離れた場所の間で安全なメッセージ交換を実証することだろう。衛星システムに特有のセキュリティ上の抜け穴を検討することも必要だ。量子鍵配送実験の応用の範囲を広げるためには、Liaoらが使った軌道よりも高い軌道の衛星と、より長波長の光子が必要になるだろう。

一方、より現実的な設定での量子テレポーテーションを実証するためには14、もつれた光子対源を衛星上で動作させる必要があるだろう。これを達成し、衛星コンステレーションと呼ばれる人工衛星群を使う可能性も考慮すれば15、やがては、地上と衛星の両方のリンクからなる地球規模の量子通信ネットワークが実現する可能性がある。また、今回報告された成果は、基礎的な物理学の宇宙空間を利用した研究においても、量子通信への応用を支えている中心的原理の理解を深めるという面で有用かもしれない16

(翻訳:新庄直樹)

Eleni Diamantiは、フランス国立科学研究センター(CNRS;パリ)、ピエール・マリー・キュリー大学(フランス・パリ)に所属

参考文献

  1. Liao, S.-K. et al. Nature 549, 43–47 (2017).
  2. Ren, J.-G. et al. Nature 549, 70–73 (2017).
  3. Korzh, B. et al. Nature Photonics 9, 163–168 (2015).
  4. Ma, X.-S. et al. Nature 489, 269–273 (2012).
  5. Gisin, N. & Thew, R. Nature Photonics 1, 165–171 (2007).
  6. Diamanti, E., Lo, H.-K., Qi, B. & Yuan, Z. npj Quantum Inf. 2, 16025 (2016).
  7. Ursin, R. et al. in Proc. 59th Int. Astronaut. Congr. A2.1.3 (Int. Astronaut. Fed., 2008).
  8. Bedington, R., Arrazola, J. M. & Ling, A. npj Quantum Inf. 3, 30 (2017).
  9. Pugh, C. J. et al. Quantum Sci. Technol. 2, 024009 (2017).
  10. Vallone, G. et al. Phys. Rev. Lett. 115, 040502 (2015).
  11. Günthner, K. et al. Optica 4, 611–616 (2017).
  12. Takenaka, H. et al. Nature Photonics 11, 502–508 (2017).
  13. Yin, J. et al. Science 356, 1140–1144 (2017).
  14. Valivarthi, R. et al. Nature Photonics 10, 676–680 (2016).
  15. Liao, S.-K. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1611.09982 (2016).
  16. Joshi, S. K. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1703.08036 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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